第9ポヨポヨ 渇望。そして旅
やぁ! 九話だよ。少し雰囲気変わるかな。
この恨み……晴らさでおくべきか。
と、意気込んだ所で僕はただの子供で無力な欠陥品。復讐するにも力も金も何もない。だから放置されたんだろう。どのみち何も出来ない、とね。
……何処かに世界を滅ぼせる魔剣とか刺さってないかな。都合よくスキルが使えたりレベルが何の苦労もなく、ぐんぐん上がったりしないものか。
……現実逃避は良くないな。
そして僕には時間がない。スケのペットになるとしてもリミットは一日。それまでに力を手に入れる必要がある。でなければ僕は一生都合のいい人形で終わる。利用されていつか死ぬだけのつまらないオモチャに成り果てる。
たとえこの身がポンコツであろうが僕は僕だ。この心は決して渡さない。この意思は決して折らず、貫いてみせる。それで死んでも構わない。他人に利用されるくらいなら全てを巻き込んで破滅させてやろう。
……うん、問題は手段だよなぁ。中二モードはやっぱり役に立たないな。現実と解離しすぎだ。さてはて現実的には……やはり難しいな。相手は父親であり、その裏にいる政府であり日本。そしてスライム含む異種族全て、か?
……詰んでる。マジ詰んでる。むしろ何故挑むというレベルだ。
父親は間違いなく敵だ。これは決定。そして父親の組織、日本異種族対応局も敵だ。どれだけデカイ組織なのか不明だが間違いなくクズの集まりだ。
そして一番の難敵が異種族……ファンタジーさんだ。
ぶっちゃけスライム以外に付き合いがない。だから情報がほぼない。そしてスライムですら謎だらけだ。あの作戦に異種族製の道具が使われていた時点で奴らの関与は間違いない。
……くそっ、せめて奴らの弱点が分かれば突破口が開けそうなのに。
噂では高い酒に弱いとかキャビアに弱いとか聞くが多分それは違う意味だ。
考えろ、考えるんだ。奴らにも必ず弱点といえる物があるはずだ。特に一緒に暮らしていた僕は、ずっと見ていたんだ。思い出せ。何か手掛かりになるようなものを。
………………………………くぴー。
……はっ! い、いかん。寝てた。しかも手掛かりなんて全く浮かばないし。
……僕はこのまま一生利用されて無惨に死ぬだけなのか……くそっ、何処かに専門家とか専門機関は無いのか。これだけファンタジーさんが世界に溢れてるのに専門的な部署とか……あ、日本異種族対応局……。
そう来るかぁぁぁ! そう来るのかぁぁ!
「……なぁ、コウ。本当に大丈夫か?」
「モウマンタイ」
「……ちょっと殴っても良いかしら?」
「モウマンタイ」
「……ちょっと殴って保健室に連れてくわ」
「んだな。これは駄目だろ」
「モウマンダブッ!」
……あれ? なんか意識が飛んでくー。なんでー? はぅぅ。
暗黒の深淵に召喚されし我が意識が泡沫の水面に波紋を浮かべんとするその時、つまり目が覚めて意識が戻ったってことなんだけど。
僕の疼く右目の邪眼が開くとそこには……。
「くくく、ようやく目覚めたかね」
「……くぴー」
「これ、田中君や。寝た振りは止めなさい。先生泣きたくなるから」
いや、だってなんでテカテカな校長が寝起きにドッキリ……ここ保健室か? なんで僕はこんなところに……しかもまだ中二モードを引きずってたし。
「ああ、無理して起きなくていい。あまりにも顔色が悪すぎる。ここはひとまず先生のポージングで元気に……」
「なりません。あとなんで僕はここに?」
ドッキリでも酷すぎる。まぁ一緒のベッドで寝てない分まだましか。どうやら僕は保健室のベッドで寝ていたようだ。何となく頭が痛いような気もするような?
「友達が心配して連れてきてくれた、ではないのかね? 因みに私がここにいる理由は看護教諭が休み時間だからだ! ぬぅん!」
……そうなんだ。でも校長って登下校以外でもトランクス一丁なんだね。始めて知ったよ。
「……しかし随分と顔色が悪い。無理せずに家で寝ているのも青春だぞ?」
「……家、ですか」
あそこはもう家じゃない。檻で牢獄だ。
「ふむ? 何かあったようだな。それも青春……しかし家庭の事情に踏み込むのは……話してみたまえ、まるっとな」
……この人なんか変。何で流れるようにポージングしながら言葉を紡ぐんだろう。
「……話せませんよ。過激派の囮として、父親にずっと利用されてきた事なんて」
言えるわけがない。
…………あれ?
「………………思ったりよりも遥かにヘビーだな、田中君や」
あ、校長のポージングが止まってる。しかも汗がすげぇ!
「……えと、その。まぁそんな感じで気付いてしまったんです。自分がとても都合の良い物であることに。なので手軽に力を手に入れる方法とか知りませんか? 復讐よりも自立したいんです」
とりあえずあいつらから離れたい。そして自分の人生を生きるんだ。
「ぬぅ。本格的にヘビーだな。しかし……それは間違いないのか?」
むぅ、確かに自分だけで思考したから穴がありそうだ。少し落ち着いた今なら冷静に見れるかもしれない。今なら第三者の目もあるし。という訳でレッツゴウ!
「状況から判断すると間違いないかと。僕は過激派に何度も襲われてその都度ナイスなタイミングで助けられています。そんなことは常時見張っていなくては不可能でしょう。そして僕はとても狙いやすい存在です。過激派にとってはまさしく的ですよね」
この辺はおかしくないな。結果からの推察と条件からの推察だ。
「ぬ、ぬぅ」
校長も唸ってるし。でもポーズをとる必要……あるのかな?
「まず人間の父がスライムと結婚すること自体おかしかったんです。そしてスライムの姉が出来るなんて更に都合が良すぎます。どう見てもプロパガンダ……人間と異種族との友好を示す為の茶番です」
これもおかしくあるまい。むしろスライムと結婚したあいつがおかしい。条件というか前提条件だな。これは。
「しかし君と姉さんは本当に仲良しではなかったかね」
仲良しか。だがこれは最初から違和感があった。
「……最初から好感度が馬鹿高いなんてあり得ますか? あれは最初に会ったときからずっとあれです。そしてあのスライムは肝心な時に居ません。居ないときに僕は大概襲われていました。それが意味するのは……僕にはそうとしか思えない」
一緒にいるときにも襲われた事はあるがその数は二回のみ。襲撃の総数は二十を越えている。つまりこの主張も妄想ではあるまい。まぁ、一緒に居なかった原因は大半がケンカだけど。
「し、しかしだな」
「今回の殲滅作戦で過激派がどれだけ減ったのか分かりません。ですが反対する人間が一人でもいる限り過激派は無くなりません。そして僕はそんな奴らに命を狙われるんです。異種族と暮らし、異種族の家族である……ただそれだけの理由で」
僕が襲われる理由はそれが全てだ。そしてそれはスライムと結婚したことから端を発している。と僕には思えるんだけど。だからずっと囮は続く。多分僕が死ぬまでだ。
「……」
「……完全な妄想でもありません。父は……認めましたから」
あの時に顔を背けた父が全てを語っていた。あれは僕を囮にしたんだ。分かってて黙ってた。何も言わずに。
「なので力をください。一人でも生きていける力を」
僕が欲しいのはそれだけだ。
「……筋トレするかね?」
欲しいのはそれじゃないなー。そんな胸筋をピクピクさせないで欲しい。
「もっと即物的な力が欲しいです」
権力とか伝説の剣とか……ないかなー?
「……ぬぅ。警察に連絡するにしても……」
校長もやはりそこに至るか。しかしそれは悪手だ。
「ええ、父のバックは政府そのものです。国家を転覆出来るような力ってなんですかね」
……あ、一つ心当たりがあった! あれなら対抗出来る!
「……ちょっと待とうか。先生も本気で考えるから早まらないように……色々な所に連絡してなんとかするから絶対に早まらないように。いいね?」
急に校長は真面目な大人になった。見た目とギャップがありすぎてどうしよう。笑いを堪えるのでお腹痛い。
「……はい」
僕は必死だ。返事を返すので精一杯だ。
「ここの内線は使えんな。田中君はここで休んでいたまえ。なに、子供を守るのは大人の役目だ。すぐに人を寄越すから絶対に早まるんじゃないぞ?」
……その大人に利用されていたんだけどな。僕はずっと。
「いいかー! ちゃんとやすんでるんだぞー!」
校長は叫びながら保健室から走り去っていった。校長は……だから人気なんだね。熱くて優しい……でもさ。
「それはそれとして保険は大切だから。さて……行くか」
目的地は……青木ヶ原樹海。今や観光地となったここだ!
青木ヶ原樹海。
それは富士山の裾野に広がる広大な樹海。富士山から流れ出た溶岩の上に出来た深い森で足場は最悪、所々に穴が開いてたりする危ない樹海だ。ハイキングコースもちゃんとあるけど道を外れると危険度マックスのドキドキハラハラコースになるという……何故か自殺のメッカだった場所だ。
まぁそれは昔の話で今は別の意味で危ない場所になっている。でもそれを売りにして観光地となっていたりもする。商魂逞しいというかなんというか。
河口湖駅から直通の無料シャトルバスが出てるので交通の便は悪くない。まぁ河口湖駅に向かうまでか中々大変だった。何せ制服ですからな。街中や駅で警官に捕まること実に八回。全員顎に掌底を叩き込んで眠らせた。今の警察官は拳銃を所持してないのでそのまま放置して僕は電車を乗り継いでいった。
……ちょっとみんな弱すぎだと思う。大丈夫か、警察。
不謹慎だが、まるで別の世界を冒険してるみたいで僕は胸が高鳴っていた。こんな風に旅をしたことなんてなかったから。どうしても記憶障害が気になって遠出はしなかったからだ。だから色々な風景が僕の心に染みるようだった。
駅の売店とかね! なにあのおばちゃんの計算と、お釣り出しのスキル! すごい!
そんな訳で河口湖駅に着いた。駅には人が沢山いた。いや、これは間違いだ。人の姿をした異種族が沢山居たのだ。
駅はかなり大きな建物だった。駅というか……ホールと言ってもいいかもしれない。カマボコ型の巨大空間にお店が立ち並び、お土産屋さんが軒を連ねる。そしてお店の壁には目的地である場所のポスターが沢山張られていた。
……めっちゃ観光地だけど大丈夫かなぁ。勢いだけでここまで来ちゃったし。まぁここまで来たら最後まで行くまでさ、という訳でバスの時間まであちこち見て回ることにした。
ここすごーい! ひろーい! お店がたくさーん! お金無いけどなー!
まぁ少しはしゃいでしまったが、どのお店もお客さんは異種族のファンタジーさん達だった。
うん。みんな女性でキャピキャピしてた。多分観光だと思う。みんなすごいはしゃいでいて、添乗員と思われる人に怒られている人もいた。いや、お土産屋さんの中で木刀を振り回したら、そりゃ怒られるって。
でも何で『溶岩湖』って木刀に書いてあるんだろう。僕、子供だから良くわかんないや。
お店は若いファンタジーさんでガヤガヤ。何故かみんな女性で若い。おばちゃんとかおばあちゃんは店員さんだけだ。おじさんは……ああ、居るには居るけど肩身が狭そうだ。というか試食のお盆を強奪されて床でうちひしがれてる。すげぇなファンタジーさん。
みんな若い女性ってのもすごいけど、服装は意外と普通だった。尻尾とか羽根とか角とか丸出しで……でも騒ぎになってないので、ここでは異種族と上手く付き合えているのかもと、不思議な気持ちになった。
……スカートから覗くフワフワの尻尾が僕を誘ったが我慢したよ。
でも一応この人達……僕の敵なんだよな。とりあえず……売店の中を走り回る超うるさいウサミミ少女の耳をガシッと掴んでみるか? 宣戦布告的に。
いや、ここで問題を起こすのはあまりにも軽率。僕はまだ目的地にも着いていないのだからな。ふふふ、なんだか僕のチュウニウムがウズウズするね。
「オスー! 君は何者だー!」
「うわぁぁ! すいませんこの娘アホの娘なんです! ごめんなさい! お前はこっちゃ来い!」
チュウニウムに浸っていたら目の前にウサミミ少女が来ていたらしい。ウサミミ少女は虎耳のお姉さんに羽交い締めにされて消えていった。なんか……ファンタジーさんも大変なんだな。
しみじみしながら僕はシャトルバス乗り場へと向かった。饅頭の試食でお腹は一杯だ。げふー。これで準備万端……けぷっ。
あまり重い物語は好かれない。だから……という訳ではなく、始めからこんなノリです。むしろシリアスこそが異常なのですよ。この物語では。