第3プルプル 友達と友達じゃないのと
やぁ! 三話目だ!
教室に着くと既に半分くらい席は埋まっていた。まだ余裕がある時間だからみんな好き勝手に友達同士で話したりしてる。
「あ、コウ。今日も見事なスライムスローだったな」
「……おはよう。今日も見事な金髪だけど……大丈夫なの?」
教室に入るなり声を掛けてきたのは、いかにもチャラそうな金髪の男子生徒だ。椅子に座ったままで横にはこっちに背中を向けた女子生徒がいる。
「はっはー! これはズラだからな! こんなんであの鉄壁の校門を潜り抜けられる訳無いっての」
この金髪ズラ男は友達の………………なんだっけ?
「おはよう。コウ君。また名前……ド忘れしてない? こいつの名前はクズ男よ? 下衆クズ男」
「ああ、うん、委員長もおはよう」
こっちは眼鏡に黒のロングヘアーの女子生徒……クズ男と話していた女子生徒だ。名前はきっと委員長だ。だってすごく委員長っぽいもん。振り向いて顔が見えたけど可愛いというよりは綺麗な人だ。眼鏡の奥の瞳は鋭利な感じだけどね。
「……ちょっと今朝は当たりがきつすぎませんか? 俺、なんか怒らせることしたっけ?」
「……別に」
委員長は今日も塩対応だね。
この二人は僕の幼馴染み……らしい。小学校からずっと一緒という事なんだけど、仲良しで有名なんだよね。おしどり夫婦的な。
「あとコウ! 俺は吉良上野介だ! いい加減に覚えてくれよ……」
落ち込み頭を抱える友はズラがずれていた。うん、黒髪が見えてるね。本当にズラだ。何してんだろ、こいつ。
「……なんか縁起悪くない?」
赤穂浪士の殺られる側じゃん。まぁ最後はみんな死ぬけど。
「それも何度も説明したよな? 親が赤穂浪士好きで付けたって。態々吉良姓の人と結婚してまでな! まあラブラブだからそれはいいんだけどよ」
……何故敵役の名前をチョイスしたんだろう。そこは赤穂浪士から採ろうよ。まぁ吉良って名字は格好良いけどさ。
「……ねぇ、コウ君? もしかしなくても私の名前……」
「……眼鏡が今日も似合ってるねぃ」
委員長の瞳が僕を貫く。委員長は怒ると怖い。それはちゃんと覚えてる。特に被害を受けてるのはスケだけだけど。
……そうだ。スケだよ。僕の友達のアダ名。となると委員長は……。
「……ねぃ、って。お前……」
「……コウ君?」
ちっ、二人の視線が痛いほどに突き刺さるよ。なんかいつもこんな事してる気もするけど……。
「こほん。えーと……く、クリスティさん?」
多分これだ! そんな感じがする!
「「誰!?」」
ちっ、外れたか。二人とも驚いてる。そんなに的はずれかなぁ。
「……はぁ、私は池永みゆき。みゆきは平仮名よ」
……なんかおばあちゃんぽいな。そうか……クリスティは違っていたか。わりと近いところだったな、ふふふ。
「……おばあちゃんぽいとか言ったらしばくわよ」
委員長の瞳がギンッって圧力を増した。これは本気だ。背中に嫌な汗が流れる。
「…………は、ハイカラだねぃ」
カタカナだともっとハイカラだけどねぃ。
「……ねぃ、って。コウは相変わらずだな。まぁそれでも元気そうだから良いか」
スケは優しく笑ってる。なんというか……似合わない金髪だけど顔自体はイケメンだ。雰囲気もなんかイケメンだ。でも、なんか……すごく残念な気配がするんだよね、スケは。
「良くないわよ。何よハイカラって。むしろ古臭いわよ」
「そう言うなよ、みっきー」
二人はとても親しげに話してる。それは付き合いの長さを感じさせるもので……あ。
「……ああ、うん、みっきーだ。鉄拳みっきー……思い出した」
その両の拳で学校の不良を全て叩きのめした伝説の女傑…………いや、この記憶はマジか?
「……変な事を思い出してるみたいね」
みっきーは目を伏せ、拳を握り締めて……なんかバキバキ言ってません?
「おいコウ! 早く謝れ! 鉄拳みっきーの再臨は誰も望んじゃいねぇ!」
スケは明らかに狼狽していた。
「ふふふ、コウ君……」
あ、なんか地雷を踏んだっぽい。みっきーの長い髪がフワフワと浮いてる。静電気かな。僕の体が震えてるのは何故だろう。
「……はぁ。まだ記憶障害は治らないのね」
「……うん。ごめんね」
委員長の逆立つ髪は憑き物が消えたようにストンと落ちていた。スケのズラも床に落ちてたけど。
「……はぁ。朝っぱらから心臓にわりぃよ。まぁ記憶は仕方ねぇって。生きてるだけで儲けもんだろ」
「……そうね」
二人は寂しく笑ってるように見えた。
「でも二人との記憶は殆どが……」
「いいんだよ。思い出なんてこれから作ればよ」
「……くさい台詞だけど同感よ」
……僕は小さい頃に死にかけたらしい。原因はよくわからない。本当に死んでもおかしくない程の大怪我だったらしい。怪我自体は奇跡的に治ったんだけど、その代償のような形で僕は記憶を失った。
それ以前の記憶はほぼ全滅。そしてそれ以降も記憶障害を患う事になった。新しい情報はわりと直ぐに覚えられるけど、過去に連なる情報は中々覚えられなくなってしまったんだ。特に人の名前はほぼ忘れる。その場では維持出来ても時間と共に消えていく。
時間を掛ければ思い出せるんだけど……この二人には申し訳ない気持ちが大きい。ずっと僕を支えてくれているのだから。友達を忘れてしまうような薄情な僕をね。
「……うん、ありがとう。スケ…………ま、マイケル?」
「みっきーよ!」
うん、やっぱり委員長に拳骨を食らった。頭にタンコブだね。これは何となく毎日食らってる気がする。超痛い。何故かスケもオマケで食らってた。多分みっきーに隠れてエロ本でも買ったからだろう。
みっきー……嫉妬深いからねぃ。
「ぐぬぬぬ、何故俺まで……」
「ふん、スケベな男には鉄槌が下るのよ」
この二人……既に学校公認夫婦なんだよね。でも二人とも頑なに認めないし……めんどくさい二人だよ。
「なんだよ、ゴシップ誌を買っただけで怒るとかおかしいだろ!」
「それ、エッチな奴でしょ?」
「違う! 綺麗なお姉さん達が沢山載ってるだけの……はい、エッチな本です」
「……みっきー。スケが震えてるから」
みっきーの拳が……握り締められた拳がバキバキ言ってるんだ。僕も冷や汗が止まらない。記憶は消えても体に刻まれた恐怖は無くならないんだね。みっきー怖い。
スケはぷるぷる震えてる。まるでスライムだ。
「……で、でもな? これは異種族のお姉さんのインタビューとかも載ってるちゃんとした雑誌なんだぞ? グラビアがすげぇエロいだけで。マーメイドのクリームちゃんなんて手ブラなんだぞ!?」
「……死にたいようね」
うん、スケはスケベのスケだからね。毎度懲りないのは感心するけどさ。しかし異種族インタビューか。ちょっと僕もその本読みたいかも。僕も真っ当な男の子だからね! 手ブラ……。
「あ、コウのお母さんのインタビューもあったぞ」
「あら、おば様も……という事は……」
「……姉さんも……か?」
インタビュー……奴は何を語ったのだろう。不安しかないけど。あれで一応、人と異種族の親善大使でもあるからな。特に何もしてないが。
「……うん。結構真面目に答えててさ。俺、どうしたらいいんだろう」
「……」
委員長も微妙な顔で黙るか。確かに困るよな。二人はあの変態モードをよく知っている。家にもよく遊びに来るからね。
「コウのお父さんが再婚したのは驚いたけどさ……」
「……おば様は立派な方よ」
……うん、この二人もそう感じてるのか。そう、母さんはすごくいい人なんだよね。みっきーなんて一緒に料理とかしてるし。母と娘のほのぼのとした日常の一頁に……見えないけどな。
「お姉さんはさ……その……変わってるよな」
「……私も悪く言うつもりは全く無いけど……」
……だよなぁ。この二人をして、こう言わせるあのスライムがおかしいんだよ。すごい言葉を選んでるもん。
「あ、そうだ。最近過激派がまた動き出してるって書いてあったからコウも気を付けろよ?」
「過激派が?」
過激派……特に被害を受けてるのは父さんだけど……僕もわりと襲われるんだよね。すぐに特殊部隊の人達に助けてもらうけど。そろそろ三十を越えたかなぁ……。死線もいっぱい越えたなぁ……。
「ああ、今回は搦め手を使う手口に注意ってな」
「……随分と具体的な注意喚起ね」
呆れ顔のみっきーに僕も同感だ。まるで何が起こるか分かってるみたいだよね。
「そりゃラミア姉さんの占い結果だもんよ。よく当たるんだぜ。ラミア姉さん……すげぇ巨乳でさ! タロットカードを胸に挟んで……」
「うらぁ!」
……でぃーぶぃ……いや、これもきっと二人の愛情表現なんだろう。その日のスケはずっと頭にコブがあった。
そして放課後……ではなく昼休みになった。勉強は特に困らない。記憶障害でも何とかなってるから。ノートは偉大だね。でも玉に簡単な漢字が浮かんでこなくなる。肉とか魚とかね。多分それを習った辺りで怪我をしたんだろう。
「さぁ、コウちゃん! お姉ちゃんにあ~んして!」
にく、さかな、こめ。さて、どれをスライムに突っ込むか。机の上を半分以上占拠するこのスライムに。
「毎度の事とはいえ、お姉さんはマメっすね」
「ふふふ、それが姉の愛ってもんよ!」
「……まぁいつもの事よね」
今はお昼御飯。母さん特製のお弁当は彩り豊かで具材も豊富。僕も昔は自分で作ってたから分かる。冷凍食品を全く使ってないこのお弁当は宝石の如し! すごいよ母さん。
「……ふぇぇぇん! コウちゃんが無視するぅぅぅ!」
おらぁ! スライムは卵焼きでも食らっとけ!
「……あぁ、俺もコウの卵焼き狙ってたのに」
「……私のあげるわよ」
「お、おぅ……ありがと」
「…………うん」
……なんだこの甘い空気。なんだこのラブコメ臭は。
「…………もう結婚しなさいよ、あなた達」
僕も姉さんの意見に全面的に賛成だ。
スケはお弁当ではなく購買でいつもパンを買ってて、みっきーはお弁当持参だ。いつも三人とスライムでお昼を食べてるんだけどね。毎回みんなでお弁当をつつき合うお昼御飯だったりする。とても賑やかで……。
「な、なぬを言うのかしら?」
「そ、そうだぞ? お、俺たちはまだ学生だぞ?」
甘ったるい空気がすごいのだ。角砂糖ー! ノンシュガー!
「全く……これが幼馴染みの恐ろしさって奴ね。余人の入り込む隙間すら無いわ。という訳で……コウちゃん! あ~ん!」
「はいはい、次は……ペットボトルのキャップにする?」
基本的に何でも溶かすんだよね、スライムってさ。さっき突っ込んだ卵焼きは既に影も形もない。鉄骨すら秒で食らうからな。
「もう! コウちゃんの照・れ・屋・さん!」
イラッとした。なんかすごくイラッとした。
「ねぇ……スケ……これも食べてみてよ」
「お、おう。…………旨い……ぞ?」
「……うん……えへへ」
くはっ! このバカップルめ! このバカップルめぇぇぇ! 角砂糖ぉぉぉ! 角砂糖ぉぉぉぉぉぉ!
こんな感じでお昼はいつもストレスフルだ。お弁当はすごく美味しいのにいつも甘過ぎるのだ。
そしてしばらく甘い拷問を耐えて……。
「うへへへへ、コウちゃんの使用済みお箸……うへへへへ」
今は食後の一休みという所だ。今日も僕は耐えきったのさ。角砂糖をね。
「……便利っちゃ便利なんだろうけど……」
「コウ君、毎度の事だけど……いいの?」
食べ終わったお弁当箱とお箸は今、姉の体内にある。紅いプルプルの中には浮かんでるように見えるお弁当箱とお箸が、謎のスライムパワーで洗浄中だ。きれいになるからと僕はいつも諦めてる。そう、諦めてるのだ。
「……やらないと拗ねてメンドイ」
すごくメンドイからね。うるさいしウザいし。束の間の平穏の代償と考えれば安いもんさ。
……お箸を流しで洗ったらガチで泣かれたからな。あれは大変だった。
「……コウ……今度エッチな本……貸してやるからさ。元気出せ」
「……」
みっきーがすごい目でスケを睨んでるんだけど。本当にこいつらはさっさと結婚すればいいのに。
これが僕の日常だった。ちょっとエッチな友達に真面目で奥手なその相棒。そしてスライムの変態……姉。
毎日姉さんに書き換えられてる日記も大体がこんな感じだ。でも……今日は少し違った。それはきっとこの先を予兆するような変化だったのだろう。
それは停滞の終わりで……僕の少年時代の終わりでもあったのだから。
お昼休みがあと少しという所で姉は泣く泣く自分の教室に帰っていった。あれで一応姉なので一つ上の学年だったりする。どんな授業風景なのか……僕は怖くて見ていない。話によると至って普通らしいけどさ。
そんな訳で暫くは平穏の筈だったんだけど……。
「はっ、化けもんと一緒にいるなんて正気じゃねぇよな」
「だよなー」
「ぎゃははは!」
そんな悪意が僕らに聞こえよがしに向けられて来たのだ。
それは同級生の………………誰だっけ。
「……コウ気にすんな」
「そうよ。未だにあんなことを言うなんて……どれだけ常識知らずなのかしら」
教室の空気がなんだかギスギスしている。悪意が更なる悪意を生んでいるような、そんな善くない空気だ。
「俺ならスライムが家族になるなんて我慢できねぇよ」
「俺もだなぁ」
「俺も。それなら死んだほうがましだっつーの」
そしてまたゲラゲラと笑い出す…………誰だっけかなぁ。三人もいるのに全く思い出せない。でも僕の胸には嫌な炎がチラチラと燻り始めていた。
「まて、コウ落ち着け」
「そうよ。その手の物をとりあえず下ろして」
慌てているような二人の言葉にふと我に返る。いつのまにか僕の手には……椅子があった。振りかぶられた椅子があった。それは教室の床に転がっている三人の男子生徒に向かって振り下ろされようとしてた。
男子生徒達は一様に怯えた目で僕を見上げていた。
僕は……いつの間にかこの三人の前に移動していたようで……椅子を振り上げていた。それは……つまり……。
「三回振り下ろせばモーマンタイ?」
頭に当てれば更にグッド?
「落ち着けコウ! そんな馬鹿相手にすんな!」
「そいつら……他のクラスの落ちこぼれよ。ろくに顔を見たことが無いもの」
……だから名前が出てこないのか。教室はいつの間にか静かになっていた。誰しもが息を潜めて僕を見ていた。
「……」
それは恐怖の目だった。それは……異質な物を見る目だった。
「て、てめぇも化けもんだ!」
「化けもんと一緒にいるから化けもんになったんだ!」
「お前もまともじゃねぇ!」
がしゃん。
「ひぃぃぃ!」
椅子が落ちた。それは男子生徒達の近くの床に大きな音を立てた。男子生徒達は這うように教室から逃げていく。それを僕はただ見送るだけだった。
手の先が冷えていく。足の先が冷えていく。でも胸の奥底は溶鉱炉のように煮えたぎっている。僕は……。
「……コウ気にすんなよ。あれは悪意の塊だ。まともに相手しちゃダメだ」
いつの間にか肩に手を置かれていた。暖かくて大きな手が。
「……あれの対処は私に任せなさい。だからコウ君は暴力禁止」
そして目の前には漢の背中を見せるみっきーがいた。ああ。そうだ。僕はいつもこの二人に助けられていたんだ。ずっと昔からこの二人は僕を助けてくれていた。
「……ごめん。少し頭に血が上っていたみたいだ」
あんな……あんな姉でも僕の家族。大切な家族……だからかな。体が軋んでる気がする。胸の熱さが手先に流れて行く気がする。でもこの胸の奥底は……。
「少し、じゃないがな。まぁ未遂なら問題無いか?」
「もうすぐ授業だし……とりあえず片付けて誤魔化すわよ」
倒れた机と椅子を直し終えた所でチャイムが鳴り響いた。この席の人には申し訳ないと思う。でもやっぱり名前は浮かんでこないんだよなぁ。
……僕は……やっぱり壊れているんだろうか。
同級生の名前すらろくに思い出せない……いや、記憶出来ないのだから。
「床にヒビが入っているけど……無視しとけ」
「いいわね?」
「ひぃぃ!」
スケとみっきーが男子生徒を脅してるような気がするけど多分気のせいだ。二人は優しいからね。男子生徒は震えてるけど……多分気のせいだ。
「あ、あの……椅子が壊れて……」
「あとでなんとかする。一時間ぐらい我慢しろ」
「ひぃぃ!」
……気のせいじゃないかも知れないなぁ。
そして始まった午後イチの授業。
それは法律の授業だった。
「えー、君らも知っての通り、今は異種族……巷ではファンタジーさんと呼ばれる人達が、この世界にやって来て暫く経つ。当初は揉めに揉めたそうだが今の状況を見るようにこの国は彼等と上手く付き合えている方、と言えるだろう」
いつもなら眠くなる授業だけど、みんな真剣に授業を聞いている。みんな……真面目だなぁ。
「今でこそ仲良く共存出来ているが、ここに来るまで多くの人達が尽力した結果でもある。そしてそれは隣国を見れば分かると思うが……いや、既に滅んだ国を責めるのはフェアではないな。この国は間違いなく彼等なしでは立ち行かない。しかしそれは彼等に支配されているという訳ではない。それは何故か……井上」
「ほぇ!? は、はい。えっと……友好条約を結んだから……ですか?」
すまん井上君。壊れた椅子はガタガタだろうに。しかし運が悪いな井上君。まさかのノールック指名とは。
「そうだ。正しくは両国友好修交ラブラブ条約だ。先生もこの正式名は本当にどうかと思うがなぁ。そもそも彼等の国がよく分からんし……まぁしかしだ、この条約、名前はアレだが極めて平等というか上手いこと出来ている。田中……そうだな?」
「え? 僕は父の正気を疑いましたよ?」
いきなりラブラブってねぇ? しかもスライムとか。
「……あ、ああ。当事者は確かにそうだろうな。済まん」
僕が謝られても……どうしたらいいんだろうか。心なしか教室の空気も微妙だ。
「この条約は守るというよりも互いに支え合う関係だ。彼等はこの世界で平穏に過ごすことをその対価として技術の提供を。我らは彼等を受け入れ共に生きることを条件に国の延命を。まだ数は多くは無いが結婚して子を成してるカップルも最近は増えてきたからな。国民性なのか、今のところは上手く付き合えていると言えるだろうな」
……子供かぁ。弟妹……出来るのかなぁ。というか……いや、考えないでおこう。
「日本が昔のように何不自由ない生活を送れているのは間違いなく彼等の技術あっての物だが、それは彼等無くして成り立たない。それを決して忘れてはならない。そこに必要なのは互いへの感謝と思いやり……と条約は明言してる。義務や責務は全く書かれていないがな」
何だか先生は呆れ混じりだ。
「歴史上最も適当な条約とも言えるが……それがファンタジーさん達の気性なのだろう。国の約束というよりも信義の問題だな。だからこそ決して裏切れん。みんなはピンと来ないと思うが先生の小さい頃は本当に末期だった。この世界は確かに死の寸前だった」
先生は五十代のナイスミドルだ。意外と女子生徒に人気がある……けど名前がやっぱり出てこない。
……もしかして僕って名前が覚えられないだけなのかな。
「そんな時にいきなりファンタジーがやって来て……まぁ大混乱になったんだが、それを経験して今がある。法律でファンタジーさんへの差別や迫害を止めさせる物が無いのはそういう理由でもある。態々明記するのはむしろ失礼だとな。当然の事柄を法で縛るほど愚かな事はない。でもそれでも……拒否反応を示す者もいるのが人間の悲しい所だな」
先生が泣きそうな顔をしたところでチャイムが鳴った。
「む、もう時間か。この辺は試験には出ないが一般常識として知っておいて欲しい。今の生活は本当に砂上の楼閣のような物だと……いや。とにかくみんな仲良くすればそれでいい。それだけだな」
うーん。ナイスミドル! ムキムキでもないけど女子に人気なのも頷ける。
「あと、井上」
「ふぁい!?」
……あれ?
「……空き教室にある椅子を使え。壊れた椅子を無理に使うな。無いとは思うが……いじめではないよな?」
先生が視線を向けたのは委員長っぽいみっきーだ。なんか……委員長が気まずい顔してるけど……やっぱりバレてたかー。
「壊したのは僕なので僕が替えときます。いじめではない……かと?」
手を上げてゲロった。いじめは被害者の証言が第一だからね。加害者は自分に都合の良いことしか言わないもんだ。そこはテレビでやってた。僕もいじめは駄目だと思う。
「……はぁ。何故そこで疑問符なんだよコウ」
頭を抱えるスケには悪いとは思うけどさ。逃げるのは駄目だと思うんだ。
「……田中が犯人か。とりあえず放課後職員室に来るように」
「はい」
椅子を壊したのは確かに僕だから……仕方ないよね。
「ええっ!? あ、あの、いじめじゃなくて、でもいじめが原因ではないかと聞かれるとそれを否定するのも吝かではないと言いますか……」
井上君よ、少し落ち着いて欲しい。その説明だといじめだよ。めっさ、いじめはあったことになるよ。
「他のクラスの奴が喧嘩を売ってきたんです。それにコウが反応して井上君の椅子は犠牲に」
スケ……ナイスフォローだよ。すごいや、あの出来事をたった二行で説明するなんて。クラスのみんなも頷いてるし。みんなもいい人だなぁ。
「……なるほどな。それでこのひりついた空気だったか。どのみち田中は出頭だがな」
「ですよねー」
やっぱり放課後先生にこってりと絞られることになった。まぁ仕方無いさ、うん。
やぁ! 青春って……切ないよね。