勇者の冷蔵庫
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執筆のはげみになります。
辺りを紅く染める逢魔時。
俺たちは林から現れた巨大猪ワイルドボアと対峙していた。
敵は前脚で地面を蹴る動作を繰り返し、荒い鼻息を振り撒いている。
「シンシアさん、準備はいい……?」
「はい」
互いの間に緊張が走る。
シンシアさんの手に渦巻く風魔法がさらに音を立てて逆巻いた。
「ブモォォオオオッ!!!」
ワイルドボアが飛び出す。
図体が大きいだけに戦車が突っ込んでくるような圧だった。
「イノシシさん、ごめんなさい……! わたしたちのおかずになってくださーい!!!」
あふれる食欲に乗せて風魔法が放たれていた。
お腹が空いてたのもあるんだろう。
練習の時よりも凄まじい威力と風圧だった。
ワイルドボアは吹き飛ばされると同時、空中で細かく切り刻まれていた。
一瞬で勝負が決まり、肉の塊が大地に降り注ぐ。
「……つ、強い」
シンシアさんの戦闘経験はゼロという話だったが、スキル【食育】で一気に育まれた力によってゴリ押しで勝てることができていた。
「うぅ、イノシシさんごめんなさぁい……。でもこれでお肉ゲットですっ」
ちょっとグロいけど喜ぶところだ。
それにシンシアさんが細かく切り刻んでくれたおかげで解体作業をやらずに済む。
あの作業はけっこう大変だからなぁ……。
とりあえずワイルドボアよ、お前の犠牲は無駄にしないから成仏してくれよ。
その後、日が沈んで周囲が暗くなる中。
俺とシンシアさんはワイルドボアの丸焼きを美味しくいただいた。
スキル『火起こし』でじっくり中まで火を通し、ジューシーな肉汁が溢れ出すのを眺めつつ、超便利スキル『魔法の一振り』を使い、塩とガーリックの効いた味付けに仕上げていた。
「う〜ん! 一仕事した後のお肉って最高ですね! とっても美味しいです〜♪」
「うん、美味しい! これもシンシアさんのおかげだよ。……あ、そうだ。ちなみに、今日食べきれない分は冷蔵庫にしまってあるから、また好きな時にいつでも食べられるよ」
「え、そうなんですか? というか、れいぞーこってなんなんでしょうか?」
「そっか、シンシアさんは知らなくて当然だよね。ちょっと待ってて」
俺はステータス画面を操作してアイテム画面に切り替え、固有アイテム欄にある『勇者の冷蔵庫』をタップした。
俺の真横にまんま現代でいうところの冷蔵庫が現れていた。
「スザクさん、見たことないものなんですけど、それがその……れいぞーこ、というものなんですか?」
「うん、食品を冷やして長期に保存しておける代物なんだ。例えばほら、肉なんかはこうして冷凍しておくことができるんだ」
冷凍庫の引き出しを開けて既に凍っているワイルドボアの一塊りの肉を取り出してみせる。
「わぁ〜、本当です凍っちゃってます! すごいです、そんなものを持ってるなんて! じゃあ、明日食べる分くらいのお肉はそこにしまってあるんですね?」
「明日分といわず、十日分は入ってるよ。というのも、これはどれだけ食材を入れてもいっぱいにならないんだ。だから、シンシアさんが細かくしてくれたワイルドボアの肉は、ここに全部しまってあるってわけ。これで当分、食べ物には困らないね」
「まだ何日もこのお肉が食べれるなんて……わぁぁぁ、感動です〜♪」
シンシアさんは大げさに涙を浮かべて祈りのポーズをとっていた。
「はは……喜んでもらえてよかった」
俺は冷蔵庫をしまいつつ考える。
でもやっぱり、肉といえば米だよなぁ。
この肉と一緒に一杯のご飯を食べられればどんなに幸せなことだろう。
勇者パーティーにいた頃も米には飢えていた。
なぜかというとこの世界にも米はあるらしいのだが、そもそも大抵の地域で主食じゃないためあまり栽培されておらず、立ち寄った酒場や宿で出されるのはパンが多かった。
米への飢えに関しては、他の勇者四人とも意見が一致してたっけ。
はぁ……いつかたらふく食べられるといいよなぁ、米……。
「ふんふんふん〜♪ 今日も明日も明後日も、お肉っ、お肉〜っ♪」
ご機嫌な様子で肉に夢中になっているシンシアさん。
彼女の頭の両端には稲穂のような髪飾りがしてあり揺れている。
そういえばシンシアさんって、豊穣の女神って言ってたっけ。
あの髪飾り、米の稲穂に見えるし、何か関わりがあったりするんだろうか……。
俺は米に恋い焦がれる中、ぼんやりとそんなことを考えていた。




