私は沈む(上)
全治三ヶ月。死にかけた割には軽いかな。
「由紀、明日退院なんだっけ」
「ええ、ご心配をおかけしました」
お見舞いに来てくれた若葉が林檎を切り分ける。あまり慣れてないのか危なっかしい手付きだ。
「じゃあさ、海行こうよ海。もう夏休みも終わりだよ」
「そうですね。退院しても一ヶ月は激しい運動を控えるように言われてるのですが海、行きたいですね」
六月頭にショッピングモールで襲われてからおおよそ二ヶ月半。もう世間では夏休みムードも終わりに向かい始めている。
期末テストは病欠の場合中間テストの七割の点数が入るはずだから成績には問題ないが、体育祭に参加出来なかったのは辛いな。ただでさえクラスの中でも浮いている方なのに他のクラスメイトと共有出来る話題が一つ減ってしまった。若葉は友達多いけど私はそうでもないし。
「……そういえば、宿題は終えましたか?」
「うっ、いや、ちゃんと進めてるよ、うん」
怪しい。いや、若葉のことだから言った通り進めてはいるのだろう。それが蝸牛の歩みより遅いだけで。
「そ、それを言うなら由紀だって宿題やってるの?」
「既に全て終わらせました」
入院中に出来ることがなさすぎて暇だったから。まあ一週間と経たずに終わってしまったので結局手持ち無沙汰になってしまったが。
「さっすがあ!!!………写させてくれたりは」
「貴女の為にならないでしょう。葛原さんとでもやっていなさい」
「あー直人くんかぁ。クラスで三番目の成績だったらしいし宿題もやってるよね。受けてくれるかなぁ」
受けてくれるだろう。彼は運動部の所属というわけでもないだろうから塾や習い事の時間はあれど夏休みの大半は暇なはずだ。きっと若葉が誘えば一緒に宿題をやるくらいしてくれる。
「終わったら、家が所有しているプライベートビーチにいきましょう」
「やった───えっ!?プライベートビーチなんて持ってたの?」
「ええ。とはいえ国内ですので少し狭いですが」
「いやプライベートビーチってだけですごいよ。お嬢様だとは思ってたけどそこまでだったなんて」
そうでもないと思うが。うちの学校は私立の中高一貫校ってことで結構お金もちの家の子が集まるしプライベートビーチくらい持ってる人は多いと思う。
まあ私が話す相手なんて若葉くらいだから詳細は分からないけれど。
「たしかにうちは結構なお金もち多いけどさすがにプライベートビーチっていうのは………隣のクラスの宇賀ちゃんくらいかな」
「宇賀さん……ああ、あの方ですか」
「知ってるの?」
「ええ、一応家同士でお付き合いがありますから。確か島を持ってるんでしたっけ」
幼稚園、小学校が一緒だったために親同士に面識があり、そこから父が所有するグループと彼女の父親の所属する財閥とで協定が結ばれた。
とりわけ仲がいいわけではないが彼女の母親が結構見栄を張るタイプで何度か家に招待されたこともある。豪華絢爛美麗荘厳、ピッカピカで趣味が悪い家だったが。
「島って……」
「凄いですよね、島。まあ使い道が思い付かないので欲しいとは思いませんが」
別荘ですら面倒で行かなくなったのに、さらに移動が面倒で管理もまた手間な島が欲しいと思うことはないだろう。
「あ、もう帰らなきゃ!!じゃあね由紀。明日は来れないから先に言っとくよ。退院おめでとう」
べつに後でメールなり送ればいいのに。
「ありがとうございます。若葉も宿題早く終わらせてくださいね。あまり遅いと海月が出てしまいます」
「うわ、それは大変だ!!急がないと!!」
慌ただしく出ていく若葉。まあ地頭は良い方だしすぐに終わらせるだろう。
若葉から宿題が終わったという連絡が来たのは三日後だった。
*
「ひろーい!!!」
白咲家のプライベートビーチ。切り立った崖の裏手にあり、外界と隔絶されたような錯覚を得る小さいながらも整えられた浜辺。
「ぼ、僕もいていいの?」
「ええ、あのとき助けられましたから。若葉を守ってくれたのですよね?」
私は助けられた覚えはないけど彼と若葉の傷が軽いこと、若葉が変身する前に岩の怪人が倒れてたことから彼が何かしたのだろう。
「い、いや、むしろ守ってもらったのはこっちの方っていうか……」
「そんなことないよ!!ソ……直人くんがいなかったら私も変身出来なくてやられちゃってたかもしれないし!!」
友人ながらなかなかに面倒くさいなこの二人。
「お嬢様、ビーチチェアとパラソルの設置が終わりました」
「西瓜もあるよー」
「ありがとう………なに、その格好は」
見ればせっかく設置したビーチチェアに水着でくつろぐ二人の女性の姿が。蛍の方は新人だから大目に見るとして真木は一応メイド長だったはずなんだけど。
「あ、真木さんお久しぶりです。蛍ちゃんも」
「お久しぶりです」
「おひさー」
何度か家に来たことのある若葉とは面識がある。けれど葛原さんは知らないだろう。
「この二人は真木と蛍。我が家で雇っているメイドで今日は世話役として付いて来てもらいました」
「お世話は任せろー」
どちらかというと世話される方の態度で手を振る蛍。年が近いという事もありナメられてる気がする。さすがに気の所為か。
「写真撮影は任せてください。家宝にします」
カメラを持ってこちらを見る目が怖いので思わず手で前を覆ってしまった。さすがに私が幼い頃から仕えてくれている真木に限ってそんなことはないと思うけど。ないよね。
「何かあったらあの二人に言ってください。何も無ければいないものと扱ってください。あの二人は仕事投げ出して満喫する気なので」
「う、うん」
一応準備は終わらせてあるようだし日頃の疲れをとってもらう意味でこの態度は見なかったことにしておこう。
「それでは泳ぎましょうか」
激しい動きは禁止ですが少し泳ぐくらいなら……バレないよね。
「ああそうだお客様方、離岸流がありますのであそこに立ててある看板から向こうでは泳がないように。もし離岸流に捕まってしまったら横に逸れるように泳ぐようにお願いします。あの看板よりこちらにくれば確実に抜けられますので」
そういえばそうだった。ここに来るのも久しぶりだから忘れていた。本来であれば私が言うべきだ。
「というわけでボール等が落ちても問題ないように私達はあちらで遊びましょう」
看板から向こうは岩場なのでどのみちこちらでしか遊べないが。
*
side─葛原直人
それから三人で遊んだ。
ビーチフラッグをやって運動が得意な女子二人に大きく離されたり、西瓜割りをやって僕と若葉さんが外すなか白咲さんが一撃で五等分したり。なんで木の棒一回振り下ろしただけで綺麗に五等分されるんだろう。それに今まで食べたことないくらい甘い西瓜だった。
その後は僕対女子二人でバレーボールをすることに。女子バレーボール部のエースである若葉さんに、運動も勉強も完璧にこなす白咲さん。多分僕と若葉さんでようやく白咲さんと互角になるくらいの実力なので一方的にボコボコにされたのは言うまでもない。完全に過剰戦力だ。
「………なんだろう」
ずっと違和感が消えない。
泳ごうが遊ぼうが常に頭の中で何かに引っ張られるような感覚がして、何者にも向いていない猜疑心が湧き上がる。
常に誰かに比較されてる感覚。常に自分が劣っていると突きつけられる感覚。いつもヒーローとして活動してる時に働く第六感とも呼べる感覚がありもしない感情を知らせてくる。
「どうしました?どこか具合でも悪いのですか?」
「大丈夫?」
誰だろう。この二人ではない。であればメイドのうちどちらか。だけれど白咲さんが信頼している相手だ。怪しいことはないだろう。
「…っ!」
一際違和感が濃くなる。
気付いた。あいつだ。この気配はショッピングモールで出会った───
「口だらけの女怪人!!!」
火柱が上がる。方向はメイドの二人がいる方。
パラソルを焼き、砂浜を熱しながら歩いて来るのは炎の怪人。
『お嬢様………』
明らかに白咲さんを狙っている。彼女はどっちだろうか。
「お嬢様、こっち!!」
「あっ、あ……真木……」
蛍さんが白咲さんの手を引いて逃げる。親しい真木さんが怪人化したことでショックを受けているのか、放心状態の白咲さんは珍しく大人しく連れて行かれた。
「若葉さん!!近くにあいつ───マネクアクイがいる!!白咲さんの護衛を頼む!!」
「う、うん。直人くんは?」
「ここで足止めをする!!」
幸か不幸か今彼女は過去一番素直だ。若葉さんと蛍さんに連れられていく間もこちらを気にする様子はないので心置きなく変身出来る。
「─────変身」