第5プルプル 父と。そして波乱
やぁ! もう五話目に突入さ!
「なるほどなぁ。それでケンカか」
「……」
今僕は久し振りに父さんとお風呂に入っている。父さんとお風呂に入るのは……わりと最近も入った気がする。あの時も似たような状況だったかな。覚えてないや。
「セロリとエロ本……ダブルパンチかぁ……」
浴槽に浸かっている父が呟く。なんか熊っぽい。
どちらか片方なら僕も耐えられた。でもこれは怒るべきだと僕は思う! 強く、強くね!
「……笑っていいか?」
「なんだとー!」
この筋肉ダルマめぇぇ! 言うに事欠いて笑うだとぉ!
「いや、だってなぁ? セロリは……まぁ父さんも好きではないけどなぁ」
「でしょ!? あんな音楽室の住人なんて食い物じゃないよ!」
始めて食べたときは即吐いた。毒にしか思えなかった。不思議なものでこの記憶だけはしっかり残ってる。他の記憶は思い出せないというのに。それほどまでセロリは許せぬのだ!
「音楽室の住人って……まぁ食べ物は文化だからなぁ」
なんかおざなり!?
「分かってるよ! だから人が食べるのは止めてない! 僕が許せないだけだから! でもエロ本は……本当に楽しみにしてたんだー!」
何だかんだで僕も男の子だもん。先生の痴態とか……実は結構楽しみにしてたのです。
「あー……そういや、俺にもこんな時期があったなぁ」
「でしょ! しかも合法でパンチラすら無かった……と説明された写真集だったんだよ!?」
健全な興奮がそこには待ってたんだよ!
「……父さんは逆にコウが心配になってきたよ」
……なぬ?
「まぁコウはまだ十六だからエッチなのはもう少し我慢だな」
そう言うや浴槽から出て体を洗い始める親父どの。もはや興味を無くしたカバの如し!
「ぐあぁぁぁぁ! 正論など要らぬぅぅぅ! そこにエロ本があった……あったんだよ父さん。手の届くところにさ!」
この哀しみをなんとする! この悔しさを如何にする!
「……熱いなぁ。いつもはもっと冷めてるのに。よっぽど楽しみだったんだな」
やっぱりおざなりかぁ!?
「そうだよ!? だって同級生の女の子が恥じらいながらちょっとエッチなポーズなんだよ!? これからどんな顔して挨拶したらいいか分かんないんだよ!?」
本当にどうすりゃいいのよ!? こっちが恥ずかしいわ!
「……溶かして正解じゃないかな」
「僕もそう思うさ! でも少しは……少しぐらいは!」
だって……だって……。僕は男の子なんだもーん!
「で、その本にはコウの好きな人が載ってたのか?」
………………ん?
「いや、中身をちゃんと見てないから分かんないよ?」
スケと見たのは少しだけだし。というか随分と冷静だな父さんは。アワアワしてるし。まぁ、僕もアワアワしてるけど。
「……ふむ。学校に好きな人は居るのか?」
「そりゃいるけど」
好きな人なら沢山いるともさ。あの校長も好きと言えば好きだし。
「……恋人にしたい異性だぞ?」
むむっ? 恋人に……いや、校長よ消えてくれ。はよ。
「居ないね」
だって名前が出てこない。顔、それとどんな人かは、すぐに思い出せるのに誰一人として名前がすぐに出てこない。
「そうか……じゃあキスしたい異性はどうだ?」
「……父さん大丈夫?」
まるで高校生みたいなノリだけど大丈夫かなぁ。職場で問題起こされると色々と困るんだけど。セクハラとか今うるさいからね。
「ええい! 真面目な話だ! チューしたいと思える女の子は居るのか?」
なんか父さんが熱い!? ど、どうしたんだろう。えっと……チュー?
「…………居ないねぇ」
頭を捻ってもどうもしっくり来ない。チュー……口付け……接吻……ベーゼ……。
「まずは誰かを好きになることから始めたらどうだ? エロ本はそれからでも遅くない」
なんか名言っぽく聞こえるけど多分気のせいだよね。他人に聞かせられないダメな発言な気がする。
「……それってとりあえず押し倒せって事?」
流石にそれはどうかなー。一発アウトだよなぁ。
「違う! 触れていたい。この人と同じ時間を過ごしたいと思える女の子を探せということだ」
父さんは泡を流しながらも真面目に話してくれている。
「…………僕はろくに相手の名前も覚えられないのに?」
こんな奴と一緒に居たいと言ってくれる存在がいるのだろうか。こんな……名前も覚えられない壊れた僕となんて。
「名前なんてどうでもいいだろう。そこに居て、共に在りたいと思えればそれだけでな」
「……分からないよ。父さん」
僕には……分からないよ。共に在りたいなんて。
「今は、だろ? 人生は長い。ちゃんとコウの前にも運命の相手は現れるさ」
そういって父は笑った。それはとても暖かな笑顔で……。
「運命の相手、かぁ」
「……ああ、だから……」
「とりあえず目についた女性を全てナンパ……いや、難易度高いからスカート捲り?」
それならお話しなくても大丈夫かな。とりあえずペロンて。名前ではなくてパンツを覚えれば……おお! 天才か!
「その方が難易度高いしアウトだ、アウト!」
こうして僕と父さんの男同士の話は盛り上がった。パンツは問題点が浮上したので諦めた。だって履き替えると別人になるからね。まぁスカート捲りも相手がズボンだと不可能という事に気付いたし。運命の相手は遠いねぇ。
「じゃ、行ってきます」
「……」
あのセロリとエロ本の夜は明けた。でもケンカは継続中だ。母さんと姉さんには昨日の夜から必要最低限の会話しかしていない。なので家の中は最低の空気が流れてる。でも僕はまだ許せない。
あのエロ本! まだ全然読んでないから!
そしてセロリ! これは不倶戴天!
なので僕は刺々してる。とってもチクチクだ。正直今日のお弁当は遠慮するつもりだった。でも父さんに怒られた。食べ物を粗末にするなと。確かにそうだけどさ。これでお弁当箱にセロリオンリーだと僕は家出するよ? 出家しちゃうよ? そんなことをする母さんではないけどさ。
「あ、あのねコウちゃん……」
バタン。
何か聞こえた気もするがきっと気のせいだ。今日は久し振りに一人で登校だ。本当に久し振りだ。
……どうしてだか、空を見ても全然心が晴れない。抜けるように綺麗な青空だというのに。白い月もあんなに綺麗に見えているというのに。
……そんな時もあるさ。毎日同じ気持ちになるはずがない。
そして僕は歩きだす。一人でいつもの道を。一人で……。
「おやおやぁ? いつもは仲良しこよしぶへぁ!」
……あれ? 何で僕は通りすがりの人を何のためらいも無くグーで殴り飛ばしたんだ? しかも無意識とか。
「お、おい! やっぱりこいつと関わるのはやべぇって言ったじゃねぇか!」
ぬぬ? こいつは……誰だ? いや、本当に誰だ?
「に、逃げんぞ! こんなの話と違う!」
あ、まだ居た……あ、昨日の三人組か。こいつら……近所に住んでたのか。でも鼻血を噴いてる友達を見捨てて逃げるのはどうなんだろうなぁ。
「まっへくへぇぇ! いぐなぁぁぉぉ!」
うわっ! こわっ! 鼻血を撒き散らしながらフラフラで走るとか超怖い!
……いや、あいつらは一体何がしたかったんだ? 人通りのない通学路に血痕だけが残された。まるで事件だ。
……あ、犯人はもしかして……。
「おやおや、中々にバイオレンスですねぇ」
こめかみに汗を感じる僕。ちょっと待って欲しいかなと思っている僕の背中に何者かが声を掛けてきた。
「むっ、何奴!」
まだ証拠隠滅してないよ!
「……いや、何でそんな時代劇みたいな誰何なんだい?」
「何となく?」
ちょっと焦ってる僕に話しかけてきたのはどう見ても普通のサラリーマンだった。本当にどう見てもサラリーマン……。どう見ても……?
「いやぁ、暴力を振るう所を偶然見てしまいましてぐへぇ!」
「あ、殴れた」
いい感じに頬に突き刺さった。うん。ぐりって。
「き、君はそれでも文明人かね! いきなり殴るとはどんな教育を受けたんだ!」
どう見ても……怪しいサラリーマンだったんだよね、この人。だって顔がブレてたから。二重三重に重なって見えてたから……とりあえず殴ってみた。今は頬っぺたを押さえてアスファルトに乙女座りだ。
……すごい威力だ。そして……。
「……むぅぅ……人相悪いですねぇ」
さっきまでのブレてた顔の方がまだましとかどうよ。すごく悪人面だ。
「余計なお世話だ!」
む、確かにそうか。この人には、この人の人生がある。ものすごく人相が悪いけど、きっとこの人にも家族が居て大切な人達が居るんだ……多分。
「……子供も人相悪かったりします?」
ちょっと気になる。
「失敬だな君は! 確かに目付きはそっくりだよ! これで満足か!」
「あー、奥さんとは何処でお知り合いに?」
すごく気になる。
「そんなこと誰が教えるか!」
乙女座りの悪人面サラリーマンはお怒りだった。そうか……確かに他人に話すには、ちょっと恥ずかしかもなぁ。
「で、僕に何の用ですか? そんな偽装をしてまで僕の前に現れるってことは……アレですよね」
アレだよね。アレ。こんな人気のない場所で……あれ? 人気が無さすぎないかな。いつもなら誰かしら歩いてるはずなのに。ここはただの道路だぞ?
「……ふっ、バレてしまったのなら仕方無い。そうだ。私は全国異種族撲滅団のエージェントだ」
「……」
「まさかいきなり殴り掛かってくるとは思っていなかったが、既にここは封鎖されている。君に逃げ場はない。大人しくしてもらおうか」
「……」
「くくくっ、驚きの余り口も聞けないか。それも仕方無い。我々はこの世界を救う為ならば赤子すらその手にかける聖なる戦士だからな」
「あ、これって結界装置ですよね。異種族の技術を使うのは……どうなんですか?」
まるで魔法のような技術……それはつまりファンタジーさんの技術だ。辺りを探ってみたけど何も感じない。鳥の声も空気の流れも。多分この一帯を本当に封鎖したんだろう。でも異種族を嫌ってるのにその技術を使うのは……どうよ。
「ち、違うぞ! これはあの化け物の物より遥かに高性能な我々の開発した技術だ!」
……すごく必死に見えるけど……むぅ。どのみちこれは本当に逃げられない。結界ってそういうものだし。
「僕には人質の価値なんてありませんよ? 殺しても特に何もないし」
父はただの役人だ。これが役職でもあれば変わるんだろうけど。ただの平職員って父さんは言ってたし。
「……いや、君、そこはもう少しほら。何でそんなに冷めてるの? 君」
「確かに父は日本異種族対応局の役人ですが……既に個人をどうこうしても社会の流れはどうにもならないかと」
だって国の政策だし? 既にこの国の根幹に異種族の技術は組み込まれてる。今更それを排除するのは不可能だもん。そんな事をしたらすぐに大変なことになるから。具体的には富士山が噴火する。すごいよねファンタジーさんの技術って。噴火を抑えるとかさ。本当にギリギリだったらしいし。
「真面目に答えないでくれるかなぁ! おじさんも何となく分かってやってるんだよ! 現実は厳しくて泣きそうなんだよ!」
おじさんは泣いていた。きっと大人になるって大変なんだろう。
「……えっと……ご用件は?」
とりあえず聞いてみることにした。
「……君には異種族の姉が居るね?」
おじさんの目は真っ赤だ。なんか……悪いことしちゃったかな。
「……まぁ居ますが」
「…………に、憎くはないかい?」
「まぁ……憎いですね」
にくにくだよ。マシマシのにくにくだね。
「はぁ、そうだよなぁ。毎日一緒に登校するくらいだ。仲は良いに決まってるか」
「いや、憎いですってば」
このおじさん、ちゃんと聞いてる?
「そうだろうよ。だが私も組織の歯車でな。分かってても…………なんだと?」
「今はケンカしてるので憎いですってば」
やっと聞いてくれた。このおじさんも大変なんだろうなぁ。歯車とか言ってるけどメカニックなのかな。
「……ケンカ?」
首を傾げた乙女座りの悪人顔……とんでもない威力だな。しかし今の僕は怯まない!
「エロ本をダメにされました。すごく! 楽しみに! してたのに!」
僕は! 絶対に! 奴を! 許さない!
がおー!
「そ、そうか…………いや、君はまだ十六だろ? エロ本は駄目だと思うが」
真面目だな、このおじさん。人相はすごく悪いのに。
「健全なエロ本だった! すごく楽しみにしてたの! 合法隠し撮り写真集!」
昨日は夢に出てきたよ! ページを捲っても真っ白で絶望した! すごくがっかりした! ガッデム!
「駄目に決まってるだろう! なんだその矛盾の固まりは!」
……なんかすごく怒られた。顔は怖くて悪人だけど、この人、真面目な人だったよ。
やぁ! 人は見掛けじゃないけれど、やっぱり見た目は重要なんだ。時には目潰しも必要な事なんだよ、きっと。