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1-8 サシの勝負は得意じゃない

 エウクセルを中心に、炎が纏わりつくように渦を巻く。その美しささえ感じられる火炎は、やがて彼の水平に前へ突き出した右腕、そして最終的にはその指先へと収束していった。


「挨拶代わりだ、受け取れ」


 セリフと同時、真っ直ぐに伸びた人差し指の先から一気に撃ちだされる火焔の弾丸。超高速で回転しつつ撃ちだされたその弾はもはやライフルのそれと比べても遜色なかった。速度こそ実銃には敵わないが、肉眼で捕らえられる範囲は軽く凌駕していた。

 しかしながら、男はこれをいとも容易く、虫でも払うかのように片手で叩き落としてしまった。


「お」


 だが弾は炎で出来ているのだ。手で払ったところで、打ち落とせるわけではない。反対に、手で払ったその瞬間収束していた炎の回転エネルギーが一挙に放散し始め、あっという間に男の全身を覆うほどの大火へと化けたのである。


「やるねえ!!」


 そんな高度な魔法を前にしても、男は余裕の態度を崩さなかった。炎が大きな口を開け彼を飲み込もうとしたその寸前。男は思い切り腕を縦一文字に振り抜いたのである。

 すると、それを皮切りにとてつもない豪風が巻き起こり、一瞬でエウクセルの炎を吹き消してしまったのだ。


「中々いい技じゃないかおっさん。

 いいね、()りがいがあるよ」


 流石に威力は落ちたものの、男の起こした豪風はエウクセルの元まで吹きつけ、彼の髪を大きくたなびかせた。


「レベル3か・・・?」


「いやぁ、残念ながら2なんだよ。

 あともうちょいなんだけどな」


 軽口をたたいている内が恐らく吉なのだろう。倒すとすれば今なのだろうが、先程の一撃だけでエウクセルは早くも戦うことを放棄しかけていた。


(格が違う・・・!!

 こんな男、討伐隊でも相手にならんぞ・・・!!)


「でもおっさん、今の一撃だけで分かるぜ。

 あんたそこそこの使い手だろ」


 使い手、というのはどういう意味で言ったのだろうか。まだスキルを切り札として隠し持っていると思われているのなら、まさしくその通りである。


「折角だから俺の名前、教えてやるよ。

 知りたいだろ?」


「王国牢に入っていたくらいだ、私でも知っているとは思うがな」


「マジ?こんなクソ田舎にまで広まってんなら、まあ捕まったのも悪いことばっかってワケじゃねえんだな」


 そういって、男は全身に薄い空気の渦を纏った。


「俺の名はムローツ。




 “暴嵐のムローツ”っつえば分かるかな?」




 暴嵐のムローツ。風魔法の使い手で、つい数年前に王都でかなり話題になった人物である。国中で指名手配をかけられ、最終的には十人単位の魔法使いや戦士たちによって取り押さえられたとか。


「・・・なるほどな」


「んんん???

 なんか反応薄くね??」


「いや、こんなに若いとは思わなかったのでな」


 ここまでで一つ分かったことがある。このムローツという男は、かなりおしゃべり好きだ。エウクセルはそれを利用して、とにかく話を長引かせることで策を練り続けていた。


「ま、俺ぁ天才なんでね。

 どうよ、おっさんも素直に降参した方がいいんじゃねえの?

 下手に抵抗しちゃうと、殺しちゃうかもよ?俺手加減とかできねえし」


 纏った空気が、徐々にその流動スピードを上げていく。加速するにつれて、ムローツの髪も風に煽られて逆立ち始めた。


「・・・・・」


 しかし、そんな慢心しきったムローツに対してエウクセルは。




「断る」




 一言、そう言ってエウクセルは小さく指をパチンと鳴らした。すると、ムローツが身の回りに纏っていた空気の渦が、突如油でも流したかのように炎上し始めたのである。


「うおお!?」


 驚き反射的にムローツは纏っていた空気ごと炎を散らした。しかし、それはブラフだったとその直後に気が付いた。

 エウクセルの本命は、炎の渦に気を取られた隙に放った、第二の火炎弾であった。先程よりもより高出力の火炎を、先程よりもさらに圧縮して回転をかけ発射されたそれは、ムローツの肩に当たるなり大爆発を起こし、あっという間にムローツを火だるまにしてしまった。


「うおおおお!!」


 流石に効いているのか、雄叫びをあげるムローツ。そんな彼に、エウクセルはなおも一切の容赦なく火焔球を撃ち続けた。

 爆発を爆発が覆い、更なる炎が幾重にも重なってムローツを焼き尽くす。エウクセルは、対人で魔法を使ったのは二十年ぶりくらいだったが、想像に反して人へ向けて魔法を本気で撃ちだすことに躊躇いが無いことに驚いていた。


「はぁ・・・、はぁっ・・・!!」


 魔力切れを起こしてしまったらしい。それでなくとも、ムローツをここまで追うだけで体力を消費していたのだ。老体に鞭打って戦ったのでは、当然と言えば当然の結果である。

 しかしそんな彼の尽力もあざ笑うかのように、高く立ち昇っていた火柱は突如その勢いを増していき、やがて炎の竜巻となった後、その遠心力ゆえに拡散し霧散してしまった。




 そしてその中心には、少しだけ服の裾を焦がした無傷の男が、余裕の表情で立っていた。




「・・・やるじゃん。今のはちょっとだけ焦ったぜおっさん」


 あれほどの豪炎をも意に介さないというのか。


「知ってるか?火ってのは、空気を燃料にするんだよ。

 だから、アンタが出した炎と俺との間に空気の層と真空の層を重ね合わせたんだ。そうすりゃ、俺の元までは火が届かないからな」


 どうやら、彼は戦闘経験が歳不相応に多いらしい。それを再認したところで、エウクセルもまた心のどこかでまだブレーキをかけていたことに気が付いた。


「・・・強いな」


「当然!

 だって俺、“零弦”の一員だし!」


 知らないワードに、眉をひそめるエウクセル。


「むしろ、おっさんこそ健闘した方だぜ!この俺に、少しでもヤバいって焦らせたんだからな」


 そう言って、ムローツは再度身の回りに風を集め始めた。それも先程とは異なり、彼の周りの土や木の葉を巻き込んだ、小規模な竜巻のような強力なものだった。


「しかしまあ、哀しいかな。

 これで終わりなんだよな」


 ウソ泣きをする仕草に、エウクセルは溜め息をついた。ムローツはただ単純に、己の邪魔立てをする者を排除するだけなのだ。それは、蚊を鬱陶しく思う人間がパンと何の感慨も無く叩き潰すのと全く同義であった。


「おっさん、誤解の無いように改めて言っておくけどよ。

 俺ぁ別にアンタらを殺そうとは思ってないのよ。

 目的は騎士共への報復であって、アンタらはその餌としてちょっと監禁させてもらうだけなのよ」


 最初からトラッツの村を中心としたこの一帯は、王国の牢獄を抜け出したような彼の眼中には無いのだ。しかし、実際に仲間が襲われた。直接見てはいないが、第三班が消息を絶ったのも恐らくこの男のせいなのだろう。

 であれば、戦う理由はそれだけでよかった。エウクセルもまた、仲間を虐げられて黙ってなどいられなかったのだ。


「知らん。そんなことはどうだっていい。

 貴様は我々を襲った。そんな奴を野放しにしておけるか」


「・・・はぁ。それだけの力を市井の人間ながらに持ってんのは貴重なんだがなァ。

 ま、どのみち俺には遠く及ばないし?

 それを望むってんなら別に止めやしねーよ」


 ムローツの纏う風の力が次第に高まっていく。更には先程エウクセルの炎が焼いた灰もまたその渦に巻き込まれ、段々とムローツの姿は見えにくくなっていった。


「じゃあな、おっさん。

 運がよけりゃ、半身不随で済むかもな」


 そう呟くように告げ、ムローツは何の慈悲の欠片も無くその竜巻を水平に撃ち出した。凄まじく強烈な烈風の渦が、エウクセル目掛けて迫ってくる。それを、彼は何をすることもなくただ眺めていた。


「・・・私はサシの勝負が昔から苦手なんだよ」


 そう言った直後。地面を軽く抉りつつ迫りくるその烈風が、彼の目の前で突如爆ぜ散った。


「・・・!?」


 想定外の事態に目を見開くムローツ。対し、エウクセルはにやりと口角を上げて呟いた。




「遅かったな、隊長さん」




 絶体絶命の窮地に颯爽と現れたのは、採取隊隊長のナイアトパックだった。


暴嵐のムローツ

 数年前に王都近隣で大量殺人を犯した殺戮犯。ただ殺人自体には興味が無くただの戦闘狂なのだが、冒険者たちを狙ってはいたぶり、嬲って殺して回っていた。それが積み重なり、騎士たちによって王国牢へと捕らえられてしまった。

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