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水浴び、襲撃


「るんるる〜ん♪」


俺の後ろからシンシアさんの鼻歌が聞こえる。


あの後、俺たちは川の上流にある小規模な滝場へと移動していた。


そして今、シンシアさんは絶賛水浴び中である。



一緒にどうかと誘われた時はどうしようかと思ったものの、シンシアさんは勢いで言っただけだったんだろう。

あの後、すぐに彼女はハッとした様子で赤面すると目を逸らしてもじもじし、



「い、今のは冗談です。すみません、わたしったら嬉しくてはしゃいじゃって……」



女神もつい嬉しくてはしゃぐことがあるようだった。


なんとも可愛らしい人である。



それからはすぐにいつもの明るいシンシアさんに戻って今に至る。



「スザクさん、すごく気持ちいいですよ〜! というかすみません、わたしが先に入らせてもらっちゃって」


「あ、いや……! ぜんぜん大丈夫だから! ゆっくりしてよ」


「本当ですか? ふふ、じゃあお言葉に甘えて……るんるるる〜ん♪」



シンシアさん、水浴びが好きなんだろうな。


見た目からして清潔感のある人だし、けっこう綺麗好きに違いない。



「……うーん」



そう考えると、シンシアさんみたいな人を寝かせるには、あの寝床小屋も粗末で申し訳ないよな。


もっと立派な家でも建てられればいいんだろうけど。


さすがに俺もそんなスキルは持っていないしなぁ。



「……俺にできることと言ったら、せめて小屋の中を清潔に保つことくらいだよな」



ふと今後、住環境が改善されることはあるんだろうかと考える。


できれば日本人の魂、風呂もあるといいよなぁ。


もし風呂があればここまで歩く必要もなくなるわけだし、シンシアさんも喜ぶに違いない。



が、俺はそこまで考えて頭を振っていた。



「いや、考えるのはよそう……。なんかすごく暗い気持ちになってしまう」



この森に大工でもこない限り無理な話だった。


それに風呂を作るなら水を引く必要もある。


それにはかなりの人出がいるのは容易に想像がついた。




「ええい、目の前の作業に集中だ! 欲は欲を呼んできりがないんだし、とりあえず今は水源を見つけただけでもよしとしないと」



今俺は水を持ち帰るための木桶を追加で作成中だ。


持ってきたものが一個あるが、それだけでは到底足りない。


できるだけ往復回数を減らすためにもあと数個は必要だった。


「まずは既に容易してある木材をスキル『荒磨ぎ』で丸みをつけていくっと−–」


桶底がしっかり円になっていれば、側面の木材はそれに合わせて丸みをつけていけばいい。


勇者パーティーにいた頃、最初は作るのに苦戦したっけ。


でも今ではそのおかげもあり、息をつくように簡単に作れるようになっていた。




「よし、まずは一個完成っと!」


「きゃあああああっ!?」



その時だった。


真後ろからシンシアさんの悲鳴が上がる。



「シンシアさん!?」



立ち上がって振り返る。


滝場からあとずさる彼女の前には、三体の魔物がいた。



「あれは……シャドウ・ウルフ!」



ウィンドウを見なくてもわかる。


漆黒の体毛に覆われた大型の犬のような生き物。

両耳の後ろにはツノが生えており、赤い目と鋭い牙は獰猛性を伺わせる。


シャドウ・ウルフは直轄領付近に生息していた強力な個体だ。

今までに何度も遭遇したことがあるからわかる。


しかもこいつらは厄介なことに群れで行動する。



「グルルゥッ!」


「しまった……集中してて気づかなかった」



俺の前にも複数のシャドウ・ウルフが迫っていた。



「ど、どうしましょう、スザクさん!」


「落ち着いてシンシアさん! 刺激すれば一斉に襲いかかってくる。少し様子を見るんだ」



水浸しで服を抱える彼女の足は震えていた。


戦闘経験が豊かなわけではないので無理もない。



……まずいな。


ワイルド・ボアの時のように一体だけなら何とかなったのに。


完全に複数の敵と遭遇した時のことを想定していなかった。


シンシアさんは今の状況に適したスキル魔法を取得している可能性は高いが、それを本番ぶっつけで使うのはあまりに無謀と言えた。



「んっ」


あとじさっていた俺の背中にシンシアさんの濡れそぼった柔らかい体が接触する。


敵は獲物が一点に集まるのを待っていたんだろう。


シャドウ・ウルフたちは一斉に飛びかかる。



「グルァッ!!!」



ーーくっ、ここまでなのか……!?



俺が諦めかけた時だ。


滝の崖上に人影が見えたと同時、何かを呟く声が聞こえた。




「駆け抜けろ、魔神の雷サンダーボルト




一瞬にして目の前が真っ黒に染まった。


そう見えただけで実際は違った。


凶暴な黒い稲妻が全ての敵を数珠繋ぎで串刺しにしていたのだ。


凄まじい音が聴覚を支配した後、すぐに辺りは平穏を取り戻す。



「あれ、狼さんたち、全員倒れちゃいました……もしかしてわたし、無自覚に何かの魔法を使っちゃいました?」


「さ、さぁ、俺にもわからない……」


現実的に考えれば、この場で魔法を使えるのはシンシアさんだけだ。


だからそう考えるのが普通なわけだが。


俺は崖上を見上げる。


……誰もいない。やっぱりさっきのは気のせいか?


わからなかったけど、この場に止まるのはまずそうだった。



「シンシアさん、まだ群れの仲間がいるかもしれない。こいつらが伸びてる隙にさっさとこの場を離れよう!」


「わ、わかりました!」



俺は木桶二つに水を汲み、スキル『運搬』を使ってほとんど体に負担がかからない状態にする。


そして着替え終わったシンシアさんと共に、急いでその場を後にした。





崖上で何者かが不敵に笑っているとも知らずに。




「ククク……ようやく見つけた」




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