第6ポヨポヨ 過激派
やぁ! やっと六話……序盤も終わりかな?
「それでなぁ、何故か私が上司のミスを被らされて首にされることになってなぁ。あんなに一生懸命仕事してたのになぁ。まさかの捨て駒扱いさ。そして同僚も誰も助けてくれなくてさぁ」
「官僚って大変なんですねぇ」
「これでも学生時代から勉強勉強で全てを犠牲にしてきてそれだよ。君も官庁は絶対に止めときなさい。確かに給料はいい。しかしあそこは人外の者達が跋扈する伏魔殿だ。普通の人間は必ず腐る。そういう場所なんだ」
悪人顔のおじさんは実はエリートだった。今のなんちゃら組織にいる前は政府勤めだったみたいで……すごく頭がいい人だった。そして今は二人とも道路に座ってお話をしてる。愚痴を聞いているとも聞かされているとも言う。
……大人って大変だ。
「それになぁ、基本的に政治家の尻拭いばかりで日常業務がおざなりになるのが常態化してて、回りもそれが当然とばかりに手を抜きまくってなぁ。それで問題が起きないわけがないのに」
「そ、そうなんですか」
ヤバイ。この感じは酔った父さんとそっくりだ。放っておくと夜が明けるまで愚痴り続けるパターンだ。
「政治家も政治家でろくに仕事をしないし。この国が滅びるのはずっと前から分かりきっていたことなんだよ。それを隠していた政府は何の策も取らずに働いている振りをし続けた。当然破綻するとも。そして案の定破綻してそのツケを国民に擦り付けた。これが民主主義と言ってな。そして異種族からの救いの手もはね除けて滅びに突き進んでいたんだ」
……ん? なんか時系列が狂ってきたか? 過去に飛んでない? でも愚痴では良くあることだし。でも気になる事が一つ。
「政府は救いの手をはね除けたんですか? 異種族と交渉して今の状態になったって授業では……えっと……特別……」
それを成した組織というか使節団の名称……確かすごく紛らわしい名前だった気がする。授業で習ったけどテストでは正解率も激低だった奴だ。歴史の授業は覚えるのが多くて本当に大変なんだよ。
「特別交渉専門異種族特務班だね」
すげぇ! この人本当にすげぇ! さらっと言ったよ!
「その特務班が単独で異種族と話をつけたんだよ。そこに政府の命はない。つまり独断専行だね。元々は異種族を殲滅するための特殊部隊だったのを無理矢理に和平の交渉団としてねじ曲げたんだ。だからへんてこな名前になってしまったんだがね」
このおじさんすごくないか。というかそんな裏話絶対に表に出せないじゃんか。政府の信用木っ端微塵だよ。
「……殲滅部隊が話をつけたの?」
普通逆だよね? 殲滅しないで話をしたって。それ……命令違反どころじゃない気がする。政府への反逆だよ。でもなんだか納得するのは何故なのかなぁ。
「ああ、そうさ。異種族を殲滅するという愚かな国の命令に逆らった本当の国士達が居たんだよ。もうみんないい年だろうけどね」
まぁ、条約が締結したのが大体五十年前だし、そのとき二十歳でも七十かぁ。そりゃみんなおじいちゃんだよなぁ。
「私はねぇ、そんな彼らに憧れて官僚になったんだよ。でも古い体質はいつまでも変わらなかった……変わらなかったんだよ」
「おじさん……」
悪人面だけどすごく悲しそうに悔しそうな……いや、顔、怖い。おじさん、どうしても顔が怖いよ。道路の真ん中でインパクトがすごいんだよ。子供なら大号泣してるよ。
「正しい歴史を自分達の保身の為にねじ曲げておきながら、恥とも思わぬ奴等に……私は一泡でも吹かせてやりたかった。だからこんな馬鹿みたいな組織に入った。でも今いる組織も腐っていたんだよ。お題目も薄っぺらい。やってることもただの無差別テロ。でも私はそれしか……これしか無かったんだ。家族を養うためにもね」
……大人になるってこんなにも過酷なのか。ちょっと父さんにも確認しとこう。この人の人生は映画になってもおかしくない。なにこの波乱万丈。
「娘がね……いや、目付きが異様に鋭いんだが頭は良くてね。何とか一般企業でもそこそこの所に就職出来てね。私もやっと肩の荷が降りたかなって」
「おじさん、それ死亡フラグだよ? せめて孫の顔を……いや、それもフラグかぁ」
フラグだらけだ。この人大丈夫か?
「孫は……無理だろうねぇ。娘は気も強いから。しかも空手五段……一生独身かな、ははは」
……父親って大変すぎない? 今度から父さんをもっと労っとこ。
「さて、ここまで話を聞いてくれてありがとう。これで私も悔いなく逝ける」
「……死ぬつもりなの?」
このおじさんは……きっと初めからそのつもりだったんだ。だって過激派にしては殺気の欠片も無かったんだから。最初に話し掛けてきたときもそう。これまでも過激派に後ろから撃たれたり刺された事だってある。
あのときが最大のチャンスだったんだ。でも僕は無傷のまま。
このおじさんは……きっと初めから僕に危害を加えるつもりなんて無かったんだ。
……殴ったのはやりすぎだったかな。
「……この体には爆弾が仕込まれていてね。でも君を巻き添えには出来ない。精々派手に散って見せるさ。かつての職場でね」
おじさんの顔は穏やかだった。これが爆弾の仕込まれた人とはとても思えないほどに。
「……どうしても復讐しないと駄目なの?」
このおじさんは顔こそ怖いけど、心根はそういうことをする人じゃない。だって復讐するならさっきの情報をリークすればそれで十分なんだもん。政府は面目を失い官僚も何人か首が飛ぶ。
「……いや、実はもうどうでもいいんだ。しかしどこかで爆発しないと組織が強制的に爆破命令を出して関係無い人がたくさん死んでしまう。私もそれは嫌なんだよ」
なんてこったい。
「……なんともならないの?」
「……ならないよ」
……嘘だ。絶対に嘘だ。
「ならなんで僕をこんな所に閉じ込めたの? 何か目的がないとこんな事しないでしょ? 僕を自爆テロで殺しても意味はない。意味があるとすると……」
なんだ? 僕の家族を殺すためか? 僕を人質にして呼び出してまとめて爆破? でも爆破程度で死ぬのは人間だけだ。となると異種族に対しての爆破ではなくて……なんだ?
「……組織はクズの集まりだ。君にはその真意はきっと分からないよ。それでいい。君が人間である証拠さ」
おじさんは優しげに笑っている……つもりなんだろうけど、顔怖いから!
「待って! ……まさかの毒?」
有り得るのはその辺か? 手軽に殺せる人類の叡智。それはポイゾン!
「…………」
おじさんが固まった。やっぱりこれか!
「僕を囮にして広範囲に異種族のみに効く毒を撒く……とか?」
「……」
おじさんは絶句してる。これだー!
「この辺りは沢山のファンタジーさんが居るから……この結界は……発射装置みたいな感じ?」
圧力かけてドカン的な。そうなるとこの結界の意味が分かる。ようやく分かったよ。ここで爆発でもさせて圧力を上げておけば広範囲に毒が散らばるって寸法だね。なんて恐ろしい!
「……違うよ。そこまでの策を取れるほど、まともな組織ではないんだよ」
「あり? そうなの?」
それしかない気がするけどなぁ。飛行機とか使えるならまた違うだろうけど。ヘリとかさ。
「……でも私が司令官の立場ならそうするだろうね。最適で、もっとも効率を狙うなら」
おじさんの顔には冷めた笑みが浮かんでる。寂しそうにも見えるし……諦めの顔……なのかな。
「むむむ。……なら何をするつもりだったの?」
毒毒作戦じゃないなら何だろう。ウイルスとかかな。
「すごく簡単だよ。あまりにも人道的ではないけどね。君を騙して家族を殺させるつもりだった。それは人と異種族との絆を壊すと組織は考えた。なんとも外道だろう? まぁ君の毒作戦もドン引きしたが」
なんか普通だな。というかドン引きされてたのか。
「違うの? だって……それしかないよね? スライムですら、すごい頑丈なんだよ? もう毒しかないよね?」
熱も電気も圧力も効かないなら残るは毒だ! ポワゾーン!
「……家族と仲良しでは無かったのかい?」
「少しウザいので死なない程度の毒を探してました」
ちなみに漂白剤もまるで効かない。あのときは間違えて掛かったけど白くならなかった。
「……そうか」
むぅ。なんか納得いかないなぁ。なら何でこの急に萎れたおじさんは爆弾なんて仕込まれたんだ?
「おじさんが爆弾になる意味は全くないよね?」
リアル爆弾男なんて洒落にならん。趣味でもちょっとおかしい。
「……ああ、そうさ」
「……何故?」
本人もこう言ってるし。無理矢理つけられた……にしてもどうなんだろう。
「……君は知らなくていい。さ、そろそろ結界の効果が消える。消えたら全速力でここから離れるんだ」
「……」
そうきたか。そこまで過激派は腐ってたのか。このおじさんは……捨て駒だ。多分作戦が成功しようが失敗しようが、爆破させて多大な被害を出すことだけを……人間を殺す為にこのおじさんは利用されたんだ。
……こんなの……ただの無差別テロでしかないじゃないか。異種族なんて関係ないじゃないか。
「……私はもう助からない。この体に仕込まれたのは異種族特製の爆弾だ。裏のルートで横流しされたのを使ってる。今の政府の組織には解体する技術がそもそもない」
「そんな……」
異種族特製爆弾なんて……ぬ? なんか……おかしくないか?
「だから君は逃げるんだ。この結界は通信すら完全に封じる物だ。これがあるかぎり私は爆破しない。しかしこれが解けたら、いつ爆破されてもおかしくないんだ」
おじさんはそんなときでさえ、僕を心配してくれてる。自分が死ぬかも知れないそんな恐ろしい時に。この人は死なせてはいけない気がする。
「……ねぇ、おじさん。その爆弾は異種族特製なの? 組織の手作りじゃなくて」
だから僕は止まらない。疑問はまだあるからだ。それはきっと道を拓くはずだ。そんな予感がする。
「うん? そうだが……異種族製だから威力は洒落にならないだろう。もしかしたらこの国が滅ぶ威力もあるかもしれない」
うーん。悲壮感漂うおじさんには悪いけど……うむむむ。異種族が、あのファンタジーさんが爆弾なんて泥臭いものを使うだろうか? しかもそんな危険物があっさりと裏のルートで横流しされるとか……有り得るか?
あの父さんですらファンタジーさんの個人情報の管理でヒーヒー言ってるのに……更にヤバイ爆弾の管理がそんなに杜撰か?
裏に流せるような管理体制を取るだろうか。
…………これはまだ何かある。なんだこのちぐはぐな感じは。
「その爆弾ってさ……もしかして一個だけ? 以前にも使われてたりするのかな」
もしそうなら納得いくけれど……。
「………………」
あ、おじさんが黙った。すごい顔をしてるけど……ビンゴか?
「……そうか。そういうことか」
どうやらおじさんも気付いた、というか思い当たったな。流石にエリートだ。
「んーと、多分その爆弾って……」
「偽物をわざと掴まされた、だな」
ああ、やっぱりそうなるよねぇ。だっておかしいもん。まるで人間にわざと合わせてあるとしか思えないくらいに人間的すぎるんだよ。爆弾とかさ。
この結界にしてもそう。ファンタジーさんの技術はものすごく厳格に管理されてる筈なんだよ。何度も死にかけて病院でそれを見てきたから僕は知ってる。
普通の人がファンタジー治療を受けるのってすごく大変なんだよ。範囲の許諾とか治療に掛かる説明とか申請でめっちゃ時間が掛かる。それでも受けられるのはファンタジー治療ではなくてファンタジーさんの技術によって発展した人間の技術の高度医療だったりする。
僕の場合はスライムが犯人だからすぐにやってもらえた。身内だからではなくて犯人がファンタジーだからだ。その場合すごく条件は緩くなる。まぁそうでなければ死んでいたと思うし。
だからこんな風に簡単に盗まれるなんてあり得ないんだ。僕がずっと感じてた違和感はこれだったんだ。
「なるほど……すべては手のひらの上か」
「まだ秘密の組織があるの!?」
どんだけ世界の闇は深いのさ! そんなバトルマンガみたいな次から次へと現れる新しい敵とか本当に勘弁してもらいたい。
「いや、これは……例の特務機関だろうね」
おじさんは……なんか薄くなった気がする。大丈夫かなぁ、このまま消えたりしないよね。本当に大丈夫かなぁ。
「……おじさんは被害者だよ? だから……」
情状酌量の余地がある……といいなぁ。でもきっと無理だろう。おじさんも分かってるはずだ。テロ行為の量刑は……基本的に死刑なことに。
「いやぁ、そんなに彼らは甘くないさ。私も覚悟はしていた。それだけの事をしてきたから今更被害者面は出来ない」
「……おじさん」
この人はどうしてこんなにも……悪人顔なんだかなぁ。ここまで見た目と中身が正反対って。
「でも爆発する可能性は極めて低くなったからそれだけは良かったよ」
……そうだろうか。確かに爆弾の可能性はゼロに近い。でも……それだけか? ここまでして……爆弾がただのフェイク、なんて事があるだろうか。うちのスライムの基本的思考をトレースしてみるが……やはりまだ何かありそうだ。
「……いや、ファンタジーさんを舐めちゃ駄目だよ。爆発しなくても……魔法少女に変身してしまうかも知れないよ?」
ファンタジーな力でね。
「意味分からないんだけどね!? なんだいそれは!」
あ、ちょっと元気になったかな。おじさんの影が濃くなった気がする。
「いや、最近のテレビで魔女っ娘が沢山出てるから……」
アニメもドラマも魔女っ娘祭りだ。厳密には魔法少女とは違うらしいけど……似たようなもんだし。ファンタジーさんは基本的にイタズラが大好きだ。お茶目とも言える。そしてドラマも大好きだ。
……やると思うな、僕は。
「……いや、流石にそれはないと……思いたい」
「だよね。僕も……」
おじさんを安心させるため同意しようとしたところで頬を撫でる風を感じた。それはこの空間を閉じていた物が消えた証拠でもあった。
「結界が……」
「解けたか」
おじさんは胸に手を当てていた。恐らくそこには爆弾が……。
「全国異種族撲滅団エージェント須磨尊。貴様を拘束させてもらおうか」
いつの間にか覆面の集団に僕らは囲まれていた。道の真ん中で二人してポフンと座ってたのでなんか……気まずい。そういえば僕は登校中だった気もする。今更だけど。
結界は不思議なもので侵入を防ぐというよりは存在を匿う、という性質がある。ダンボールステルスみたいなもんかなぁ。結界の内部に入れない訳じゃない。対象を認識出来なくさせるんだよね。原理とかさっぱりだけど。
だから結界が解けるとこんな風になったりする。まるで鬼だらけのハンカチ落としだ。
座り込んで話していた僕らを取り囲む覆面の特殊部隊の人達は……結構ガチの装備をしていた。
「待った! この人は……」
僕は僕の出来る限りの事をしたい。この人をここで死なせる訳には……。
「いいんだよ、少年。恐らく組織も今ごろ殲滅されてるだろう。私に居場所はない。この国のどこにもね」
そう言っておじさんは両手を上げながら立ち上がった。すぐに隊員の人が拘束していく。
「……そういう訳だ。それに法の裁きは受けねばならん」
覆面の一人が口を開いた。覆面でモゴモゴしてるけど多分口だと思う。
「……打ち首?」
スパンごろごろ?
「……今の日本の法律に打ち首は無いなぁ。無いよねぇ?」
おじさんは青い顔で周りに聞いていた。何故か覆面の人達も首を一斉に縦に振っていた。
……そんなにビビらなくても。
「では田中君は……一応検査を受けてもらうからあっちの車に乗ってくれるかい?」
「むぅ…………はい」
ここでごねるのは駄目だ。むしろおじさんを困らせるだけだろう。
「……最後の仕事がこれで良かったよ。悔いは……無い」
「ではこちらへ」
そして悪人顔のおじさんは晴れ晴れした悪人顔で覆面の集団に連れられて行った。何の力も無い僕は連行されていく後ろ姿を見送る事しか……。
ピカッ!
「ぎゃぁぁぁ! なんじゃこりゃぁぁぁぁ!?」
おじさんの絶叫が辺りに木霊した。
「あ、やっぱり変身機能があったんだ。見たいような見たくないような……まぁここからだと見えないからいいか」
さて、車はどこかなー。隊員の人も叫んでるけど、それがファンタジーってもんさー。
だって……ファンタジーなんだもん。