第7ポヨポヨ 帰宅と和解と亀裂
やぁ! これからが山だよ!
僕は車で病院に運ばれた。おじさんと結界の中に居た時間はそんなでもなかったはずだけど、病院で時計を見たらすごい時間が経過してた。あの結界は時間の進め方も変えてたようで病院の検査も念入りなものだった。
……まさか尿検査もするとは思わなかったよ。CTも撮ったし。時間旅行は何かと大変なんだと知った。結局その日は病院で一夜を過ごすことになった。検査入院だね。
でもここまでとは正直思ってなかった。家には連絡がいってるとは思うけど……面会謝絶だから個室のベッドに一人きりだ。
……みんな心配してるかな。あんな事があった日にこんな事になるなんて想像も出来ないよね。
ここは静か過ぎて……くぴー。
気付いたら朝だった。すごくよく寝た。自分でもびっくりした。そして僕はようやく病院から退院することになった。
この日の夕方にね。
……検査があまりにも多くて泣きたくなった。お尻にも……いや、何でもない。
まるで脱け殻みたいになった僕は迎えに来てくれた父を見るなり逃げ出したらしい。その時の事は記憶にない。きっとあまりにもショックな事があったんだろう。
父さんは頑張って僕を捕まえたらしい。僕も気付いたら簀巻きにされてて本気で驚いたからね。そんな訳で僕は家に居る。
ケンカ別れしていた家族の居る家にね。
「……いや、父さん? 簀巻きの解除はしてくれないの?」
何故か僕は目が覚めたらテーブルの上に転がってたんですけど。
「いつまでもケンカしてる気か?」
……あれ? 父さんが……怒ってる? 見た目はいつもと同じマッチョだけど纏う空気がチリチリのヒリヒリだった。
「いや、襲われたのも入院も不可抗力では?」
僕は被害者だよね? 明らかに僕のせいではないよね。
「そんなことは分かってる」
……怒ってるな。すごく怒ってる。何でだ。
「母さんも姉さんもコウの事をずっと心配していた」
何となく分かった。怒っている理由が。
「今回の襲撃は……想定外だった。本当に何が起きてもおかしくは無かった。その意味は……分かるな?」
「……はい」
あのおじさんがまともな人だったから僕は無事にこうして家に帰って来ることが出来た。もし悪意に満ちた相手だったら……僕は間違いなく殺されていただろう。人間に爆弾を仕込むような組織だ。まともな人間がそんなに居るわけがない。
こうして五体満足で生きてるのは奇跡と言えるだろう。
……今は簀巻きだけどさ。
「それで……母さんたちはどこに?」
姿が見えないし、気配も感じない。テーブルの上からリビングを見渡しても……居ない。家はとても静かだった。
「……」
「父さん?」
父さんは押し黙ったままだ。
「……母さん達は……お仕置き中だ」
呟くように父の口から出された言葉。
「……は?」
それはつまり……。
「父さん?」
どういう事かさっぱりなんですが? 何でお仕置き? そして何処に行ったのよ。
「いや、母さん達が望んだ事で父さんは無実だ」
スゲー言い訳に聞こえるがそれはとりあえず置いておく。
「……で、何処に?」
何処にお仕置きを受けに行ったのか……それはとても重要な気がする。
「……明日には帰ってくる……そうだ」
……濁したな。
「……何処から?」
「……まぁ今日は父さんと二人きりという事だな、ははは」
……余程知られたくないのか。これで知らない、なんて事は無いだろう。つまり父さんはスライム王国を知っている、という事か。ファンタジーのやって来た所……確かに国家機密になりそうだ。あまり突っ込まない方が良いのかなぁ。
「で、この簀巻きの意味は?」
「いや、特に意味は無いな」
……この親父はアホなのか?
「あ、特殊部隊の人達から伝言だ」
「すごく誤魔化された気もするけどなんて?」
一応聞くだけ聞いてやる。そしてこの親父はどうしてやろうか。
「……全て終わったそうだ」
「……そっか」
あの人はもう……。
「あと魔法少女オッサンは威力が高すぎて隊員が何人も脱落したそうだ」
「……見なくて良かったー」
好奇心に身を任せなくて本当に良かった。ファンタジーさんはえげつないねぇ。特殊部隊を壊滅させるなんて。
「いや、何してたんだお前は」
呆れと責めのハイブリットな父さんだ。そんなん僕が知るかい。
「……ただの被害者だよ?」
そんな責められるような事は何一つしてない。本当にしてない。というかマジで何もしてないぞ? あれ? 本当に……何もしてないや。
「相手は過激派の工作員だぞ?」
「……確かにそうだけど家族も娘もいる、ごく普通の……魔法少女だったんだよ。悪人面のおじさんだったけど」
魔法少女のまま裁かれちゃったのかなぁ。そこは気になるなぁ。打ち首なら頭だけ……衣装は……首から下は大変な事になってるか。
「……はぁ」
「何で父さんがそんなに疲れてるの?」
すごいお疲れだ。疲労が目に見えるくらいにお疲れだ。確かに心配を掛けたとは思ってる。僕もそれくらい分かってる。でも父さんのお疲れモードは少し違うような気がする。
これは……心配よりも……ただの疲労っぽい?
「あ、いや。何かと父さんも心労でな、ははは」
すごく胡散臭い父さんの笑い声だった。自分で心労って言うかなぁ。
「ふーん? まぁ早くこれを解いて欲しいんだけど?」
縄でグルグル巻きってなかなか出来ない体験だろうけど、拘束の必要が皆無だよね。
「……いや母さん達が帰ってくるまで放置しとこうかと。ほれ、生け贄的な感じでな」
「……トイレー漏れるー」
「ちっ! 先にオムツを履かせておくべきだったか!」
「でーるー」
「待て! すぐに解くから! マジで止めろぉぉぉ!」
このあとの事は内緒。人の尊厳に関わるからね。
「……お姉ちゃんが悪かったです。どうかお許しのほどを」
「……誰これ」
「いや、コウのお姉ちゃんだろう?」
あれから一夜を明かし、今は早朝。ここはリビングでテーブルの上には紅と緑が並んでる。朝起きてリビングに下りてきたら二人がテーブルの上に居たのだ。
……何故かテーブルの上にね。紅と碧が並んでる。本当に何で?
父さんもリビングで一緒に居るんだけど……僕の姉はこんなに素直に謝れる存在だったろうか。反省という概念を持たない存在だとずっと思っていたのに。
「ごめんなさいコウちゃん。お母さんもやり過ぎていたわ」
っ!? これも誰!? 母さんは絶対に折れない超合金スライムなんだよ!? 何があったの!? この二人に!
「……コウ」
「……はっ! 父さん! この二人は偽物だよ!」
父さんの声で頭に閃いた。だってそうとしか思えないよ! このスライムは偽物……フェイクスライムだ! つまり……プリン?
「んな訳あるかー!」
こうして僕は朝から父さんにしばかれる事になった。
「ふぇーん!」
「コウちゃんが無事で本当に良かった……」
「……うん、それは……良いんだけど」
ただいま絶賛スライムタイムになっている。姉さんと母さんに押し倒され、潰され続けてるって事なんだけど。ボディの上に二人がドン。
……捕食されてる絵にしか見えないだろうなぁ。
「朝食は父さんに任せとけ!」
と、父さんはノリノリで料理してるし。
……僕も謝るべきなのかなぁ。でも悪いこと……してないよね? セロリは母さんの仕業だし。エロ本は……一応健全だもんなぁ。ここをなあなあで行くのも今後の事を考えると良くないし。
……むぅ。
「これからはお姉ちゃん、もっとコウちゃんの為に尽くすから! ふぇーん!」
紅いスライムは僕の右半身の上でポインポインと弾んでいる。
「待て。なんか反省してる風に聞こえるけど絶対に違うよね!」
泣き声がすごく嘘くせぇ。それにそれは反省ですらない。
「コウちゃんの体の事を考えて……お母さんも頑張るからね」
マスカットなスライムは僕の左半身でプヨンプヨンしてる。
「待って! それは如何様にも取れる大人の言葉だよ!?」
セロリ使わないって宣言してよ! 絶対にまたやる発言だよ!
「……じゅるり」
「あらあら、ダメよ? こんなとこで……」
「うぉぉぉい! この紅スラ! 何するつもりだぁぁ!」
……やはり二人は二人だった。パジャマが姉汁でネトネトになった。父さんが声を掛けてくれなければ本当に危ない所だったと思う。
……この二人……絶対に反省してないよね。断言するよ。
そして僕は学校に行く。だって学生だし。昨日、一昨日と休んでしまったけど、体は何ともない。父さんはまだ休んでいても良いと言ってくれたけど……。
スケに新たなエロ本を貰うというミッションがあるからね!
……なんだろう、エロ本とワンセットでスケの名前が出てくるようになったのは。まぁ……いいか。
そんなこんなで僕はいつものように着替えて玄関に……。
「よぉ、コウ。元気そうだな」
まだ学校じゃないのに金髪チャラ男が居た。何故かうちの玄関に居るんだけど。人差し指と中指を揃えてピッて敬礼みたいにされたけど……チャラいなぁ
「また面倒な事に巻き込まれたみたいね」
こっちはみっきー。仁王様みたいな貫禄をその立ち姿に感じるよ。女の子でそれはアリなのかな。こっちは体が名前を覚えちゃったようだ。微かに体が震えちゃうよ……ガタブルとね。
「……えっと心配をお掛けしました?」
僕としては検査して寝てただけな感じなんだけど。でもとりあえず言っとかないと。
「当たり前だ! 全く……」
「そうよ。過激派のテロで大変な事になったんだから」
そっか……二人は心配そうに……テロ!?
「まさか学校にも自爆テロされたの!?」
あのおじさんの居たヤバイ組織なら確かにやる! 学校……あれ? なら二人が制服なのは何故?
「いや、そこまでやべぇ事にはなってないけどな。てかお前は自爆テロに遭遇したのかよ」
スケは頭を抱えてしまった。またしても金髪のズラが落ちる。
「……あ」
背後に父さんの気配を感じる。一応今回の襲撃は内緒にしとけと言われてたんだ。あまりにも内容がヤバイ為に。
……こんなに早くやってしまうとは。
「……コウ。話して良いのはその二人だけだ。他の人には内緒だぞ?」
「……了解であります」
声音はいつもと変わらないけど振り返るのが怖いくらいに圧を感じる。父さん……息子に脅しを掛けるのやめてくれないかなぁ。
「えと、自爆テロというか爆弾を仕込まれた人と閉じ込められまして……結局は爆弾じゃなくて魔法少女に変身する……なんだろうね、謎のイタズラアイテムだったんだよ」
すごいな。自分で説明しても意味が全く分からないよ。そして悲壮さも危機感もまるで無い。魔法少女って本当にすごいな。
「……コウ君は何してるのかしら」
はっ! みっきーの長い髪がうねってる!? これはお怒り!?
「ええと……悪い人が実は真面目でいい人だっただけで、すごく危険だったんだよ? 本当に本当だよ? 自分でもびっくりだけど」
すごく言い訳に聞こえるが本当なんだよー!
「……学校は無事。みんなも無事だ。テロがあったのは都心のビルだよ。ビルが一つ爆破されて倒壊した。犠牲者多数……死者も沢山出てる」
「……マジで?」
スケが感情を殺して説明してくれたけど僕は信じられなかった。そんな事を……そんな馬鹿な事を本気で実行に移すなんて。
「ああ、本当だ。父さんにも連絡が入ってる。で、これは内緒なんだが……そのビルは過激派のアジトでもある。被害者は全て過激派の連中だ」
……なぬ?
「ええ!? お、おじさんそれは本当っすか!?」
「おお。だからといって喜んだりは出来んがな」
「……本拠地でテロ? 仲間割れかしら」
……いや、これは……あれだよね。とりあえず父さんの顔色を伺ってみよう。
「……」
あ、やっぱりそうか。やりやがったのか。絶対にこの二人にも言えないじゃん。ということは……え、いや、まさか……。
「……どうしたコウ。父さんに言いたいことがあるならちゃんと聞くぞ?」
……父さんは……真っ直ぐに僕を見つめていた。いつもとかけ離れた硬質で異質なもの……真面目なときの父さんの気配だ。
「……マジで?」
これは伺いじゃない。確認だ。やったのか、という意味での問い掛けだ。『僕を囮にして本命を潰したのか』とな。父さんなら僕のアイコンタクトで分かる筈だ。
「……ああ、父さんは立派な大人だからな」
……やったんかい。やっぱりやりやがったのかい。しかも立派な大人って……それは……それは……大人として片付けたって意味かよ。
「あんな一等地に悪の組織の本拠地かぁ。ん? どうしたんだコウ」
「……ん、何でもないよ。大丈夫。沢山死んでしまったんだなって」
「……コウ君」
間違いなく嵌められて潰されたんだろう。でも悪いことしてた組織だし。それは仕方ないとは思う。僕も以前から何度も襲われているし。でも……。
父さんの顔をじっと見る。
じー。
「…………」 プイッ。
あ、顔を逸らしやがったこの親父! やっぱりそういう事か!
……え、じゃあ……まさか……いやいや……え、嘘でしょ?
「コウ君? 顔色が真っ青よ? 本当に大丈夫なの?」
「今日は無理しないで休んだらどうだ? いくら鈍感なコウでも今回はちょっとキツすぎだろ」
「……ああ、うん……いや、大丈夫」
大丈夫ではないけど……少なくともここに居たくない。
きっと……姉も母もここに現れないのはそういう事なんだろう。
「学校に行くよ。そして……スケ」
「ん? なんだ?」
「しばらくスケの家でペットにしてくれないか?」
「「…………」」
あれ? 何この凍りついた空気は。玄関が氷河期?
「物置でいいからしばらく泊めて欲しいんだけど?」
「「紛らわしいわ!」」
僕はデルタアタックで怒られる事になった
あれ? この物語……ラブコメ……か? ラブ要素が無い……だと!?
そんな馬鹿な!?
という訳でしばらくシリアス入ります。