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私は沈む(下)

 

 side─白咲由紀


 助けて。誰でもいい。誰でもいいから()()()()()()

 怪人の無力化手段は基本殺害しかない。殺さずに無力化出来るのはシルバー・メアやソルニティといった一部の強力なヒーローのみ。少なくとも今ここにはいない。


「真木……!真木!!」


「お嬢様!振り返んないで!!!せっかく彼がくれた時間が無駄になる!!!!」


 彼……あれ、葛原さんは……。


「直人くんなら大丈夫!!今私達が行くよりも───っ、変身(Moon rose)!!」


 振り向いた若葉が突然ムーンジャンパーへと変身する。そして今来た方向、怪人のいる方へと跳んでいった。

 蛍の静止を振り払い後ろを振り向けば膝を着くソルニティの姿。その姿が光に包まれ───


「えっ?」


 光の中から現れたのは葛原さんだった。

 私より弱々しく、臆病で、矮小な彼。いつも教室の隅で縮こまっていた彼。力もなく、知恵も中途半端。立ち上がり声を上げる勇気を持っていないような彼が、ずっと私の前に立っていた背中の正体。


「───若葉?」


 彼女は知っていたのだろう。鳥の怪人による学校襲撃の日からの若葉と葛原さんの急接近にはソルニティの正体が関わっていた。今にして思えば蔦の怪人に捕まっていたときの影はソルニティに近い背格好だったような気がする。


「ねぇ、お嬢様」


 ポン、と肩に蛍の手が置かれる。けれどその感触は人のものではない。掌とは異なる唇の柔らかさが、そこから漏れ出る温かい吐息がそこにあるはずのないものの存在を伝えてくる。きっと(そこ)にあるということは体中の至る所にあるのだろう。


()()()()()()()?」


 怪人、マネクアクイ。ヒーロー連合の手によってそう命名され、指名手配されている正体不明の怪人。その囁きは脳に響き、甘く蕩かして。


「あっ、ああ………」


 ああ、折れた。最早立ち上がることなどない。私は、完膚なきまでに叩きのめされ、負けたのだ。ずっとずっと立ち込めていた敗北の気配に。


「あぁぁあああああああああ!!!!!!!!」


 体から泥が溢れ出す。止めることなんて出来ない。その必要もない。

 連携をとり炎の怪人を追い詰めていくソルニティとムーンジャンパーを眺めながら、溢れ出す泥へ飲まれていく。


「ふふっ、ようこそぉ、私の切り札」


 溢れ出るのは敗北感。いつかの怪人の如くドロドロと。

 藁すら掴めない私はただ沈んで、溺れて、暗闇の中へ。


 *


 side─大槻若葉


 膝をつくソルニティが炎の怪人に触れられるよりも速く、空気中に漂う月光を固め、それを蹴って加速した私の足が炎の突き刺さる。

 熱い。かなり熱いがヒーローの頑丈さと蹴り飛ばしたため触れていた時間が短かったことで火傷とかはなく怪人を引き剥がせた。


「直人くん!!!」


 光が溢れ、ソルニティの姿が小さくなっていく。現れたのは直人くん。


「気をつけて若葉さん、あいつ無理やり変身を解除させてくる」


 ヒーローの変身を無理やり解除出来る怪人。そんな怪人は今まで聞いたこともない。そしてそんな怪人の強さは計り知れない。

 なぜならヒーローが纏うポジティブオーラを貫通して変身を解除させられるくらい強いネガティブオーラを纏っているということだから。


『お嬢様ぁ………』


 狙いは間違いなく由紀。そんなことはさせない。


「ルナ・シュート!!!!」


 月光を押し固めた無数の弾丸が飛び出し、狙った通りに怪人へと吸い込まれる。

 けれど、その全てを回避された。さすが、由紀のメイドとして長年仕えてきただけありその身のこなしは由紀に迫るものがある。


「まだ!!」


 ルナ・シュートは無数に分裂する弾丸を撃って撹乱した後、最後に残った一発の本命を確実に当てる技。でも今はこの一発を囮に使う。


「私だって成長してる!!ラビットキック!!!」


 最後の一発は当然の如く躱された。けれど、それで怪人の逃げ場を誘導することでこっちは当てる!!

 加速をつけた蹴りが第三の弾丸の如く怪人を狙う。違えることなく進む体は再び怪人の体に吸い込まれ───


『羨め』


 ゴキリ、と鈍い音が響く。

 弾丸のような速度で突っ込む蹴りはヒーローとしての頑丈さあってのもの。では途中でその頑丈さが失われたら?答えは簡単。


「あっ、ああああああああ!!!!!」


 不格好にねじ曲がった足を無傷の怪人の手が掴む。その手が纏う炎は執拗に、入念に肌を、肉を舐め回すように焼いていき、あたりには肉が焦げる不快な臭いが立ち込める。


「っ、ソルニティ!!!」


「ソルフレア!!!」


 一切ダメージを与えられなかったのは誤算だが、こうして変身を解除させられるのは狙い通り。どうやらこの怪人が変身を解除出来るのは一人だけのようだから、こうして私が変身解除させられている間は直人くんがソルニティに変身していられる。


「ごめん、ムーンジャンパー。辛いだろうけど力を貸してくれ」


「当然でしょ」


 怪人が吹き飛ばされたことにより再び変身。折れた足は痛むが、それを誤魔化し立ち上がる。


「行くよ」


「うん」


 狙うは炎の怪人。

 ソルニティが変身解除されれば私の弾丸が突き刺さり、私の変身が解除されればソルニティの拳が飛んでいく。片方の攻撃を避けようにももう片方がその身を呈して妨害し、もう片方の一撃を確実に。


『羨ましい。そうやって並び立って』


「並び立って?私のどこが並び立てているって言うの!!!」


 ずっと誰かの背中を追って来た。友達として由紀の背中を。ヒーローとして直人くんの背中を。並び立てたと思えたことなんて一度もない。


()()()()()()()!!お嬢様にとってそれがどれだけ難しいことだったか知っているくせに!!!』


 多くを背負って歩く由紀の隣を歩く。それは余りに簡単で、そして余りに難しい。ただ寄り添って歩くのに、背負った荷物の多さにたじろぎ離れてゆく人が大半だった。


「貴女が!!出来なかっただけだろう!!!白咲さんはそれを拒むような人じゃない!」


 ああ、そうだ。私はきっと一つ思い違いをしていた。

 後で、由紀に謝ろう。


「ソルニティ、時間を稼いで」


「わかった!!!」


『何をするか知らないけどさせないわ!羨め!!』


 効かない。だってもう自覚したから。

 由紀は私を対等に扱ってくれていた。それがずっと羨ましかったんだ。なんでも出来て、なんでも持ってて、それでいて誰とでも並ぼうとする由紀が。

 だから、効かない。


「陽光転換、月光集約。撃ち放て、月下大砲(サテライト・キャノン)!!!」


 地球の衛星、月。陽光を受け光り輝くその天体から降り注ぐ月光を一点に集約し撃ち落とす技。本来であれば月が出ていなければ使えないが、私にとっての月である由紀がいる。無限に陽光を放ち続けるソルニティもいるし。

 一瞬の煌めきの後、光の柱が落ちる。たった一瞬。瞬くより速い時間だが月光を集めたレーザー。怪人であっても無事でいられない。


「真木さん!!」


 良かった。生きてはいる。けれど酷い火傷を負っており、すぐに手当てしないと危険だろう。


「由紀!蛍ちゃん!救急箱とか………」


 振り向いた先にあったのは泥の海。その中央はこんもりと膨らむ。おおよそ、少女一人分の背の高さ。その隣には悍ましい怪人(マネクアクイ)が。


「由紀に、何をしたぁ!!!」


 足の痛みを無視して飛び出す。

 けれどこの拳が届くことはなかった。溢れ出る泥が幾重の壁となり阻まれたのだ。


「駄目だムーンジャンパー!!」


 駄目?何が?


「由紀が、友達がおかしな方向に進んでるのなら、殴ってでも止めるべきでしょ!!」


()()()()()


 言葉で殴られたような衝撃。その一言は熱く重く腹に伸し掛かるようだった。


「君のその力は白咲さんを守るものだろう。それで、戦えるのか」


「それは……」


 多分出来ない。私には、その資格がない。


「今は逃げるよ。あいつの目的は分からないけど、必ず僕らの前に再び現れるはずだ」


「あらぁ、もう行くの?もっと遊んでいけばいいのに」


 怪人、マネクアクイ。ヒーロー連合によって名付けられたその名の通りこちらを手招き、引きずり落とそうとする悪意の塊。真木さんと由紀をあんな姿に変え、弄ぶ醜悪な人型。その正体はおおよそ見当がつく。


「蛍っ!!!」


「はぁい。なんの用かしらぁ、お嬢様を守れなかったムーンジャンパーちゃん」


 ギリッ、と奥歯を噛みしめる音が響く。きっと今、人に見せられない顔をしている。


「蛍ぅぅううううう!!!!!」


 ソルニティに抱え上げられ、その場から逃亡する中で吼えることしかできない。包み込む万力から抜け出すことすら出来ず、ただ小さくなっていく人影を睨む。


「いつか貴女がこちら側へ来るのぉ、待ってるわぁ」


 遠く遠く離れ聞こえないはずのその呟きが、何故かはっきりと聞こえた。

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