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月は陰る(上)

 

 幸い、腕は大したことはなかった。骨が僅かに歪んだそうだが、動作に支障はなく痛みもない。伸ばされたことで右腕と左腕腕の長さが少し異なるが言われてようやく分かる程度。成長すると共に治るとのことだ。

 軽症だったこともあり襲撃の翌日はこってり絞られたが反省文もすぐに終わった。今日は巻き込んでしまった謝罪として若葉と隣街のショッピングモールに来ている。ついでに若葉の強い押しもあり、ハンカチの礼として葛原さんも来ていた。


「お待たせしました。私が一番最後ですね」


 現在9:50。集合時間より10分早いが集合場所にはもう既に二人とも揃っていた。

 心なしか二人の顔が赤い。きっと待っている間に何かしらのイベントがあったのだろう。ベタなところではナンパから助けてもらったとかだろうか。……強引に誘っていた事を考えるともしかして若葉って……


「何ニヤニヤしてるの??」


「ニ、ニヤニヤなどしていません!……していませんよね?」


 自分の表情など分からない。そんな品のない表情は晒していないと思うが、外部から見たらそうではないのかもしれないし。


「い、行きますよ!!!時間は有限です!!」


 誤魔化すようにショッピングモールの中へ。国内でも有数の大きさを誇るだけあり、向かい側の入口が遥か遠く霞んで見えない。

 開店直後だというのに既に客が多く、はぐれたら合流するのは難しいだろう。いや、開店直後だからこそ人が集中しているのか。集合時間一時間後にすればよかったかな。


「とりあえず服を見に行きましょう」


「あ、え、じゃあ僕は別の場所で待ってるよ」


 気まずそうに提案する葛原さん。さすがに誘っておいて別行動させるというのは申し訳ないし、下着を見に行くわけでもないのだから気にしないのに。というか若葉が一緒に居てほしそうな顔をしているので引き止める。


「別に気にしませんよ。というよりも男性の意見も欲しいので一緒に選んでください」


「うんうん、そうだよ!服選ぶときは皆で選んだ方が楽しいし!!」


 そう説得すると渋々ついて来てくれた。良かったね若葉。

 まずはコニワロヘ。普段は買って来てもらって自分ではお店には入らないから新鮮な気分。家ではあまり見ないブランドだけど調べたところ普通の学生であればよく利用するところだというので一番はじめに訪れることにしていた。


「うーん、どっちが由紀に似合うと想う?」


「え、えっと白咲さんならこっち、かな。大槻さんなら青い方も似合うと思う」


 おやおや青いですねぇ。人を出汁にして。ま、いいですけど。

 でも一つ言わせてほしい。その赤いシャツが私に似合うと思うのなら葛原さんのファッションセンスはないんじゃないだろうか。いや、それを候補として上げた若葉も若葉だけど。でも青い方は若葉に似合うと言うのは同意する。

 そうして三、四時間程色々なお店を見て回ってるうちにお昼を過ぎていた。かなりお腹も空いて来たことだしフードコートへ。


「ごめんちょっとトイレ行ってくる。先に行って席取ってて」


「せめてお手洗いと言いなさい、若葉」


 お昼時は過ぎたこともあり人は減ったはずだがそれでもまだまだ多い。席もほとんどが埋まっていて、人が離れた側から埋まっていく。


「あ、ここですね」


 人が立ち上がりそうな気配を察してそれとなく近付く。他の誰にも気付かないうちから、圧をかけないように視線をあっちこっちそらし重心を寄せることで偶然近寄った通行人を装う。


「お嬢さん、ここ使うかい?」


「いいんですか?」


「いいよ、もう行くところだったからね」


「ありがとうございます」


 狙い通り。認めたくはないが私は年齢にしては背が低いらしくそこも有利に働いたのだろう。小さな子を連れた夫婦が去って行くのを見送り席に座る。


「荷物見ていますからどうぞ注文してきてください」


「え、でも……」


「私はここで若葉を待ちます」


「それなら身長的に僕の方が目立つんじゃ………」


「は?」


「いえなんでもありません行ってきます」


 何か失礼なことを考えていたようだけどそこは不問としよう。

 食べたいものが決まっていたのか迷わず列に並ぶ葛原さんから視線を外し周囲のお店をぐるりと見渡す。

 うーん、どれもそれほど……若葉と同じものにしようか。少なくとも変なものは選ばないだろう……選ばないよね。


「戻りました」


 思案しているうちに葛原さんが戻ってきた。


「ん、あ、これは呼び出し機でこれが鳴ったら取りに……」


「それくらい知っています。私そんなに箱入りではないですよ」


「え、あ、うん。そうだね」


 沈黙が漂う。向こうに非があるとはいえ気まずい。


「何を頼んだのですか?」


「あ、蕎麦です。ざる蕎麦」


「ざる蕎麦好きなんですか」


「え、あ、はい」


 気まずい。話題が無さすぎる。何を話せばいいのだろうか。そろそろ行われる期末テストのことでも話せばいいのだろうか。いやさすがにその選択は悪手だろう。あ、そういえば一つあった。


「再来週は運動会ですね。練習は順調ですか」


「え、うん。順調、とは言えないけどそれなりに」


「二人三脚でしたっけ。お相手と上手く行ってないんですか」


「いや、そういうわけじゃないけど……タイムが縮まらなくて」


「それでしたら───」


 ピピピっと呼び出し機がなる。どうやらざる蕎麦が出来たようだ。話を遮るようで申し訳無さがあるようで若干縮こまりつつこちらを見てくる。


「どうぞ取りに行ってください。お店の人に迷惑がかかります」


 葛原さんが立ち去る。とはいえ料理を持ってくるだけなのでそう時間はかからないだろう。

 そしてたった今二十分経過した。


「若葉、遅いですね。混んでいるのでしょうか」


「お待たせしました……次は僕が荷物見てますよ」


「ええ、お願いします。若葉を迎えに行って来るので少し遅くなりますね」


「大槻さん何かあったの?」


「いえ、少し遅いなと思っただけで」


 フードコートから近いお手洗いの位置は……二つある。多分若葉が行ったのは私たちが来た方向にあるものだろうが、一応入れ違いにならないように伝言だけ残しておこう。


「もし若葉が戻って来たら留まるよう言ってください。すぐに戻りますので」


「うん、わかった」


 来た道を引き返したところにあるお手洗いへ。人はほぼ並んでおらず、若葉が入ったときより減っているとしても二十分もかかるほどとは思えない。ではもう出たあとかもう一方のお手洗いまで行ったか───

 とても嫌な気配がした。お手洗いの入口よりさらに奥の突き当りは非常用の階段となっており、人気がないそこから昔誘拐されかけた時に感じたような嫌らしい気配が。その時の誘拐犯は返り討ちにしたが。

 余計なことを考えている暇はない。駆け出し非常用階段を駆け上がる。上の階に続く階段の踊り場には三人の男に囲まれる若葉がいた。


「このっ──」


 まずは一人。こちらに背を向けていた男に飛び掛かり首筋に手刀を当て意識を刈り取る。

 二人目。そのままの流れで鳩尾を殴りつける。意識を失わせるまでは出来なかったもののしばらくは動けないだろう。

 三人目。袖と襟を掴んで投げ──るのはさすがにまずいか。襟を掴もうとした右手の掌底を顎に当てる。威力が足りず脳を揺することこそなかったが、投げようと裾を引いて体勢を崩していたのもあって尻餅をつかせることには成功した。


「行くよ若葉!!」


「う、うん」


 一刻も早くこんなクズ共の側から若葉を引き離してあげたい。


「中学生に手を出すロリコンは警察に突き出してあげます」


 こう脅せば彼らはいなくなるだろう。本当は今すぐ警察に突き出してやりたいが今は若葉の心のケアが先。


「若葉、とりあえず何か食べましょう」


「へ、あ、うん。そうだね、お腹空いたし」


 熱に浮かされたような返事。先程のことでショックを受けている様子はないけれど注意深く観察していかなければ。


 *


 side─加藤祐司


「いてて、何だよあのガキ………」


 思いっきり打ち付けた尻を擦りながら起き上がる。とりあえず二人を起こして───その時、足音が響いた。当然俺らのものではない。さっきのガキのものでもない。階上からコツコツと下ってくる足音が。


「おい、起きろ!起きろって」


 いまだ伸びている友人を揺すり起こす。けれど反応は返って来ない。もう一人は蹲っているだけで無理をさせれば歩けるだろう。


「おい、ヤベえって!起きろ、起きろよ!!」


 足音は近付いてくる。さっきのガキが呼んだ警察がもう来たのか。違う。本能が言っている。警察の方がマシだと。()()()()()()()()()()()()()


「ねえ」


「ひっ」


 そこにいたのは女だった。全身に口のある女の怪人。思わず悲鳴を上げる。


「妬ましくない?」


「な、なにが」


「さっきの子よ。あなた達より小さいのに強くて、あんなに可愛い。きっと頭もいいのでしょうねぇ」


 確かに、俺らよりも小さい。小学三、四年生くらいの子だろう。それが大人三人を一瞬で倒せるんだから相当強い。


「あの子、そんなに持ってるなんてズルくなぁい?嫉妬しちゃうよねぇ」


 だが妬ましいとは思わなかった。さっきの彼女を見ていつか抱いた憧れを思い出したから。


「ねぇ、力欲しくなぁい?怪人に、なってみなぁい?」


「だ、誰がなるかそんなもの!!!」


「そう、じゃあ貴方はいらないわ」


 そう言ってこちらに向けられる目に、怯んだ。決して立ち向かえない。だから逃げた。


 ああ、俺はきっと憧れには近づけないだろう。だってさっきの少女に重ねたいつか描いたヒーローは、決して友を見捨てて逃げたりしないから。

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