1-7 バッドエンカウンター
私は元々そこそこの田舎育ちだから、山登りには慣れていた。とはいえ、地元の山でもないしそもそも異世界の山を初見で、それも慣れた人間と同じペースで下りられるはずがない。体力も少ない方ではないのだが、あっという間に息を切らし、ところどころ躓いてはレリキーダルに支えられを繰り返していた。
「何をしてるんだ!
早く走れ!」
いやいやナイチガムさん。貴女は見知らぬ土地をこんな全速力で駆け下りることができるんですかい。ごくごく平凡な女子大生の私には無理だよ少なくとも。
「無茶言ってやるなよナイチガム!
彼女はそもそも安全を前提に同行していたんだ!
保護対象ではあっても、足を引っ張る存在ではないんだぜ!」
なるほど、チャラ男に堕ちる女の気持ちが少しだけ分かった気がする。このギャップ萌えは中々に強いな。
・・・いや、そんなことを呑気に考えている場合ではない。
「――――」
「・・・はっ、かしこまりました」
そうこう言っている内に、気がつくと隊長の姿が無くなっていた。
「レータッグさん、隊長は!?」
「隊長は今しがた別行動に移った!
他班の支援に向かっただけだから心配せずともよい!」
他班の支援って、私の護衛はこの三人で十分ってこと?自慢じゃないが、もし何かあっても私にできるのは焚火を作ることくらいだぞ。
「とにかく、今は村に向かうことだけを考えろ!」
レータッグの檄に、思わず私は肩を震わせたが全く意に介していないのか、他三人はすぐに再び走り出してしまった。
「イールット・・・!?」
第三班班長イールットは、木に逆さ吊りにされてしまっていた。まだ意識はあるようだが、手か脚かを折っているらしい、自力での脱出はできそうにもなかった。
「何があった、イールット!」
「ああ、エウクセル!
ダメだ、こっちに来ては!」
声をかけるも、イールットはこの一点張りであった。しかしこの状況、とても自然になったとは思えない。何者かの仕業と見てまず間違いなさそうだった。
「誰がそんな目に遭わせた!?」
「私の口からは何も・・・!!
言ってしまっては、きっと殺されてしまう・・・!!」
「・・・班長、近くに誰かが潜んでいます」
そんな折、ダエルが索敵スキルで何者かを検知したらしい。小声で、第一班のメンバーにしか聴こえないよう伝えた。
「ダエルはここに居てくれ。
ドロウグと私で、近くにいるという何者かを捕らえる。
・・・トセヴラーは合図と同時にイールットを助けてやってくれ」
彼の言葉に、全員静かに頷いた。索敵スキルによると、相手は彼らの右斜め後ろの茂みに隠れているという。
「今だ!!」
エウクセルの合図と同時、四人は一斉に行動を開始した。ダエルの補足した相手の元へと、エウクセルとドロウグが同時に飛び掛かる。そして一方で、トセヴラーはイールット救出に乗り出た。
しかし直後。エウクセルとドロウグが捕まえたのは老いぼれた小柄な老人で、トセヴラーはイールットのすぐ近くに仕掛けられていたもう一つの罠に引っ掛かり、同様に逆さ吊りに捕らえられてしまった。
「――――ッ!!」
そして更にその一瞬の後。戸惑うダエルに何者かが死角から襲いかかるのをエウクセルは見逃さなかった。ダエル目掛け、レベル2に相応しい威力の火焔球を一気に撃ちだしたのである。
「うわわわ!!」
その甲斐あってか、寸前でダエルは火焔球を避けるためにしゃがみ込み、同時に彼を襲おうとした謎の人影はそのまま勢いよく通り抜けていってしまった。
「ダエル、ドロウグ!
二人を頼む!!」
そう言い残し、エウクセルはその人影を追って茂みの中へと消えて行ってしまった。
「班長!!」
「なんてこった、あの野郎、連絡石を持っていきやがった・・・!!」
連絡石は第一班の分もまとめてトセヴラーに持たせていたのだが、彼女が罠にかかった時にどちらかを落としてしまったのだ。それを、どうやら奪われてしまったらしい。
「追うか!?」
「ダメだ、班長の言う通りに動け!!」
焦燥に駆られるドロウグを、ダエルは必至で抑えた。今彼らが為すべきことは班長を追うことではなく、トセヴラーとイールット、そして他の第三班の救出である。その目的を見失ってはいけないと、彼だけは冷静であったのだ。
「・・・くそっ」
悪態をつきながらも、ドロウグもまたその判断には同意していたためか、それ以上勝手な行動を取ろうとはしなかった。
「・・・何者だ、貴様」
エウクセルは、歳相応の戦闘経験がある。だからこそ魔法レベルも2で、身体能力もそれなりに高いのだ。しかし、そんな彼が息を切らしてようやく追いついたというのに、追っていた人物は汗ひとつかかず、更には息も全くもって平常通りだった。
「いやぁ、まさか追いつかれるとはなァ。
すばらすばら」
完全にナメ腐った態度で拍手を送る男に、エウクセルは静かに汗を拭った。
「何が目的だ」
「安心しなよ、別にアンタらを獲って食おうってんじゃないからさ。
ただ、ちょっとした報復をしたくてね」
「我々は誰かに恨みを買うような真似をした覚えはないが」
すると、男はケタケタと笑い声をあげながら人差し指を左右に振った。
「そりゃそうだ!アンタらは何もしてないんだからな!
俺たちが用があんのは、王国騎士どもだよ」
ぞわっと、男の纏うオーラが変わったのを肌で感じた。つい先程まではただの厄介なイタズラ男に過ぎないとしか思っていなかったのだが、今この瞬間を以て男は凄腕の殺し屋のような殺気を放ち始めたのである。
「あの野郎ども、俺たちを捕まえやがってよ。おかげで大好きなジャンクフードも食えない日々を過ごす羽目になっちまった。
だから、一度目にもの見せてやんだヨ」
「捕まえた・・・?
まさか、脱獄犯なのか?」
エウクセルは、早くも追ってきたのを後悔し始めていた。セイラーズ王国の牢獄というのは、入ったらまず出られないと称されるほど屈指のセキュリティを誇るのだ。そのため、王国牢に入るのは史上稀に見る凶悪犯だけだと云う。
「おっさん、勘がいいねえ!
なら、これから何をすればいいのかも分かるよね・・・?」
放っていた殺気が、更に勢いを増してエウクセルの肌を刺した。正直動くことすら叶いそうにもない。しかしそれでも、エウクセルは腰に手を当て、溜め息をひとつついた。
「・・・若造が。
人様の庭での勝手は許さんぞ」
犯罪者の牢は数種類あり、その中でも王国牢は最高のセキュリティを誇ります。
そのため、王国牢に入った者は決して出られないとされており、
その分犯罪者の中でも選りすぐりの者のみが王国牢に囚われます。