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そして落陽

 

 side─葛原直人


「おや、貴方程のヒーローがこんなところに来るんですかい」


 薄汚い男が言う。

 ここにいるということはこいつもヒーローなのだろう。まあ、これではすぐに死ぬだろうが。


「またですか、ソルニティ」


「ああ。俺が決着をつけなきゃならない」


 五年前のあの日、恐ろしくて逃げた。あの白咲由紀が怪人化したのだから俺じゃ勝てない。そう思っていた。

 あの時、戦っていればまた別の未来があったのかもしれない。結局、こうなってしまっていたのかもしれない。


「殺さないでくださいよ。まあ無理でしょうけど」


 受付を抜けた先、厳重に閉じられた扉を抜ければ現れるのはガラスに仕切られた広い部屋にポツリと浮かぶ泥の繭。

 怪人“トドカヌヒビ”。怪人“マネクアクイ”があの日置いていった白咲由紀の成れの果て。

 最初の怪人が名乗ったイダイナオウになぞらえてヒーロー連合が付けた片仮名六文字はこちらをたっぷりと皮肉っていた。


『準備はいいですか』


「早くしてくれ」


『では』


 ガラスが取り払われる。それに合わせて繭もこちらを認識したのか泥が吸い込まれるように取り払われ、現れたのは泥のドレスを纏った白咲由紀。その姿は五年前のあの日とほとんど変わりはない。


『戦闘訓練開始』


 訓練。そう、これは訓練だ。実際の怪人を用いて行うヒーロー育成用の戦闘訓練。どれだけ痛めつけられようが死ぬことはなく、そして殺すこともない。

 なぜなら───


「フレアバースト!!!」


 一点に集めた陽光が爆ぜる。並の怪人程度であれば吹き飛ばせる一撃も、泥が容易く防いでみせる。


「…っ!」


 繰り出される泥の槍。ヒーローになりたての相手であれば一本程度だが、今は平気で十本二十本射出してくる。

 その全てが高速。避けきれない程ではないが、反撃する余裕がなくなる密度。けれども───


「弱い!!!!」


 あの白咲由紀だぞ!!たかだか中学生程度の年齢で世界すら取れる女だったぞ!!!それが、それが!!!!


「そんなものじゃないだろう!!君は、この程度じゃないだろう!!!!」


 全ての攻撃が防がれる?

 ()程度の攻撃を防がなきゃならないほど彼女は弱くない。

 数十本の槍?

 彼女は一撃で全てをねじ伏せる程強い。

 若葉に聞いても同じ意見。あの由紀が怪人になったのならとっくの昔に世界が滅びていないとおかしいと。


「君は!!それで!!!満足なのか!!!!!」


 怪人“トドカヌヒビ”についてわかっていることは以下の通り。

 一つ、普段は泥の繭に包まれておりヒーローが近づいた時だけ繭が開く。繭の中では時間が止まっているか遅いらしく、俺が五年という歳月相応に成長したというのにあちらは十四歳のまま止まっているかのような姿。

 二つ、ヒーローと交戦する場合は必ずそのヒーローより一段階劣る力しか出せないということ。だからヒーロー相手に決して勝てず、それでいて実力がほぼ拮抗するのだから殺す(救う)余裕が出来ない。幾度となく戦って、そしてほぼ相打ちに近い勝利で決着してきた。

 そして三つ目。ヒーローに負けると再び怪人化する。これがあるからヒーローの練習台などというものに成り下がっている。さらに言うなら変身が解除された一瞬の隙をついて殺そうにも即座に溢れ出る泥に防がれるので殺せない。


「プロミネンスフレア!!!!」


 すなわち彼女は、怪人“トドカヌヒビ”はヒーローにとって都合のいい存在。

 そんなものをあの“マネクアクイ”が作るだろうか。延々とヒーローに敗北し、苦しみ続けるだけの無意味な置物をあの悪辣な怪人が作るだろうか。新人のメイドとして接近するほどお気に入りの相手を、ただヒーローを強化するための道具に陥れるだろうか。

 答えは否。あの満ちる悪意と交戦した俺と若葉だからこそ言える。決してあいつはそんなことをしない。


「サンライズ、スマッシュ!!!!」


 拳が彼女の胸に突き刺さる。かなり攻撃を受けてしまったが決着だ。

 吹き飛ばされた泥の中から一糸まとわぬ姿の白咲由紀が出てくる。そして一瞬で泥のドレスを纏い、先の戦闘で受けた傷が全て修復された。


「はぁ、はぁ」


『退出してください』


 交戦する意志を見せる“トドカヌヒビ”を背に部屋を出る。彼女は勝ってしまうため(その制約ゆえに)戦う意思のないヒーローに攻撃を加えることは出来ない。

 閉まる扉の向こうで再び繭に戻る気配がする。そして、扉の前には忌々しい姿が一つ。


「なぜここにいる」


「あらぁ、私は悪意を振りまくもの。悪意のない場所なら何処にでも行けるわぁ」


 そんな理屈で日本ヒーロー連合の管理する施設に来れるとは。まあ逆にいえば薄汚く広がる悪意がないということでもあるか。


「それで、自首しに来たのか」


「いいえ、伝えておこうとぉ思ってねぇ。子供出来たんでしょぉ?おめでとうねぇ」


 拳を振るう。確実に顔を捉えられる速度だったのに、その拳は空を切った。


「危ない危なぁい。当たったら死んじゃうじゃないのぉ」


「殺す気で振るっている」


「そう?でもこれまで一度も当たったことないわぁ」


 そう、こいつは度々俺たちの前に姿を現していた。焦らすように、煽るように、何度も何度も。


「それでぇ、本当に伝えたいことって言うのはねぇ、宣戦布告よぉ。もうすぐ動くわぁ、私たち」


「なぜそれをいう」


「だってぇ、貴方たちの最大戦力を捻じ伏せればそれ以上邪魔はないってことじゃなぁい?」


 トントンと悪戯を考えるように指で自らの頬を突くマネクアクイ。


「んーと、そうねぇ。遅ければ五年、早ければ今すぐにでもことを起こすわぁ。貴方たちがいつ気付くか次第ねぇ。というかぁ、気付かなさすぎてこうして急かしに来たのよぉ」


 気付く?何にだ。


「そぉれは秘密よぉ。あくまでも貴方たちが気付かないと意味ないわぁ。じゃあねぇ」


「待て…!」


 来たときと同じように一瞬でいなくなるマネクアクイ。


 彼女が告げた言葉の意味を理解したのはそれから三年後。

 世界ヒーロー連合主導で行われた大規模なトドカヌヒビ討伐作戦において参加したヒーローが全滅、日本の約半分がトドカヌヒビのネガティブオーラに覆われ怪人が蔓延る“怪人域”と化し、マネクアクイらに支配されてからだった。

全滅して語り手がいなくなったのでこれで終わりです

曇らせは苦手なので由紀救済続編はいつか書きたい

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