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「つりかわ」(インスタントフィクション)

作者: ovidiusⅢ

帰りの電車の中で思いつきました。

揺れてる「つりかわ」が可愛らしく見えまして、、、

 大学へ向かう途中の電車で、私は彼と出会った。


 毎日、同じ電車に乗っている私は、住んでいる駅が乗り換えスポットということも相まって長い時間電車に揺られなければならなかった。


 また、これもあるあるかもしれないが、毎日電車に乗ってくる顔ぶれは一緒で、私の左隣には左手で不器用にスマホをいじりながらバックを抱えて右手をだらんと下げた40代くらいのサラリーマンがいて、右隣にはヘッドホンをした女子高生が右手で手すりを掴んで左手に学生バックをぶら下げていた。


 真ん中にいる私は、目の前に座っている人が読んでいる本を盗み見たり、もう覚えてしまった壁に貼られた広告をぼんやり眺めたり、大半は何も考えず電車に揺られていた。


 そんな、誰もが一度は経験のあるような毎日は冬が明けて全てが新しい瞬間を迎える季節になると、その季節に相応しい贈り物が添えられた。

 彼である。


 背が高く、スラっとしていて、絵本の中の王子様がそのまま出てきたような雰囲気を醸し出していた。手には英語で書かれた本を携え、背中には北欧メーカーのリュックを背負いこみ、短めの髪の毛に緩めのパーマをかけ、なんとも明るい白のシャツを着ていた。背筋をピンっと伸ばす彼は英国の高貴な皇太子のように映った。


 そんな彼は電車が窮屈であり乗る人もそれなりに居たので、揺れる度に私に体をあずけていた。


 お返しと言わんばかりに、私も揺れる度に彼に体をあずけた。彼は私よりも先に降りて楽し気な顔を浮かべながら去っていく。そんな、夢のような日々が始まり私の朝はときめき始めた。


 生まれてから一度だって、恋人がいたことは無いし、化粧の仕方も詳しくは知らない。ただ電車に揺られることだけが人と関わることだったのかも知れない。けど、私にもそんな相手ができたなら、きっと今だ。こんな気持ちになったのは初めて。朝の電車が待ち遠しい。


 ゴールデンウィークが過ぎ、長い梅雨が明け、太陽が照りだす季節を越えてもなお揺れる電車の中で、彼は私に体をあずけ、私も彼に体をあずけた。


 しかし、夢のような毎日は終わる。


 ある日事件は起きるもの。

 

右隣にいる女子高生が泣きながら大きな声をあげて「やめてっ」と叫んだ。

 

周囲の人は一瞬で察しがつくものだ。


 痴漢である。


 すぐさま、周囲の人々がどこに視線を集めればいいか辺りを見回す。


 しばらくして、背が高く、スラっとした彼に視線が集まり始めた。


 女子高生の左に居たのが彼であり、彼女の右には次の駅で降りる予定であろう女子大生グループがひしめき合っていたからだ。隣の男性は彼しかいなかった。


 違う。私にはわかる。彼はやっていない。彼は無実だ。彼は手など出していない。


 次第に、自分に集まり始める視線を無視しようにも無視できない彼は、しまっていた本をリュックから取り出し視線を落とすも、空耳のような聞こえ方で、確実に彼に向けて発せられている罵詈雑言に顔を歪ませるばかりであった。


 そして、軍団になった女性陣の圧に負けて、彼は女子高生と次に停まった駅に降りて行った。

 

ただ、見ていることしか出来なかった私は、揺れ始める電車の窓越しに、彼が遠のいていくのを見ることしか出来なかった。

 

私に勇気があれば。私に覚悟があれば。私に言葉があったなら。

きっと乙女な「つりかわ」さんなら、男の無実を証明できたんでしょうね。


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