1-2 転生しちゃった?
「ああ、ありがとうね。
じゃあ、鍋に水を入れて火をかけてくれるかい?」
言われるがまま、土間の棚から鍋を取り出し、水を汲む。水道ではなく、裏庭に井戸がありそこから汲まねばならないのだから、これがまた一苦労である。
「あれ?」
しかし、ここで私は違和感を覚えた。土間の、恐らく鍋を置くであろうかまどらしき設備。しかしそこには、薪などの燃料はあるが肝心の火を点ける道具が無いのである。これはもしや、摩擦で火を起こさねばならないということだろうか。
「あの・・・、マッチとかってどこにありますか?」
望むべくはチャッカマンだったが、マッチでも構わない。とにかく、摩擦で火を点けるなどやったこともないし、ただでさえお腹が空いて力が出ないのだ。水を汲んでくるだけでも骨が折れたのに、田舎育ちとはいえ文明に囲まれて生きてきた身としてはこれ以上の労働は無理というものである。
「まっち・・・?
何言ってんだい?」
ああ、マッチすらも無いのか。なんて田舎なんだここは。
「火を点ける道具です。流石に木々を擦りつけて起こすのは、私やったことなくて・・・」
「・・・??
火なら、魔法を使えばいいじゃないかい」
「――――???」
んん?今、何と言った?
「まほう・・・?」
「え? 使えないのかい?
困ったねそりゃぁ・・・」
プレーが何を言っているのか分からない。いかにも、魔法など使えて当然だろうと言わんばかりの言い草である。
「いえ、あの・・・。
魔法、使えるんですか・・・?」
「そりゃ使えるさね。
魔法も使えなきゃぁ、凡人は生きていけない世の中だろう?」
いかにも、ではなくその通りだったらしい。しかし魔法を使えて当然とは、言われただけでは信じ難いというものである。
「・・・どうやって、火を?」
「なんだい、全く世話のかかる子だねぇ」
確かに保護してもらい、手伝うと自分から言い出しながら仕事もできないのは申し訳なく思っている。しかし、魔法で火を点けろなどと言われてできる人間などいるわけがない。
そう思っていたのだが、プレーは目の前でいとも簡単に指先に火を灯し、薪に点火してしまったのである。
「え・・・?
――――えぇ!?」
マジックだとしても、あまりに巧すぎる。タネも仕掛けも見破れなかった。しかし驚く私に彼女は呆れたように笑った。
「いまどきレベル1の魔法でそんなに驚く人間なんていないよ。
全く大げさだねぇ」
気になる発言は沢山あったが、私はここであることに気が付いた。
目が覚めると見知らぬ土地に一人。ヨーロッパ風の文化。電気も無いような未発達な文明。何故か通じる言語。反対に全く通じない自分の常識。そして、なによりも魔法の存在。
これらに共通するひとつの答えが、私の頭の中に浮かんできたのだ。
「私・・・、異世界転生した――――??」
何故かは分からない。しかし、一度そう思い当たるとそれしか考えられなくなってしまった。否、それ以外にはあり得ない。
異世界転生ものの小説やアニメは割と見てきたと自負していた。その中では転生にも、いくつかパターンがあると云われる。転生先にオリジナルの存在として生まれるか、元々転生先に存在していた人間に憑依するか。他にも色々あるのだが、周りに私を知っている人間がいないということは、恐らく私は前者のパターンなのだろう。
そして、転生先の世界。よくあるのは前世で親しんでいたゲームやら小説やらの中に入るというもの。しかし、トラッツだとかセイラーズだとか、今のところ聞いた固有名詞はおよそ聞き覚えの無いものばかりだった。ということは、恐らく全く知らない何らかの異世界に飛ばされてしまったのだろう。
しかし、異世界転生の最大の問題があった。これはほとんどの転生ものに共通するポイントなのだが、転生前の自分は大抵死ぬのである。転生なのだから、当然普通は死んでから異世界に生まれ変わるのだ。
そもそも、私は死んだ覚えなど一切無かった。朝に家を出て、通っている大学に向かったのまでは確かに憶えていて、その後なんの授業を受けたかなどは思い出せないが、少なくとも死んだ記憶は無いのである。
「大丈夫かい?」
そこまで考えたところで、ふとプレーの心配する声に我に返った。
「あっ・・・、ごめんなさい」
「記憶でも戻ったのかい?」
「いえ・・・、多分もう戻らないかと・・・」
転生したとあれば、もう元の世界に戻るのは絶望的だろう。死なずに異世界に転生し、更に元の世界に戻るパターンの物語を私は知らなかったため、既に半ば諦め始めていた。
しかし、せっかく転生したのだ。もしかしたら、私にも何らかのチート能力などが備わっているのかもしれない。そちらを期待して、前向きに考える他ないだろう。
「あの・・・、魔法について片手間で構いませんので教えていただけませんか?」
「魔法について?
いいけど、本当に何も知らないのかい?」
「恥ずかしながら・・・。
その、私にも使えるものなのでしょうか?」
「そりゃ、魔法を使えない人間はむしろ稀少だからねぇ。
しかし魔法も使えないでどうやって生きてきたんだい」
魔法を常識的に捉えているプレーからすれば、私のことを怪訝に思うのも無理もないだろう。しかし、知らないものは知らないし、知らないのなら今から知ればいいのだ。
私は魔法という全く未知なる神秘に胸を躍らせながら、プレーの解説を聴くことにした。