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月は陰る(下)


 なんで、なんで若葉が変身している。私じゃ出来ないのに。私じゃ立ち向かえなかったのに!なんで、若葉が!!!


「ヒーロー“ムーンジャンパー”。助けに来たよ、由紀」


 やめて。そんな目で見ないで。私は貴女を守ろうとしてたのに…私は、貴女を守ろうとすることしか出来なかったのに。なんで、なんで貴女はあの怪人に立ち向かえるの?

 ずっと同じ場所にいたはずなのに、なんで貴女は前に出ていけるの?


「ラビットキック!!」


 変身と同時に生えた兎耳をはためかせながら若葉が跳ぶ。白銀一矢、先程よりも巨大化した怪人に突き刺さる。

 けれど効いていない。それどころか怪人は肥大化し続けている。


『は、はははは!!!効かねえなぁおい。陽光が降り注ぐからよぉ………あ、おいお前何してやがる!!』


 目の前の若葉を──ムーンジャンパーを無視して振り向く。その先にいるのは、あったのは怪人の出した蔦に巻き付かれ持ち上げられた人影。吹き抜けに射し込む夕日が逆光となり、既に霞み始めた目では人影としか映らないが多分葛原さんだろう。

 彼は若葉と違って生身のはずだ。ヒーローに変身出来るなら若葉が変身する必要はなかったのだから。

 葛原さんが何かしたのか怪人はそちらに意識を取られている。


「ラビットハンマー!!」


 素人でもわかるだろう明確なその隙をついて、ムーンジャンパーが何処からか取り出した杵を怪人に叩きつけた。

 名前と、杵という道具からヒーロー“ムーンジャンパー”は月の兎がモチーフなのだろうか。だとしたら彼女が変身するためには抱いた感情はなんだろう。それが解れば私もあんな風に立ち上がれたのかな。


「ムーンジャンパー!!!背中だ!奴の蔦は背中から出ている!!根元を叩け!!!」


 ムーンジャンパーの一撃で蔦が弛んだのであろう。脱出した葛原さんが怪人の弱点を叫ぶ。


『それがどうした!!!叩かれなきゃいいんだよ!!!!』


 怪人の背中から数多の蔦が伸びてくる。それは先程までとは比べ物にならない程極太で、そして増えた質量を関係ないと嘲笑うように先程よりも速かった。

 けれどムーンジャンパーはそれを凌駕する。うねる蔦の隙間を掻い潜り、時に足場として矢のような速度で駆け抜け背後へ回った。


「ルナ・シュート!!!!」


 銃の形をさせた右手の人差し指を中心として輪状に発生した六つの弾丸が怪人の背に打ち出される。それらは空中でぼやけ、ばらけ、そして大きさを変えず無数に増え怪人の背中を撃ち抜いた。

 怪人の体を覆っていた蔦も消え、無防備になった怪人に突き付けられたムーンジャンパーの人差し指の先から最後の(弾丸)が発射され、頭にそれを受けた怪人が気絶するのを見届け私も意識を手放す。

 それは安堵からか、もうこれ以上見ていたくはないという拒絶からか。


 ───あれ、もう一体の怪人は誰が倒したのだろう。


 *


 side─大槻若葉


「由紀!!」


 初めて変身し、初めて怪人を倒した。これで直人くんがいなくても由紀を守れると喜ぶところだが、今はそれどころじゃない。由紀の怪我は酷くすぐに手当てしないと───


「あらぁ、もうやっつけちゃったの?お見事ねぇ」


 由紀が来た廊下の奥から全身口だらけの女怪人が現れる。さっき由紀の様子がおかしかったのはきっとこいつが何かをしたのだろう。


「由紀から離れて!!!」


 まるで口付けでもするようにそっと由紀の頬に触る怪人を見て思わず叫ぶ。

 ずっと頭の中で警鐘が鳴らされていた。あの怪人を由紀に近付けてはいけない。


「あらあら、嫉妬しちゃって。この子だけでなく貴女も素晴らしい才能がありそうねぇ。まぁ、ヒーローに目覚めちゃったらもういらないか」


「才能…?」


「ああ、いいのよ。気にしないで。もう貴女からは失われたものだから。でも、そうね。月が堕ちたら一緒に墜ちるのかしら、ムーンジャンパー?」


 何を、何を言っている?

 訳の分からないことを言う目の前の怪人がどうしようもなく不気味で一刻も早く倒さないと行けないという衝動に駆られ大きく跳ぶ。そのままの勢いで振りかざした拳は、空を切った。


「貴女、まだ戦い慣れてないでしょ。そんな大きな動作していたらどうぞ避けてくださいって言っているようなものじゃない」


 確かに、余計な動きがあったことは認める。けれど最短最速で動いていたとしても、この拳が届くことはなかっただろう。


「テレポート!?」


 口だらけの怪人は、蔦怪人の拘束から逃れるために変身を解除していた直人くんの隣に立っていたのだから。


「へぇ、貴方すごいわねぇ。私の嫉妬の口吻(ネガティブオーラ)を受けて平気なんて」


「直人くん!!!変身して!!!」


 あの怪人からは異質な不気味さを感じるが、直接的な強さを感じられなかった。ヒーロー“ソルニティ”ならあの怪人を倒せるだろう。


「変身……なるほどねぇ。貴方、ヒーローだったの。それも凄く強い。変身してない状態でも私の嫉妬の口吻(ネガティブオーラ)に耐えられるくらい。……そんなに弱そうなのにねぇ」


 口の怪人が直人くんを殴り付ける。変身しているならいざ知らず、生身の状態の直人くんでは怪人に抵抗出来ない。というか生身で戦ってヒーローや怪人に勝てるのはそれこそ由紀くらいだろう。


「なんで、なんで変身しないの!!?」


 一方的に殴られ蹴られ、けれども変身する素振りを見せない直人くん。


「この!!」


「おっと、危ない」


「がはっ!!」


 兎の脚力を活かした突進もテレポートで避けられ、結果として直人くんに当たってしまう。


「言ったじゃなぁい、見え見えだって」


 怪人が何かを言っている。けれど私には聞こえない。


「なんで、なんで変身しないの!!!貴方なら勝てるでしょ、ソルニティ!!!!!」


「ソルニティ…?」


 蔦の怪人との戦いで疲労してるだろう、生身で攻撃を受けて傷付いているだろう。けれど、けれど残酷にも縋るしかない。私では、勝てない相手だから。


「お願い。私を、由紀を助けてよ」


 蹲る直人くんの体が燃え上がる。炎が散ればヒーロー“ソルニティ”が現れ────


「がっ、あっ……」


「危ない危ない。貴方ソルニティだったの。通りで私の嫉妬の口吻(ネガティブオーラ)に耐えられるわけだわぁ」


 炎が散らされる。彼が変身を終えたわけでもない。事実、怪人に首を締められている直人くんは生身のままだ。


「なんで……」


「あら、知らないのぉ?なら教えて上げるわ。ヒーローの纏うポジティブオーラと同等以上のネガティブオーラの中ではどんな強いヒーローでも変身出来ないの。特に変身を解除した直後とかね」


 なら、この怪人が纏うネガティブオーラはソルニティの纏う無限の陽光(ポジティブオーラ)と同等かそれ以上ということになる。そして一概にそうとは言えないけれど、基本纏うオーラの強さはそのまま怪人やヒーローの強さを表しているというのだから───


「どうしたのぉ、そんなに怯えて。大丈夫よ。私はそんなに戦闘に長けているわけじゃないから。まあ、このまま生身の彼の首を折るくらいはできるけどぉ」


「…直人くんを離せ」


「直人くんって言うの。いいわ、離してあげる。かわりに一つ、私の質問に答えて頂戴」


 質問に答えるくらいなら大丈夫だろう。由紀を渡せとかなら残念だが直人くんを見捨てるしかなかったが、それくらいならすぐに済ませられる。


「わかった」


「なら早速。その子……由紀ちゃんだっけ?彼女はこの子がソルニティだってことを知ってるの?」


 なんでそんな質問を…いや、そんなことを考えている時間はない。もうすでに直人くんが意識を失いかけている。


「知らない」


「そう、ありがとう。いいこと知ったわぁ」


 ぱっと手を離す。既に意識を失った体は為す術なく崩れ落ちた。


「お礼に、いいことを教えて上げる。貴女がもっと早く助けを呼んでいれば、彼は変身できたわ。じゃあね」


 テレポートしたのだろう。女怪人の姿が消え去った。残ったのは怪人だった二人と助けに入ってくれた男の人。それから由紀と直人くんと私。

 逃げた誰かが呼んだのだろう、外からサイレンの音が聞こえてきた。


 ───ヒーロー“ソルニティ”は助けを求める人の声に応える。


 思い出されるのはヒーローヘの変身方法を教えてくれた時に直人くんが言っていた言葉。

 裏を返せば、誰かが助けを求めなければヒーロー“ソルニティ”には変身出来ないということ。そしてあの場で怪人と直人くん以外に意識があったのは私だけで───


「私のせい……?」


 私が即座に助けを求めていれば直人くんは変身出来ていた?

 あの怪人と戦っていて私がネガティブオーラの影響を受けたことはない。そしてあの怪人はソルニティの変身を止めるためにテレポートで近付いていた。

 であればあの怪人のネガティブオーラの範囲は狭いものなのだろう。

 つまり、私が一人で戦おうとしなければ───


「ち…がうよ。………大槻さんのせいじゃ、ない。僕が、一人で変身出来ないのが悪いんだ」


「直人くん!?駄目だよ起きちゃ!!怪我だってしてるんだよ!」


「僕はいいから…白咲さんを……」


 そうだ由紀!傷の度合いで言ったら由紀の方が酷い!!


「いたぞ!こっちだ!!軽傷者四名と意識不明の重体が二名!!通報にあった数より多い!!!」


 どうやら救助が来たようだ。


「君は…新しいヒーローか。怪人は君が?」


「片方は。もう片方はソルニティがやってくれて、それであとから来た怪人にやられてしまって……いや、それよりも由紀を!!由紀を助けてください!!!酷い怪我なんです!!!!」


「わかった。一旦落ち着いて。君の友達は必ず助ける。約束する。けれど今は誰が怪人だったか教えてくれないか?」


「あ、えっと、そこの二人です。あそこで倒れてる男の人は庇ってくれて……」


「ありがとう。君も怪我はないかい?」


 怪我……そういえば怪人の蔦を受けていた。礫も何発か食らったっけ。さっきは興奮しているのか痛みを感じなかったけれど、だんだんと痛みだして───


「っ…!」


 変身が解ける。傷を無視して動き回ったものだから意識が───。



「君も酷い怪我じゃないか!!!……訂正、怪我人は六名。応援を頼む」


 



 ───翌日の新聞の見出しには「怪人に襲われた中学生が変身し友人を救う」と書かれていた。私と直人くんの名前は伏せられているが、新聞記事に載ったという嬉しさで少し舞い上がってしまう。

 けれど、由紀がこの新聞を読むことはない。

 結局、由紀が目覚めたのは事件から一週間が経った後だった。

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