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第2プルプル 登校風景

 やぁ! 二話目だよ。


「それじゃ行ってきまーす」


「はい、行ってらっしゃい。車には気を付けるのよ?」


 今日は憂鬱な月曜日。でも学生の身としてはちゃんと遅刻せずに行かないと駄目なのだ。


 玄関にはいつも母さんが来て、お見送りしてくれる。本当に母さんはすごいと思うんだよ。母さんは。


「ふっふっふ。私が一緒にいるからモーマンタイよ! じゃ、行ってきます」


「うふふふ、ええ、二人とも行ってらっしゃい」


 そうなんだよねぇ。姉も一応高校生として学校に通ってるんだよねぇ。しかも僕と同じ学校に。


 ……スライムなのになぁ。スライムなのに結構な秀才で……僕は本当にどうしたらいいんだろうねぇ。


「へい! マイブラザー! …………だっこー」


 足元には、ぷるぷるな紅いスライム。まだドアすら開けてないのにこのスライムはだっこをねだってくる。可愛らしく言うところが、なんともあざとい。


「……父さんパス」


 どうか僕に家長の力を見せてくれ。


「いや、父さんの職場に連れてっても仕方無いだろう。じゃ母さん……行ってくるよ」


「うふふふ、はい……あなた」


「チューね! 行ってきますのチューね!? コウちゃん私にもチューを! 熱烈でアダルトなチューを!」


 バタン。


 僕は玄関のドアを開けて自由な世界へと飛び出した。夫婦がラブラブなのは良いことだよ、うん。でも……母さんはスライムなんだよねぇ。父さんは勇者だよ。


「うん、今日も空が綺麗だね」


 手をかざして空を見上げると多少の雲があるけれど、空の青さはまるで夏みたいに綺麗だった。空を見上げるのは日課みたいなもの。何となくあの青い空を見てると心が落ち着く気がするんだ。


 ガチャ!


「コウちゃん照れてないで私にもチューしてよぉぉぉ!」


 よし。今日は朝から走ってみよう。リュックサック装備だから問題はない。


「あ、コウちゃんたら……そんなにキャッキャッウフフで捕まえて欲しいのね。お姉ちゃん……頑張っちゃうから!」


 ……スライムって俊足なんだよね。走って三分も経たずに曲がり角ですぐに捕まった。まぁいつもの事だ。本当に……いつものね。





「はぁ~。愛する人の腕に抱かれて運ばれる女のシアワセ……お姉ちゃん、ちょっと溶けていい?」


「道路に捨ててくけど……構わないなら」


 学校へ向かう道は住宅街と商店街を抜けてズンドコ歩く事になる。一応徒歩圏内で二十分ほどで学校へ着く。丁度ゴミ捨て場を通るから問題は無さそうだ。


「コウちゃんのイケズゥゥ~」


 変態なスライムを抱いて登校する。これが僕の毎日の登校風景だ。地元ではかなり有名で新聞にも載ったらしい。


 ……僕の写真は目のところに黒い線があって、まるで犯罪者みたいだったけどね。許可とかまるで無かったし。あれはアウトだと思うんだよなぁ。でもそんなことで有名になったせいか、この辺りは異種族の人が沢山住む地域になった。


 ……でもスライム率はかなり低いんだよねぇ。見掛ける人は皆、人間タイプだったよ。変わり処でもケンタウロスとかね。


「あ、コウちゃんストップ」


 トコトコと歩いていた僕は丁度十字路に差し掛かっていた。そこで僕の腕の中でエンドレスもにもにをしていた紅い物体が硬い声を出したのだ。


「……なに姉さん」


 いつもは変態なスライムだけど、あの母さんの娘だ。やるときはやる……というか、僕と居るときだけが変態らしい。納得いかないよ。全くもってね。


「…………気をつけて。ここを通ろうとすると何かが起きそうよ」


 ……何かって何よ。

 

「また漠然とした説明を……見たとこ犬の糞は落ちてないし、水溜まりもない。鳥は……居ないね」


 辺りを慎重に見渡しても玉に車が通るくらいだ。危険なファクターは特に見当たらない。


「コウちゃん……ゆっくり慎重に行くわよ」


 このスライムが真面目モードな時は大抵ろくでもない事が起きる。犬の糞を踏んだり、落とし穴に落ちたり、鳥の落とし物がジャストミートしたり。出会って最初のうちは忠告を無視してたけど被害があまりにも甚大だったから真面目な時はちゃんと言うことを聞くことにした、という経緯がある。


 ……僕の事を心配して教えてくれてるのは分かっていたけど気持ちが付いていかなかったんだよ。僕も若かったなぁ。そしてウンコ……踏みまくった。


「……十字路……車の飛び出しかな」


 思わず交差点直前は摺り足で進んでしまう。流石に車は怖い。交差点まであとほんの少し……。


「コウちゃんってわりとビビりよね」


「交差点にこれを投げ込めば何か分かるかな」


 歩道のない道だから車道そのものといえる。車に轢かれてもぴんぴんしてるこれならばきっと。


「コウちゃんのドエス~! でも……本当に気を付けて」


 姉さんの声音はいつもとは打って変わって真剣なものだ。これには僕も警戒せざるを得ない。交差点に進入する……という所で足を一歩踏み出してすぐに引っ込めてみた。


 ドキュン!


 途端に異音と共に突風が僕を押し倒した。まるで電車が目の前で通過するような吸い込まれる感じと、そのあとにくる暴風だ。


 巻き上げるような暴風に僕は思わず転んでしまった。尻から落ちた。超痛い。


 それは目にも止まらぬスピードで何かが目の前を通過していった事によって発生した爆風だった。あまりにも早すぎて僕の目にはその正体が掴めなかった。でもサイズ的に車ではなかった気もする。暴走バイクかなぁ? でも排気ガスの臭いはしない。むしろ香水のような甘く懐かしい香りが残っている。今もふんわりとね。


「大丈夫? コウちゃん」


 ずっと腕の中にいた姉さんは心配そうに僕を見上げていた……のかなぁ? スライムだから断言は不可能だよ。


「…………お尻が」


 顔面から地面にダイブするよりはマシだろうけど……尻餅……アスファルト……はぅぅぅ。脳天までズンと来た。尾てい骨が響いた。今の僕は路上に赤ん坊のような座りかたをしている高校生だ。でもまだ立てない。お尻が痺れてる。正直泣きそう。


「今のは……暴走ドラゴン娘よ。危なかったわ」


「姉さん適当言わないでよ」


 真面目モードの悪用は止めて欲しい。特に今はね!


「食パンを口にくわえてたわよ? あれはラブコメ病の典型的症状よ。あれにかすりでもしていたら……今ごろコウちゃんは死んでいたわ」


 ……マジなのかなぁ。判断に困るよ。でもボケているようにも思えないし。突っ込み処は満載なんだけどね。なんだろう、ラブコメ病って。


「なんにせよ……コウちゃん立てる?」


「うん。なんとかね」


 この状況でも腕から下りない姉はすごいと思うけど……なんとか立ち上がった。お尻には高確率でアザが出来てそうだ。


「なら早く学校へ向かうわよ。あのドラゴン娘が追いかけてきたら面倒すぎるわ」


「……え、なにその唐突なイベントは」


 僕も困惑するしかない。意味分かんないからね。でもその時、遠くからクラッシュ音が聞こえてきた。まるで車の事故のような派手な衝突音が。


「……あれって」


「事故ったわね」


 なんか怖くなったので急いで学校へ向かう事にした。ここで見に行くような野次馬根性は僕には無いのだよ。





「はっはっはー! 諸君……今日も元気そうで何よりだ。はっはっはー!」


「校長先生お早うございまーす」


「うむ、お早う! はっはっはー!」


 僕の高校には名物と言える校長がいる。朝夕の登下校に合わせて校門に立ち、挨拶をしてくるボディービルダーな校長だ。流石にパンツはブーメランではなくてトランクスタイプだけど装備はそれだけという浅黒いマッチョモンスターだ。


 ……この学校、公立なのにすごいよねぇ。しかも冬でもその格好。体はオイルか何かでテカってるし。挨拶に合わせてポーズも取ってるし。でも生徒の人気は馬鹿みたいに高かったりする。


「お、田中姉弟か。お早う。今日も仲良しで善きかな善きかな」


 今更だけど僕の名字は田中だ。田中孝悌(こうてい)、それが僕のフルネーム。変な名前だと自分でも思うけど……姉よりは遥かにマシだろう。


「お早うございまーす。私達姉弟はラブラブですからー!」


 そして腕の中で踊り出す紅いスライム。ちょっとむず痒い。


「姉さん捏造しないでってば。お早うございます校長」


 見た目は浅黒くてテカテカしてるパンツ一丁の変態だけど、この姉を学校に受け入れたすごい人なんだよね。


 ……なんでこれで校長なんて出来るんだろう。学校の七不思議の一つだよ。


「はっはっは、恋愛……大いに結構! 青春は思う存分堪能せねばな!」


 ポージングしながら高笑いするテカテカマッチョ……いや、本当にこれが校長でいいのかなぁ。横を通りすぎていく他の生徒達も白い目というか……。


「きゃー! 素敵ですわ校長ー! というわけで公認されたんだからスクールラブするわよ、コウちゃん!」


 腕の中の紅いスライムはそれはもうぷるんぷるんと荒ぶりモードだ。


「そうだね。焼却炉デートしようか」


 今はハイテクの時代で有害な物質もちゃんと濾過されるフィルターが付いてるから、きっと大丈夫だ。証拠もきっと残らない。


「……いやん、そんな所でこんな可憐なお姉ちゃんに一体なにするつもりなの……でも……嫌じゃないわ! ばっちこい!」


 男前な姉さんになんかもう疲れてきた。えーと……姉さんの教室は……あ、窓が開いてるね、よし。


「どりゃー!」


「みぎゃぁぁぁぁぁ!」


 紅いスライムは見事な放物線を描き、二階の教室の開いてる窓へと吸い込まれるように消えていった。それはさながら流星のようだ。紅い彗星……あ、なんか危険な感じ?


「ふぅむ。いつもながら見事な遠投。天晴れなり!」


 背中と肩の筋肉を強調させながらポージングする校長だ。すごいよね。普通は止めたり注意したりすると思うけど。そこが校長の人気の秘密なのかな。


「……いつもやってるとはいえ自分でもびっくりですよ」


 自分でも器用な事をしてるなぁと思う。スライム投げ選手権という物があれば、僕はきっと世界一のスライムシューターになるだろう。ま、そんな大会絶対に出ないけどね。 


「では、僕も教室に行くので」


「うむ、励めよ青春!」


 本当になんでこんな人が校長なんだろなぁ。嫌いではないけどさ。



 ……いや、校長はいい人ダヨ? ホントダヨ?

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