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第4プルプル 写真集と家族……そしてセロリ

 やぁ! 四話目だ。よく続くもんだね。


「おー、たっぷりと絞られたコウよ、そんなお疲れのお主にお宝をしんぜようぞ」


 職員室でたっぷり説教され、ヘロヘロになって廊下に出た僕を待ち構えていたのは白いひげを付けた……誰だっけ?


「首を傾げんな! 俺はスケだよ! そんなに説教がきつかったのか?」


 心配そうに見つめてくるけど白ひげなんだよね。演劇部の小道具かな。でも服は制服のままだ。


「あ、うん。お茶とかお菓子とか出て、まったりと近況のお話を先生達と」


 先生も大変だよねーって話かな。愚痴を聞いてると体力を削られるよねー。いや、友達の結婚式の話とか聞かされてもさ、僕はどうすりゃいいのさ。


「和んでるじゃねぇか! いや、まぁそうなるとは思ってたが……ほれ、ちょっとエッチな本」


 そう言って白ひげのスケが一冊の本を手渡してきた。それは表紙からしてエロエロな本だった。


「おおっ! ……あれ? なんか……」


 でもこの本はエッチというか……これは……。


「この学校の女子……その隠し撮り写真集だ」


「……先生に渡しに行くよ」


 これは犯罪臭がすごい。後ろ向いてドアを開ければそこにティーチャーだよ。


「待て待て待てーい! 勘違いするな。これは全て合意に基づいて作られた合法隠し撮り写真集だ」


 ……矛盾してるよね。なにこれ。すごく立派な装丁だよ?


「その証拠に……ほれ、どのモデルもカメラ目線だろ?」


 スケがページを捲ると、どの女子生徒も恥じらいながらではあるものの、確かにカメラ目線だった。


「……うわ、本当だ。て言うか先生も撮ったの? やたらノリノリでポーズ取ってるけど」


 確か今年でアラフォーになる女教師がすごいポーズを取っている……名前は……えーと……女豹のポーズ……いや、違う。


 そうじゃなくて……。


「ユリちゃんは最初水着を申請していた。俺達は土下座して勘弁してもらった」


 ……この学校には魔物が多いなぁ。スケが真顔って。というかそのユリちゃんは背後の職員室に居るんだけど。


「まぁパンチラもない健全な……ちょっとエッチな本だな。これでとりあえず元気出せ」


 そう言って肩を叩かれるけどさ。アラフォーユリちゃんのインパクトが強すぎてご遠慮したいんだけどなぁ。それに下手に姉さんにバレると大変な事になるし。


「あ、コウの姉さんも載ってるから多分この本なら大丈夫だろ」


 ……それは大丈夫なのか?


「……うちの学校にはスライムフェチが居たのか」


「……ああ、俺もちょっと戦慄した。意外と多いぞ」


 ……マジか。僕とスケは人の業の深さに仲良く廊下で震える事になった。





「ただいまー」


「コウちゃんお帰りー! お姉ちゃんは寂しかったのー!」


 パタン。


 いつものように玄関のドアをすぐさま閉めてスライムガードだ。鈍い音と衝撃がドア越しに体に響く。何度も壊されてるから特注のドアに換えたとはいえ衝撃がやっぱりすごい。生身でくらうと吹き飛ぶからね。まぁドアも何度か吹き飛んだけど。


 ガチで何度か死にかけた。走馬灯は見慣れたよ。


 ガチャ。


「あらあら、お帰りなさいコウちゃん」


「うん、ただいま母さん」


 母さんが玄関に来ていた。ドアの内側に張り付いた紅いゼリーは当然無視だ。放課後に呼び出しを食らったので少し帰りは遅くなった。姉さんは先に帰ったみたいだけどね。


「学校からお電話があって心配してたのよ? もしかしたら……」


「もしかしたら?」


 マスカットな色の透明ボディがいつもとは違う震え方をしていた。


「コウちゃんがグレちゃったのかと思って……お母さん切腹する準備万端よ~」


「すいません。本当に心配かけてすみませんでした!」


 玄関で土下座だ。この母さんは本気だ。ある意味姉さんよりも恐ろしい。あの父さんですら決して勝てないんだ。この人は本当にやるからな。


 いくら中二病でもこれは無理だった。全面降服しかなかった。


「分かってくれて母さん嬉しいわ~。それじゃ手洗い、うがいね~」


 ……これが母親ってものか。世間の家庭はすごいや。これが普通なんだもんね。おかん最強説も納得さ。


「あ、コウちゃん?」


「はい!? な、何でしょうか?」


 リビングに向かっていた筈の母さんがクルリと振り向いた。思わず姿勢を正して正座で直立不動だ。スライムだから全方向対応かと思いきやそういう事でもないらしい。スライムは本当に謎だ。


「…………あとでお話をしましょうね?」


 あ、これは逃げられない。刑場への赤紙召集だ。こうなると大人しく言うことを聞く他ない。反抗すると大変な目に遭う。


「……はい」


「うふふ~。それじゃお母さんは夕飯の支度をしちゃうわね~」


 母さんはそう言うと嬉しそうにポヨンポヨンとリビングへと進んでいった。


 ……ん? 振り向かないの? え、まさかのムーンウォークジャンプ? 本当に謎だなぁ。


「…………コウちゃんのイケズ」


「さて、早く着替えて出頭しないと」


 背中の喋るドアは無視だ。怨嗟をそこはかとなく感じるが何度も食らってるからノーサンキュー。いくらすぐに治るとはいえ、骨の折れる音を何度も聞きたいとは思わない。


 異種族の人達……ファンタジーさんが世界にもたらしたのは広範な技術だった。それには医療も含まれる。その技術がなければ僕はきっと大怪我したときに死んでいただろう。まるで魔法のようなファンタジーさんの医療技術を教えてもらったことで人間の医療も格段に進歩した……らしい。


 すごいけど良く分かんないよね。骨折が十分ですっかり治るとかさ。


 そんなことをつらつらと考えながら部屋に戻り服を着替える。部屋着は基本的にパジャマだ。小さい頃からこれらしい。体に染み付いた習慣はそう簡単に忘れない、って事なんだろう。ちなみに父さんも部屋着はパジャマだ。パジャマには見えないけどね。


「あらあら~。コウちゃんはいつも可愛いわねぇ~」


「……これは絵柄が可愛いんだよ」


 デフォルメされたヒヨコのパジャマ……気付くと良くこれを着てる。子供っぽいけど気付くとこれを着てるのだ。覚えてないけど何かあったのかも知れない。ヒヨコの思い出…………いや、どんな思い出なんだか。


 リビングにはいい匂いが立ち込めていた。本当に母さんのポヨポヨボディでどうして料理が出来るのか……今もキッチンにはすごい美人の女性が微笑みながら洗い物を…………は?


「どうしたの? そんなにお母さんを見つめちゃって」


 声を掛けられた途端、女性は消え、そこにはいつものマスカットなプルプル母さんの姿があった。


「へ? あ、あれ? 今そこに女の人が……」


 すごい美人で緑色の長い髪を垂らした……裸の女性がうちのキッチンに……居るわけねぇ!


「ごめん、ちょっと疲れてるかも」


 まさかの欲求不満かな。とんでもないものを見た気がする。これはスケに貰った写真集の出番だね。うん、それしかない!

 

「……あらあら。コウちゃん? 辛かったらちゃんと吐き出さないとダメよ?」


「うっ、いや、そういう訳にも」


 まさか裸の女性が見えたとか言える訳がない。恥ずかしいを越えて死にたくなる。母さんの優しさが辛い。


「学校で何かあったのでしょう?」


 …………学校?


「……うん! そうなんだ! えっとね……」


 丁度良いので、そっちに逃げた。ムラムラよりもマシだよね。椅子に座ってレッツトークさ!




 今日の出来事を一通り話し終えて……僕は母さんの淹れてくれたお茶をすする。


 ……あるぅえ? 母さんはずっと目の前のテーブルの上でポヨポヨしながら話を聞いていた気が……となると、このお茶は……誰が? でも母さんが出してくれたし。


 ……あるぅえ?


「そんなことがあったのね。コウちゃんは化け物じゃないわ。人を愛する事をちゃんと知ってる良い子よ」


 うっ、この直球はキツい。お尻がむず痒く……というか普通に痛い。今朝尻餅着いたからなぁ。椅子のクッションのお陰で我慢出来ているが……お風呂が怖いなぁ。


「暴力は良くないけど……必要悪でもあるの。それは適切に扱わないと不幸をもたらすだけなの。コウちゃんは自分の為に暴力を使ったの?」


 母さんはいつも頭ごなしに怒ることはしない。優しく諭して諭して諭しまくるのだ。普通に怒られた方がずっとマシだよ。


「……どうだろう。気付いたら手遅れだったし。覚えてないけど」


 気付いたら蹴倒してたみたいだし。今気付いたけどあいつら……あの不幸な友人の席で馬鹿騒ぎしてたんだな。つくづく不幸な……なんだっけ。ま、いいや。


「ふふっ、そうね。コウちゃんは自分の事には鈍感だけど大切な人の事には烈火の如く燃え上がる男の子だものね」


 ぐあっ! なんかダメージが! すごい胸がむしられるような感じがする!


「ぐぅぅ、そ、そんなことないし」


 なんだが顔が熱い。すごい恥ずかしい。


「あらあら、そうなのよ。だからコウちゃんはそのままでいいの。みんなそんなコウちゃんが大好きなんだから」


 ぐぅぅぅぅ! 母さんは僕を『恥ずか死』させるつもりか!?


「でもエッチな本はお母さんもちょっとどうかと思います」


 ポヨポヨ!


「うん、今度来たら説教してあげて? 僕もどうかと思ったから」


 やっぱりそうだよね。合法隠し撮り写真集って……いや、楽しみではあるけどさ。僕も男の子だし。


「コウちゃんは……コウちゃんの大切な人がコウちゃんのことを騙していたとしたら……どうする?」


「へ?」


 母さんの唐突な質問に思考が止まる。


 ……どういう意味だろう。僕の大切な人が僕を騙す……。


「……ほうれん草と偽ってピーマンを食べさせる、とか?」


 何度かやられて僕は泣いた。ピーマンのお浸しとかピーマンそのものだもん。ピーマン百パーだったよ。犯人は目の前のスライムだ!


「……好き嫌いは良くありません! あれはお母さんの愛です」


 プルプルだ。すごいプルプルだよ母さん。


「母さんって押すときは本当に強いよね。つまりそういう事?」


 騙すのは愛ゆえに、かな。確かに泣いて抗議はしたけどさ。母さんは決して許してくれなかったよ。あれで尚更ピーマンを嫌いになったんだけどねぃ。


「……はぁ、コウちゃんはそういう子でしたね」


 珍しく母さんが呆れてポヨンポヨンしてる。……はっ!? ま、まさか!


「今日のお弁当……あの椎茸の肉詰め……まさか」


 あれは僕の大好物……しかしそれゆえに罠を仕掛けやすい。ま、まさか。


「ええ、コウちゃんの大嫌いなセロリ入りです」


 ノォォォォォォ! セロリなんて世界に必要ないだろぉぉぉぉぉ! あんな臭いブツゥゥゥゥ!


「母さんなんて事を! そもそも肉詰めにアレなんて入れないじゃん!」


 全てを破壊するじゃんか! あの臭いが全てぶち壊すじゃん! 思わずテーブルを叩いちゃうよ! 手が痛いよ! もうやんないよ!


「まぁそうですが。でも美味しかったでしょ?」


「ぐあぁぁぁぁ! 美味しかったけどぉぉぉ! でもセロリは駄目だってば!」


 アレだけは許せない! あの音楽室のカーテン野郎はどうしても食い物として認識出来ない! 視聴覚室のカーペットの香りでもあるんだよ!


「……母さんの馬鹿ぁぁぁ!」


「あ……」


 そして僕は泣きながらリビングから逃げ出した。人には決して譲れない物があるんだ。僕にとってはそれがセロリ。あいつとは不倶戴天の間柄。決して同じ天を仰ぐ事は無いんだぁぁぁぁ!




 僕は泣きながら自分の部屋に逃げ込んだ。この胸の虚無感と痛みを忘れさせてくれるのは……ただひとつ……エッチな本だー!


「あ、コウちゃんお帰り」


「どぅわ!? な、なにしてんの姉さん」


 思いの丈をぶちまけてスッキリした所に蠢く何かだったのですごいビックリした。黄昏時のうす暗い部屋には蠢く物があった。ベッドの上でぐにぐにしているスライムだ。僕の姉とも言うけれど。


「うふふふふふ、コウちゃん……」


「……何かな?」


 何かすごく嫌な予感がする。摺り足で明かりのスイッチまでじりりと進んでいくが……スッゴく嫌な予感が。早く明かりを付けないとヤバイ気配がする。


「……お姉ちゃん、実はね?」


 っ! 手がスイッチに届いた! ライトオン!


「……あれ? 特に部屋に異変は無い……か」


 てっきり部屋中がドロドロにされてると思ったのに。自称『姉汁』でな。あれは姉の愛、なのだそうだが洗濯と掃除で大変なんだ。でも明かりで煌々と照らされた部屋は綺麗なままで……。


「ふふふ、甘いわ。コウちゃんは、あまあまね」


「なぬ? ……ねぇ、姉さん?」


 姉の不穏な発言にようやく本体に目が向いた。そして気付いてしまった。


「何かしらコウちゃん」


「……その体内にあるの……なあに?」


 紅い透明ボディの中には何かが浮かんでいた。それはまるで本のような四角い物体に見える。


「ふんぬぅ!」


 しゅわぁぁぁ!


「ああっ!? なにその男らしい掛け声と一気溶かし! いや、そんなことより……」


 胸騒ぎが止まらない。嫌な汗も止まらない。急いで床に置かれたままの登校用のバックを探して中を確かめる。そして……。


「ああーっ! 無い……合法隠し撮り写真集が無い! どこにも無い!?」


 確かにここに入れておいたのに影も形も無い! わざわざカバー掛けて隠しておいたのに!


「……うふふふふ。お姉ちゃんは焼きもち妬きなのよ?」


 ま、まさか……さっき一気に溶かされたのは……そんな! 


「あんなエッチな本は普通に駄目だと思うな、お姉ちゃん」


「お前もノリノリで写ってただろうがぁぁぁぁぁ!」


 いきなり素に戻って突っ込みすんなよ!

 


 ……セロリ……だって……音楽室じゃん?

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