護衛くノ一怪異譚
逢魔ヶ刻を過ぎれば、夜の帳が下り、辺りは闇に包まれる。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った一角には、魑魅魍魎が跋扈し、その姿を顕すのだ。
おおよそ凡人には認めることの出来ない存在を野放しにしておけば、この世は混沌と化し、地獄絵図のような世界へと姿を変えてしまうだろう。
街が未だに平穏な様子を保ち、人々が守られているのには、もちろん、夜な夜な退治に赴く者が存在するからだ。
もちろん、それは、私のことではない。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
やっと慣れてきたであろう九字切りを大声で披露し、ヒィヒィ泣き声を上げながら慌てふためく陰陽師の卵を見つめる。
狩衣のおかげか、その体型のふくよかさは隠されているが、二重顎は私のいる木の上からでもはっきりと目視できた。
なんとか小さな物の怪の群れを吹き飛ばしたところで、陰陽師の卵が膝をつく。
これで終わったのだと、気が抜けたのだろう。
ところがどっこい、そうは問屋がおろさない。
「卵、後ろ!」
陰陽師の背後に迫り来る影を見つけて、私は手にしたクナイに札を貼り付け、投げる。
ちなみに、この御札は我が家の付喪神が作ってくれたものだ。
威力は抜群、お墨付き。どんな悪霊も裸足で逃げ出す浄めの御札。ありがたや。
しゅ、と地味な音を残して消え去った影を認め、その他に敵がいないことを確認してから、木の上から飛び降りた。
2階ほどの高さがあるが、そんなもの、私からしたら平地を歩くのとさして変わりはない。
蹲ったまま身体を起こさない陰陽師の卵が心配になり近づいたら、ものすごい勢いで掴みかかられた。
「ちょっとぉぉぉ!あんた!もっと早く助けなさいよぉぉぉ!」
「いや、だって、私が退治したら意味ないし」
「ふっざけんじゃないわよ!お金払って雇ってんだから、私の事ちゃんと守りなさいよぉぉぉ!」
「最後ちゃんと助けた!助けたから!」
物の怪もびっくりの奇声を上げながら、卵はがくがくと私を揺する。
横暴だ。雇われくノ一の立場は辛い。
私の名前は影山千両という。
千両万両、はいはい、おめでたい名前だと思った奴、まぁ許そう。
千両?ぷぷっ、何それ変な名前だなと思った奴、夜道は背後に気をつけな。闇討ちも暗殺も、私の特技である。
千両とそのまま呼ぶ人は少なく、学校の友人には、影ちゃんやら千ちゃんやら野口やら英世やら好き勝手呼ばれている次第だ。
ねぇ、千円札の人物変わったらどうすんの、なんて突っ込みは不要。
本当は千両の他にも真名と言われる名前があるのだが、これは誰にも明かせない。
知っているのは、私自身とすでに他界した父さんと母さんくらいのものだ。
そういうわけで、私の真名を知っているのは私しかいない。
いろいろと事情はあるのだが、主に家庭の事情で雇われ忍者、いや、私の場合は雇われくノ一か。
まぁ、そんな感じのことをやっているのだけれど、今時、要人暗殺などの依頼があるはずもなく。
優秀であれど、ただの忍者である唯一の肉親のじっちゃんは商売あがったりだった。
その点、巫女の母さんと、忍びの父さんの間に生まれた私は、それはそれは優秀な人材だという訳だ。
黄昏時が過ぎた頃にしか、霊力が高まらず、物の怪の姿を見ることは出来ないのだが、それだけでもう二十分である。
魑魅魍魎を目視でき、身体能力が異常に高い私には、物の怪に関わる仕事がじゃんじゃん降ってくる。
陰陽師の卵の護衛などという難儀な仕事を任されたのも、そのせいだ。
泣き虫で、文句ばかり言う、怖がりな陰陽師の卵を守るなんて面倒な仕事は御免こうむると突っぱねたのだが、高校の学費を飛び越え大学まで通えるような金子を握らされれば、手の平を返すのも仕方がない。
はい、頂いた給料分はしっかり働かせて頂きますとも。
お金を積まれれば、地の果てまでお供します。
ちなみに、この太ましい陰陽師の卵は、私の通う高校の同級生であり、クラスメイトだったりする。
世の中はなんて狭いのだろう。
「ほれ、帰ろ帰ろ」
めそめそぐだぐだと泣いている陰陽師の卵を引っ張り立たせ、強制連行する。
仕事が終わった以上、いつまでも暗い外にいるのはアホらしい。
せっかくの夜を魑魅魍魎や怨念たちと仲良くするのに費やしたりしたくないのだ。
漫画読んだりゲームしながら夜更かししたい。
「あんたがちゃんと働かなかったって、ママとパパに言いつけてやる」
「虚偽報告はヤメテクダサイ」
物の怪が消えた途端に強気になる卵。
彼女のご両親はさぞ子煩悩なのだと思われる。
そもそも、陰陽師が悪霊退治に護衛なんぞを雇うのは大変珍しい話なのだ。
よっぽど可愛くて仕方がないのだろう。
一方、我が家ではあることないこと言われると、もれなくじっちゃんの雷を貰う。
お前のとこの両親と違って、うちのじっちゃんは甘やかしてくれないからな!
鞭と鞭が基本の教育方針である。どこのスパルタ。
「ゲームしたいから早く帰ろ」
「はぁ?」
ぐだぐだと文句を言い続ける彼女の背中を押して、帰路につく。
その道端のゴミを見るような目を止めて頂けますかね?
明日は学校だと分かっていて、夜更かしする私を蔑んでるのか?ん?
こんな相手でも、お家に送り届けるまでが、お仕事です。
「ただいまぁ」
無事に何事も無く、ちゃんと陰陽師の卵は家に送り届けた。
玄関先で待ち構えていた父親と母親が猛烈な勢いで、卵に怪我が無いか確認していたのを除けば、何事も無かった。
あれ、絶対にかすり傷1つでもあったら、私が祓われていた。
確実に式神の大群に襲われてた。
「おかえりなさい」
ぬばたまの長い髪を後ろで緩く束ねた美青年が、似合わないエプロン姿でひょっこりと顔を覗かせる。
彼は我が家に代々伝わる薙鎌の付喪神のナギさんだ。
さっきクナイに貼り付けた御札も、ナギさん作である。
ちなみに、学校に持って行くお弁当もナギさん作である。
本来ならば、その姿を一般人が見ることはできないが、巫女だった母さんが何か細工をしたらしい。
はっきりくっきり、どんな人の目にも映るようになっている。
そして、いつもにこにこ、優しい笑顔の彼は、近所のおばさまたちを魅了しまくっている、なんとも罪なお人だ。
ちなみにナギさん、その昔、99にも昇る数の人の首を狩ったことが自慢らしい。
わぁ、怖い。
「ナギさん、じっちゃんは?」
「居間にいらっしゃいますよ」
何はともあれ、仕事の報告はしなくてはならない。
夜食を用意しに台所に行ってくれたであろうナギさんを尻目に、廊下の先にある居間のふすまを開いた。
「じっちゃん、ただいま」
「おう、お帰り」
「おつかれさん」
じっちゃんだけかと思いきや、そこにはざんばら髪の男がもう1人。
常に肌身離さず持っている刀を床に置いたまま、貪るように漫画を読んでいる姿が。
畑本蓮次である。
ちょっとした縁で、幼い頃からじっちゃんの元で一緒に育てられたので、最早兄弟に近い存在かもしれない。
1つ年上で、私の通っている高校はこいつと一緒なのである。
うーん、やっぱり世間は狭い。
「千両、仕事はどうじゃった?」
「うーん、まずまず、かな。ナギさんの御札使っちゃった」
「あちらさんは何か言っておったか?」
「卵の方にはもっと早く助けろとか文句言われたけど、ご両親からは何も」
そうか、と言ったきり、じっちゃんは手元にあった茶を啜って黙りこむ。
褒めてくれるかな、などと期待してはいけない。
何もお小言が無いということは、じっちゃんの満足いく結果を出せたということだ。
ツンデレ属性なので、素直に褒めるのが恥ずかしいのだろう、と私は勝手に信じている。
「十蔵は千に怪我が無いか、ずっと心配していたんですよ」
私の分のお茶と茶菓子をお盆に乗せたナギさんが、居間に入ってくる。
その言葉を聞いたじっちゃんが、うっと耳を赤く染めた。
「心配なぞ、しとらんわ」
「またまた。あなたは子供の時から素直じゃないんですから。仕方ないですねぇ」
知ってるか。
ナギさんは、じっちゃんの数十倍の年月を生きているんだぜ。
姿形はこんなでも、ナギさんには誰も勝てない。
赤子の手を捻るように、やすやすとじっちゃんを丸め込むこともしばしば。
「なぁ、いい加減、その陰陽師の卵って子、紹介してくれよ」
報告が終わった途端に、わくわくとした様子で蓮次が話しかけてくる。
きっと、彼の脳内では狩衣を来た儚げな黒髪美少女の像が出来上がっているのだろう。
私はナギさんから受け取った饅頭の包みを剥ぎ取りながら、肩を竦める。
「うちのクラスにいるってば」
「お前んとこ行っても、いつも入れ違いなのか、会えたことねぇんだよな」
「そう?黒髪で、巨乳の子だって」
「黒髪はほとんどだろ?巨乳つっても、そこまで爆乳な子いたっけか?」
うんうんと唸って悩む蓮次を、私は饅頭にかぶりつきながら嘲笑う。
このおバカは、卵のことを勘違いしているのだ。
まぁ、私とて嘘は言っていない。
ただ、ぽっちゃり、という言葉では片付けきれない身体をしているということを隠しているだけだ。
蓮次のためにも、この勘違いはしばらくそのままにしておいてやろう。
漫画を読んで夜更かししようが、蓮次と格闘ゲームで白熱したあげく空が白んで来ようが、朝は来る。
そして、影山家の朝はどうしようもなく早い。
日が昇ると同時に起床である。
問答無用で叩き起こされる。
「千、蓮。あなたたちは、またこんなところに転がって…」
はぁ、と深い溜息が落ちてくる。
いつも苦労かけてごめんねナギさん。
でも、まだ眠い。
居間の畳の上で座布団を半分に折って枕代わりに使っていたところを見咎められる。
テレビはキャラクターの選択画面が映ったままチカチカと輝いていた。
机を挟んだ反対側には、私と同じように死体のように転がっている蓮次がいる。
「ほら、起きて顔を洗ってきなさい」
風邪を引きますよ、とは言われない。
そんなヤワな身体の鍛え方をしていないことを、ナギさんは百も承知だ。
ただ、こうやって、だらしない生活態度を諌められることはしばしある。
ナギさんは、きっちりした付喪神だから、怠惰な人間を見ると許し難いらしい。
「さぁ、朝の訓練をして来たら、ご飯にしますから。のんびりしていて、遅刻しても知りませんよ」
自主的に身体を起こした私とは違い、未だに夢の中にいる蓮次の襟首を掴みながら、ナギさんが怒っている。
頼むから、怒りに任せて100個目の首を狩ることだけは、止めて頂きたい。
ぶらんぶらんしている蓮次の首を見ながら、そう思った。
蓮次ともに朝の訓練を終え、朝ごはんを掻き込み、ナギさんお手製のお弁当を持てば準備万端。
「ハンカチとティッシュは持ちましたか?」
「大丈夫、無くても何とかなる」
「千、あなたという人は…」
呆れた顔をしたナギさんが、私のスクールバッグを引っ張ると、無理やり花柄の刺繍入りハンカチとフローラルな香りのティッシュを詰め込む。
ナギさんの女子力が高すぎて、私は動揺する。
「はい、気をつけて行ってくるんですよ」
「行ってきまーす」
蓮次は剣道部の朝練があるので、先に出ている。
じっちゃんは起きているのだけれども、山の方まで滝に打たれに毎朝行ってしまうので、帰宅してからでないと、顔を合わせない。
お見送りをしてくれるナギさんに、軽く手を振って、私は通学路をのんびりと歩んでいく。
私の住んでいる街は、自然豊かな場所だ。
有り体に言ってしまえば、ど田舎である。
盆地なので、夏は暑いし、冬は寒いし、非常に温度差が極端だ。
小中高までは、ほとんど持ち上がりと言っても過言でないほど、周囲のメンバーは変わらない。ほんと、世間は狭い。というか、コミュニティが狭い。
私の足で走れば、ものの数分で着くはずの道のりを、のっそりのっそり進んでやっとこさ、学校に到着する。
忍者稼業をやっていることは、卵以外には内緒なので、下手に運動神経が良いところを見せるわけにはいかない。
卵だって、陰陽師であることは隠している。
学校で職業のことがバレてしまえば、凄まじいイジメの元、村八分にされるのは目に見えている。イジメ、ダメ、絶対。
私はまだましだが、陰陽師なんていう中二病真っ盛りかと指差されて笑われるような職業の卵は殊更気の毒である。
玄関口で下駄箱に靴を放り込み、上履きを突っかけて、クラスへと向かう。
ガラリ、とクラスのドアを開ければ、始業までまだ数分あるからか、女子が固まって何かをやっていた。
「おはよ」
とりあえず、そう声を掛ければ、懸命に覗きこんでいた何かから目を上げ、こちらに注目がくる。
「英世ー、おはー」
「野口、おはよう」
「ちょっと、こっち来てよ」
千と呼ぶ奴は誰も居ない。悲しきかな。
私は自分の机にバッグを置き、輪の中へと入っていく。
「何やってんの?」
「これ」
ほれほれ、と示された紙。
書かれた内容に、私は思わず半眼になる。
ひらがな、はい、いいえ、そして、鳥居。
おい、やめろ。余計なものを呼ぶんじゃない。
「こっくりさん」
「そ。中学の時にやったの覚えてる?懐かしくてさ」
「あの時は全然当たらなかったのに、今やってみたら、結構当たるの」
教えてあげよう。
中学の時は、紙に書いた内容に不備があったから、こっくりさんは来なかった。
そして、何事も無く、無事に終えられたのだ。
今度はどうなっているのやら。
そこに、ガラリ、と扉の開く音がする。
振り返ってみれば、ぱつんぱつんの制服を着た卵が立っていた。
「あ、卵、おはよ」
ちなみに、あだ名が卵なのは私のせいである。
うっかり、学校でそう呼んでしまったのだ。
しかしながら、ハンプティ・ダンプティに似ているから、そう名付けられたのだと誤解したクラスメイトたちは私に右倣えをした。
この件については、本当に悪かったと思っている。
30分くらいなら、無料で護衛をしても良いくらいには。
「おは…よ」
そして、卵がサッと青ざめたことからも、この場のどこかに物の怪的なアレがいるのだろう。
こういう時、黄昏時まで見えない感じない体質で良かった、と心底思う。
全ての授業を終え、放課後。
1日の休み時間の全てを逃走に費やし、無事にその魔の手から逃れていたが、ついに捕まってしまった。
日が落ちて、黄昏時に差し掛かるこの時間。
余計なものは見たくないので、さくっと帰宅する予定だったというのに。
有無を言わさず、人気の無い階段の踊り場へと追い立てられた。
右手に引っさげた、空になってしまったお弁当箱を思いながら、現実逃避をする。
ナギさんのだし巻き卵、今日も絶品過ぎた。
「ちょっとぉぉぉぉぉ、野口!」
私を引っ張ってきたのは、ぷくぷくした陰陽師の卵、その人である。
ちなみに、卵は野口と呼ぶ派だ。
「なに?」
「なに?じゃなくて!見たでしょ!?なんか黒いうぞうぞしたの、教室にいたんだけどぉぉぉぉ?!」
そう言われても、昼間の私には何も見えない。
残念無念また来週。
私の胸ぐらを掴み、がくがくと揺する度に、卵の二の腕がたぷんたぷんと揺れている。
誠にあっぱれな光景である。
「あんた祓って来なさいよ!」
「なんで」
「護衛でしょ?!」
「護衛だから祓うの?!どういうこと?!」
「私を守りなさいよ!」
「祓ってる卵を守るのが、護衛の仕事だよね?!」
護衛が物の怪退治など、本末転倒である。
確かに、付喪神のナギさんより弱い物の怪ならば、問題はないけれど。
ん、あれ、それって、ほとんどの物の怪を倒せるってことじゃね?
「今日、私があの教室にいるのがどれだけ苦痛だったか!野口は休み時間になったら逃げるし、ほんとにさあぁぁぁぁ!」
魂の叫びだった。
涙と鼻水で、顔面がどろどろになることも厭わないくらいの、精魂込めた叫びだった。
そして、休み時間に逃げたことを、非常に申し訳なく思った。
10分くらいなら、無料で護衛をしても良いくらいには。
「わかった、わかった。私が祓うのはお門違いだけど、一緒に教室まで行くから!」
そう言って、宥めすかした数分後。
私達は、見慣れた教室に戻っていた。
見事に誰もいない。
みんな、すでに部活や帰路についたのだろう。
そして、くるりと中を見回す。
「やっべ、まだ見えないわ」
あはは、と笑えば、隣に立った卵が、道端の汚物を見るような顔をした。
え、なに?そんな顔されないとダメ?
「見えないんだから、しょうがないじゃん。ほら、さっさと祓って」
「見えないのにどうやって私を守るのよ?!」
「気合い」
「そんなもんでなんとかなるなら、陰陽師なんかとっくに辞めてるわ!」
おっと、卵の本音が。
まぁ、彼女も不幸なもので、物の怪や妖かしの類が大嫌いなのに、陰陽師の家系に生まれたばかりに難儀な職業に就かされたのだ。
祓いに出かけるたびに、ヒィヒィ泣き叫ぶ姿を見ては、哀れに思う。
養豚場の豚でも、あれほどまでに騒がないだろう。
「野口が見えるようになるまで、待つ」
「ちょっと、そんな悠長なこと言ってられんの?襲ってくるんじゃね?」
「た、たぶん、大丈夫」
「昨日の奴より強そう?」
「めっちゃ強い。絶対強い」
日が傾く。
窓から差し込む、橙色の光が強くなった。
足元の影が濃くなり、その長さを伸ばす。
ずず、と小さな音がした。
その音は、この世で聞ける音ではない。
身体の中に、灯火が灯ったように熱が生まれる。
母さんから受け継いだ霊力が高まる瞬間。
視界の先、その姿を顕現する物の怪。
黒い、塊。
それは、とても小さく…小さく…小さい。
「は?ちっさくね?」
「なに?!見えた?!」
「ちょっと、卵。ねぇ、あれ?あれなの?なんか鼻くそみたいなんだけど」
「鼻…あんた何言ってんの?!」
「いや、だって、昨日の方が明らかに強そうじゃん」
こっくりさんなどと言うから、どんな強敵かと思えば。
雑魚も良いところだ。
卵が騒いでいた訳が分からない。
「さすがの卵でも、あれくらい祓えるでしょ。だって、鼻くそみたいだし」
「ちょ…この脳筋!」
卵に罵られた瞬間だった。
黒い小さな塊が、私目掛けて飛んできたではないか。
さくっと避ければ、隣にいた卵がヒィ!と悲鳴を上げた。
「脳筋野口!あんたが悪口言うから怒らせたじゃない?!」
「えっ、何、言葉とか理解できるの?!」
「こっくりさんなんだから、出来るに決まってるでしょ?!」
言われてみれば。
人間の言葉に呼ばれて、彼はこちらに来るのだった。
「ほら、卵!早く九字切り!」
「む、むりむりむりむりむりぃぃいいいい!」
荒ぶっている物の怪、いや、こっくりさんが、ぶるりと震える。
鼻くそみたいな小さな塊が、威嚇するように膨らんだ。
そして、ぎゅるぎゅると音を立てたと思えば、獣のような姿へと変化する。
「へ、変身した!」
「野口が余計なこと言うから!お怒りなの!あんたが何とかしなさいよ!」
卵の言うとおり、余計なことを言った自覚はある。
仕方ないので、こっくりさんくらいなら、私が倒してやろうではないか。
右手で懐を探り、クナイとナギさんの御札を取り出そうとした時、とんでもないことに気付いた。
「あ、今は仕事道具持ってないや」
なんと言っても、着ているのは制服。
クナイなんぞ持ってたら、怪しいことこの上ない。
普段なら隠し持っている暗器も、全てだ。
今、手の内にあるのは空のお弁当箱のみ。
「術は?!」
「さすがに、ここで火遁とか使ったら、学校が炎上する」
霊力を使って、不可思議な現象を起こすことも一応できるが、室内向きではない。
じっちゃんとナギさんの頬を引き攣らせるくらいに、豪快な一撃が出てしまうのだ。
倒壊待ったなしである。
「やっぱ、卵が倒すしかないね」
ひょい、と突っ込んできた、こっくりさんを避けてクラスメイトの机に飛び乗る。
あ、つい乗ってしまったけど、上履きのままだった。
いつもは、仕事をする時は、裸足に包帯なので、ついうっかり乗ってしまった。
あとで、濡れ雑巾で掃除しといてあげよう。
「惹きつけといてあげるから、九字切り頼んだ!」
私はこっくりさんに向かって、2度手を叩く。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
普通なら挑発にもならないが、霊力を乗せれば話は別。
低俗な物の怪なら、喜色満面で飛びついてくる。
「って、こらあああ!野口!こっち来たああああ!」
そう、低俗な物の怪なら来るはずだ。
しまった、こっくりさんはあんな姿でも、知名度と望まれ方から、割と高次元な物の怪なのか。
「ほら!卵!九字切り!」
「ぎぇぇぇぇぇぇえ!」
絶叫が聞こえた。
間違いなく、学校中に響き渡っている。
ぽてぽての卵が俊敏なこっくりさんから逃げられるはずもなく。
思いっきり飛びつかれている。
私の霊力なんかより、断然卵の方が上質なのだろう。
さすが、よく分かっている。
「の、の、野口ぃぃぃいいい!」
混乱した卵が、机をなぎ倒しながらこちらに向かってくる。
お腹にこっくりさんをぶら下げて。
「ちょ、来んな!こっち来んな」
あれ噛みついてんの?痛くない?痛くないの?
やば、ぶつかる、と覚悟した私は空の弁当箱の入った手提げで防御体勢を取る。
バチィ、と火花が飛んだ。
ドンガラガッシャーン、と派手な音を立てて、卵の下敷きになりながら、教室内を転がる。
受け身を取ろうにも、上手く身体が動かず強かに頭をぶつけた。
修行が足りないと、じっちゃんにどやされる未来が見える。
「ぐぇぇ」
カエルの潰れたような声を卵が上げる。
私はすでに卵の体重で呼吸困難寸前だ。
そこに、ガラリと扉の開く音がする。
「おーい、お前たち。喧嘩もほどほどになー。机片付けて、早く帰れよ」
ガラリと扉が閉まる。
おい、この惨状を見て助けようとは思わないのか。
とんでもなく薄情な教師だな。
帰り道。
あれから、机を美しく並べ直し、教室を出た私たちはくたくただった。
こっくりさんは、いつの間にか消えていた。
「この千両様に恐れをなして逃げたかな」
「はぁ?」
物の怪にはビビりまくりなくせに、私には随分と強気だな、おい。
その道端の犬の糞を見るような目、やめてください。
心が痛む。
「あんた、その弁当箱見せて」
「んあ?中身はもう入ってないよ」
「知ってるわよ!」
ぷりぷりと怒っている卵に、ほい、と手渡す。
実にねっとりとした視線で検分する卵に、明日はおかずを強請られるのではないかとひやひやした。
「少しだけど、神気を感じるわ」
杞憂だった。
「シンキ?なにそれ」
「はぁ?」
おいやめろ。
そんな目で私を見るな。
「霊気は人間や物の怪、妖かしが行使する力。神気っていうのは、神様が使う力。あんた、なんでそんなもの持ってるの?」
なるほど、納得がいった。
ナギさんは、付喪「神」である。
「お弁当作ってくれたのが、神様だからかな」
「はぁ?」
この数分で、どれだけゴミクズ汚物扱いされれば良いのだろうか。
卵は鼻息なのか、溜息なのか、よく分からない息を吐きながら、肩を竦めた。
その拍子に、二重顎が際立つ。
「ま、なんにせよ、そのお弁当箱のお陰で助かったわ。こっくりさんと言えど、神様には敵わないのね」
「ふーん」
最強か。最強なのか。
蓮次にも、せっかくだし教えておいてあげよう。
お弁当箱は、いざという時、武器になるぞ、と。
ナギさんには、お礼を言っておかないとね。
それから、明日もだし巻き卵を入れてくれるようにお願いしよう。
卵と一緒にぐだぐだと喋りながら、あぜ道をのんべんだらりと歩く夕方。
ふと見上げた空に一番星を見つけて、少しだけ幸せな気持ちになったような気がした。
【chimi様より】
りきやん様と再びコラボさせて頂きました!
コラボが決まってから本当に随分と時間が経ってしまい、りきやん様には大変ご迷惑をお掛けしてしまいました・・・( ; ; )
卵ちゃんは本当に何度描いてもイメージ通りに描けなくて悩みましたが、なんとか無事(?)に完成して安心しました。
陰陽師の卵を護衛するくノ一という、素敵な設定の物語の挿絵をかけて、自分の成長にも繋がりましたし何よりとても楽しかったです!
また機会があればコラボさせて頂きたいなぁと思います!
この度は本当にありがとうございました♪
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chimi様、この度はコラボ本当にありがとうございました!
こちらこそ、いろいろとやることが遅くご迷惑をおかけして申し訳ないです…!
どのキャラも本当に素敵に描いてくださり感無量です…!
また機会があればぜひ、ご一緒に何かできると嬉しいです!
本当にありがとうございました!