第18プルプル そして終幕
やぁ! 十八話だね。一応ここで本編は終わりさ。あと一話あるけどそれは挿話なのさ。ここまで来てくれて感謝するよ。さ、行くといい。
流石に色々あったので僕と父さんはホテルに向かう事にした。ようやく時間はお昼過ぎという、あまりにも濃すぎる半日だ。体は溌剌でエネルギッシュだけど精神はもうヘロヘロだった。
「母さんたちは先にホテルに向かったぞ。お昼をホテルで食べたら……休んだ方がいいな」
僕と父さんは瓦礫の道を歩いていく。破壊の余波はこんなところまで届いていたのだ。
「……うん。精神が疲れてるよ。怖いくらいに晴れ晴れとした気分で本当に自分の精神が大丈夫か疑問だよ」
精神が疲れてるはずなのに心は全開ハッスルだから自分でもよく分からない状態だった。
「ファンタジー治療はそこがなぁ。精神が耐えられないか」
「だからあんなに厳格な運用なんだね。謎がようやくひとつ解けたよ」
瓦礫の道をトコトコ歩く。父さんと二人でトコトコ歩く。瓦礫の片付けをしてるのはファンタジーさんで大きな瓦礫を素手で持ち上げて運んでた。
見ないように、見ないようにして歩く。歩くしかない。
「……大丈夫か、コウ。顔色が悪いぞ?」
「父さんはファンタジーに染まりすぎだよ!」
そんな感じで親子仲良くホテルに向かった。ホテルに着いた僕はロビーでソファーに座った途端、寝落ちした。そして目が覚めたら翌日の朝だった。
驚きの時間旅行だったね。
ベッドの上で目が覚めたから、父さんが運んでくれたのだと思う。何故か同じベッドに紅いスライムも寝てたけど、それはいつもの事だから気にしなかった。
そして父さんと母さんも起き出してきて、ここに恐ろしいファンタジーワールドの二日目が幕を開けたのであった。
さくっとダイジェストにすると特にアクシデントは無かった。朝御飯をモリモリ食べて、遊技場エリアで遊び回って、気が付いたら夕日が差してたのだ。
……楽しい時間はあっという間に過ぎると言うけどさ。前日との差があまりにもありすぎたので僕は昨日の記憶を封印することにした。さらばヒジカータ。今の僕は少年探偵団さ。タナカ少年なのだ。あ、でも女装はしないぞ? そこは大丈夫だヒジカータ。
あれだけ破壊の限りを尽くされた遊技場エリアだったけど朝には綺麗さっぱり元通りになってた。ファンタジーのパワーを目の当たりにして僕は痺れたね。魔法ってパネェ、とな。
暴れまくったタヌキなお姉さんとは結局会えず仕舞いに終わったけれど……多分それで良かったと思う。きっと運命という物があるのなら僕と彼女はまた会うことが出来ると思うから。
それがファンタジーだよね。
紅いスライムは全く反省してなくて本当に困ったけどさ。両足骨折の犯人でもあるのにラブラブ度は更に増してたし。
そんな訳で僕の濃厚な土日ファンタジーはこうして終わりを迎えたのであった。
そして今日は憂鬱な月曜日。いや、思い出したんだよね。色々と。置き去りにして来た問題が学校には沢山あるって事に。
まぁ、あれだ。ぶっちゃけるとペットと校長だ。
……めっちゃ怒られるだろうなぁ。学校に行きたくないなぁ。憂鬱だなぁ。でも行かないとそれはそれで不味いよなぁ。
……はぁ……本当に憂鬱な月曜日だ。
「……現実逃避はこの辺で本当に行ってきます」
長い現実逃避だったなぁ。昨日が楽しかったから尚更行きたくないなぁ。というかすごい長い現実逃避だったな、おい!
「ええ、いってらっしゃい。車に気を付けてね」
母さんはいつものように玄関までお見送りしてくれる。ポヨンポヨンとね。
「愛するコウちゃんは私が守る! ついに相思相愛となった私は無敵よ!」
姉さんもポヨンポヨンしてるけどこれは……いいや。
「じゃ」
パタン。
玄関の扉を開けて僕は世界に羽ばたいた。
僕はまだ思春期だ。イチャイチャとか無理。というかスライムとイチャイチャとか無理。恥ずかしくて死ぬる。
ふぅ、こんなときは空を見るのだ。
相変わらず空は青くて綺麗だ。日差しがキラリと眩しいけれど、あの空はやっぱりこうでなくてはね。
……ん? 何か……いや、気のせいか。雲が人工物に見えた気がした。なんというか……フランスパン? 雲だからなぁ。生クリームの乗ったフランスパン……口の中が血塗れになるんだよなぁフランスパン。
よく売れ残りで半額になるけど……。
「……そこのペットなコウ君や」
……よし、逃げよう。金髪の不良に朝から絡まれるなんて危なすぎるからね。家を出てすぐに待機してるとかどんだけよ。
「あらあらどこに行く気かしらペットのコウ君は」
くっ! 仁王様に回り込まれた! 逃げられない! かくなる上は……。
「……わん」
僕は犬になる。イメージ的にピレネー犬だ。わふ。チワワは……悲しくなるから止めた。
「……あっさり陥落するなら逃げんなよ」
「あと私の後ろを見てる気がするのだけど……」
「いやぁ、なんでもわんです。わん」
仁王様が見えてるなんて言えないし。口が裂けても言えないわん。
「…………いつものコウだな」
金髪のチャラ男は僕をじっと見たあとでそう言った。
「……そうね。何となく大人びた感じも……しないけど全く」
そして仁王様を背負った委員長には全否定された!?
「しないの!? 色々在ったんだよ!? 本当に色々と!」
あんなことにこんなこと……すぐに思い出すのはキツい物が沢山。僕は大人になったんだよ。この世界の厳しさをこれでもかと知ったんだよ! 今の僕は新生なのだよ! ふはははは!
「はいはい、じゃ学校に行こうか」
「軽いな!? まぁいいけど」
確かに家の前で騒いでる訳にもいかない。金髪のチャラ男……名前なんだっけか。
「……今日は……お姉さんは?」
仁王様がおずおずといった体で聞いてきた。仁王委員長か、それとも委員長仁王様なのか……むむむ。みるきーだっけ? におるきー? にょるきー?
あ、にょっきーだ!
「そろそろ出てくるから……っ!」
僕が説明しようとしたその瞬間、玄関のドアがバタンと開けられ、中から紅い物体がすごい勢いで飛び出してきた。
「コウちゃーん! お姉ちゃんとランデブーするわよー!」
それは紅い彗星だった。
「すぅぇい!」
当たると明らかにヤバそうな勢いで飛び出してきた彗星、いや紅い砲弾をスウェーで辛くも避ける。マトリックス避けだ。
背骨がボキボキ言ってるがなんとか避けられた。紅い彗星が通りすぎた際の爆風が顔面に当たる。その威力はまるで叩かれているみたいだった。
「なんの! お姉ちゃんトライアングル!」
「ぐぺっ!」
空中で三角の軌道を描き、紅い球が空から腹に突き刺さる。それは無い。それはやっちゃいけない動きだよ。
「お、おいコウ! しっかりしろ!」
「……アスファルトでバウンドしたわよ?」
「いや! コウちゃん! 愛するコウちゃん! 死なないでー!」
……いや、犯人……お前……ガクッ。
僕の意識は闇へと落ちていった。
「……これは人工呼吸よね。合法よね。チャンスよね! コウちゃんの唇を蹂躙するまたとない機会だわさね!?」
「……あの、お姉さん? コウが……」
「危険な痙攣してますけど……病院に連れていかなくていいんですか?」
「……あ、ほんとだー。仕方ないなー。轟けお姉ちゃんの愛よ! 煌めけエクスタシー! 肉欲愛憎ラブヒール!」
「え、なんすかそのヤバイ詠唱みたいなの!? あと何その光!?」
「……魔法!? そんな……こんな間近で見ることになるなんて……」
……と、いうような事があったらしい。僕が気を失っている間にね。よく分かんないけど姉さんは魔法使いになっていた。間違っても魔法少女なんて呼んでやるものか!
目が覚めたとき、僕の内臓はキチンと治っていた。背骨もスッキリ。キスを迫るスライムを振り払えるくらいには体も万全だったとも。
僕を治したこの不思議な力。まぁ便宜上回復魔法としておこう。
この回復魔法……姉さんがルー○して直談判した結果得た力らしい。この力で僕の為に貢献し、一定の成果を出したら……その時にまた査定をして変身の許可を考える、という事になったそうだ。
意外と緩くね? 罰だよね? それで良いのかと僕ですら思ってしまうけど。あと回復魔法よりも怪我させないように戒めとけと僕は思うね、強く!
というか肉欲愛憎ラブヒールってどうよ。何よ煌めけエクスタシーって。……エクスタシーって本当に何?
少女のように目を輝かしていた仁王様、にょっきーに聞いたら思いっきりグーで殴られたんだけど。超痛かったんですけど?
ひとまず僕は姉をその腕に抱き、学校に向かうことにしたのであった。超、頭痛いけどね。何で回復してくれないのか甚だ疑問だったよ。
恐れていた審判の時がやって来た。そう、ここは学校の校門。朝日に輝くマッチョが見える。
「はっはっはー! 今日も元気かね。ぬぅん! キレてるかねー!」
……あー、キレてるー。すっごいキレてるわー。今日も校長はギンギンだねぃ。今日もトランクスが……あら、南国的。
「おはようございます。では」
僕は校長に対してすごく不義理を働いた気がする。なので、とっても気まずい。ここは駆け抜けるのがベストチョイスだ! きっとね! という訳で横をこそこそと……。
「待てぃ! 田中姉弟よ。先生……本気で頑張ったぞ! とりあえず船の支度をしてある。田中君はパスポートを持っとるかね?」
回り込まれた! ズザザザーってマッチョに回り込まれた! しかも親身だよ!
「……いえ、海外に行ったことも無いので」
ヤバイ。あっさり捕まった上にめっちゃ亡命な気配がする。校長……頑張りすぎだ!
でもどう説明したらいいんだろう? だって現状……何も変わってないんだ。僕の立ち位置って。
何一つ解決はしてないんだよ。そういうわけで校長に何と説明したものか。父と和解? いや、多分これからも僕は襲われ続ける気がするし……どうしよう。
悩む僕を尻目に校長は腕を組んで何故か納得したように首を振っていた。
「だろうな。今の世界情勢で海外旅行なんて危険すぎるからな」
いや、多分僕をその海外に連れ出す気ですよね。船とか言ってたし。
「あの、校長先生とコウは一体なんの話をしてるんすか?」
……うむむむ。支配からの卒業、的なものか? ヅラを取った……なんだっけ。イケメンも困り顔だよ。僕も困り顔だけど。
「……田中君の未来は私が守る!」
……いや、校長。ポージングはしなくて良くない?
「駄目よ校長! コウちゃんは私が守る!」
……いや、姉さん。目の前のマッチョに対抗して腕の中で荒ぶらないで?
「なんと!? しかし私は退かぬ!」
いや、だからポージングは要らないって。
「ぐぬぬ! 私も退きません!」
……なんだよ、これ。
「はっはっは。そうか。無事解決したのか! はっはっは。それは重畳!」
「うー、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
結局話すことにした。校門で登校してくる生徒を横目に地面に正座でね。だって校長……少し老けてたんだもん。いつもに比べて肌に艶も無かったし。すごく頑張ってくれたんだなってすぐに分かってしまったんだ。
「……そうか。いや、上手く収まったのならそれが一番だよ。やはり家族は家族だからね。また何か辛い事があればいつでも言いなさい。先生はみんなの味方だからね。ぬぅん!」
すごく優しくていい人なんだけど……ポージングは止めてくれないかなぁ。本当になぁ。本当にいい人なのに。そこがなぁ。
「……ちょいとお姉さん。マジっすか? あの魔境と言われる富士の溶岩湖にコウが殴り込み掛けたって」
「私もぶったまげたけど本当よ? すごい行動力よね。しかも溶岩湖を乗っとるつもりだったのよ? テロ組織並みの思考よね。流石私のコウちゃんだわ」
「……あの日居なくなってからそんなことをしてたのね。呆れた」
背中にはギャラリーの言の葉がガスガスと当たっているけど、完全無視だ。あれは僕ではないもう一人の僕の仕業なんだよ。そう……暗黒僕の仕業だ。あんこくぼく……なんだか食べ物みたいな響き。
あ、姉さんは正座するときにぶん投げといた。だから僕の腕はフリーだ。土下座に邪魔だったからね。
「あそこって普通に行くと絶対に辿り着けないって聞いたんすけど?」
「確か駅やバスに魔法が掛かっていて資格の無いものは道中で弾くって、私も聞いたわ。溶岩湖のホテルは異世界ファンタジーそのものって触れ込みで特別入場チケットにはプレミアが付いてるのよ」
……にょっきーはよく知ってるなぁ。僕、ほとんど知らずに行って度肝を抜かれたよ。
……普通に行けたけど……あれ? どういうこと?
「ホテルのスイートから溶岩湖を望み、愛を誓ったカップルは永遠にラブラブ出来るって……」
にょっきー……乙女だな。声が嬉しそうに跳ねてるよ。
「……なぁ、ちなみにスイートってお値段どんだけ?」
お、男を見せるか……えっと……も、モルヒネ! 多分この名前だ!
「八十万からよ? しかも素行調査必須」
あ、崩れ落ちた音がする。イケメンのモルヒネが崩れ落ちたよ。確かに学生にはハードル高いよねー。八十万ってすごい。にょっきーは容赦ないねぃ。
「あ、学割あるよ? あと割引チケットあるから使う? 多分価値観とか常識とか粉砕されちゃうけど」
姉さん……本当にしっかりしてるんだよね、変なとこで。てか、そんなチケットあったんだ。意外と人間にも人気なのか。昨日までいたけどファンタジーさんばっかりだったのに。
「ふむ。先生も興味があるな。話だけで実際にそこに行った者を私も知らないからな」
校長もマグマりたいのか。富士山の溶岩湖って意外と穴場だったんだな。でも行った人は沈黙すると思う。うん、きっと黙るもん。あのマグマアスレチックとかね。マグマ水上オートバイとかね。ファンタジーに価値観と常識を殺られるからね!
「でも……そんなに来る人を選ぶような場所だったの? 授業ではそんなの一言も言ってなかったよ?」
僕が知ってるのはあそこが富士山の噴火を抑えてるってことだけだ。だからあそこに行ったのに。観光地になってるってのは確かに習ったけど。でも来る人を選ぶなんて一言も聞いてない。
「……いや、授業で観光地の詳しい説明とか普通しないって」
「私も雑誌で知ったから……ゼクシ○ね」
「ぶふっ!」
……すごいな、にょっきー。ガチだよ。モルヒネが確実に追い込まれていくよ。怖ぇー。
「あそこにはチャペルもあるし、神社もあるから……コウちゃん」
何故かスライムに振られた。これを応えるのはハードル高いって。
「……あの街並みで神社って浮いてないかな」
中世ヨーロッパファンタジーだよ? あ、でも和風エリアもあったような……そこまで見て回れて無かったけど。
「マグマの中にある神社だからむしろ沈んでるわ! お姉ちゃんは文金高島田がいいな~」
「……スライムなのに結えるの?」
確かそれは結い方の名前だし。いや、和装の代名詞でもあるけどさ。どこに髪、いや頭があるのか……未だに僕にも分からない。ボディオンリーの不思議な生命体じゃないのか、スライムって。
「……なぁ、コウがマグマにノータッチなのは……何でだと思う?」
「……さほど問題にもならないって事なのかしら」
「……どうやら本当に一枚皮が剥けたようだな、田中君は」
「ええっ!? コウちゃん……剥けたの?」
姉さんの声音には驚きが……いや、いくら前髪が焦げるほどにマグマに接近したとはいえ日焼けとかしてないし。
「僕は爬虫類じゃないんだけど。まぁ大人になったと言う意味ならそうかも。自分が如何に子供だったか、この何日かで痛いほどに良く分かったからね」
勝手に思い込んで勝手に失望して。果ては多くの人に迷惑を掛けて……恥ずかしくなるよ、全く。
……昨日と一昨日の記憶は封印だ。あれは次元が違う。
「……うん、お姉ちゃん……ガチで反応されると自分の醜さにダメージ受けちゃうわ」
「コウはそのまま育ってほしいな」
「そうね」
その後チャイムが鳴ったので校長と別れ、僕達は教室へと向かうことになった。勿論姉さんとは階段で別れた。離れたくないと喚いたので、ぶん投げておいた。運の悪い見知らぬ先輩の顔面にスライムヒットだったが……まぁ逃げたよ。
そして放課後……ではなくやっぱりお昼。
「……ねぇ、モルヒネ」
「……誰だそれは。いや、俺を見て何故そんな言葉を呟く」
モルヒネは照れ屋さんだったっけ? まぁいいや。すごい真顔だけどスルーしとこう。
「モルヒネは異種族、ファンタジーさんについて詳しいよね? 聞きたい事があるんだけど」
結構な数のファンタジーさんに遭遇したからか、引っ掛かってるんだよねぇ。少しだけ。
「俺の名前は吉良上野介! 愛称はスケ! どこでモルヒネなんてヤバイ名前にすり変わった!?」
「あー、うん。近い近い。でさ、疑問なんだけど」
「近くねぇよ……」
スケは頭を抱えていた。良くやるポーズだけどそういう癖なのかな。無くて七癖……僕はそんな不思議な癖を持っているスケでも決して友達を止めないよ。
「全く近くないけど、何を聞きたいの? 異種族に関してはコウ君程親しんでる人も居ないと思うわよ?」
スケが機能停止してるから妻のにょっきーが代打で聞いてきた。本当にこいつらさっさと結婚すればいいのに。
「うん、にょっきー。あのね?」
「誰がにょっきーよ! 私はみっきー!」
「あー、確かに近いな、それは」
「ふんっ!」
「あごっ!」
あご……拳はボディにめり込んだけどね。このバカップルは、もー。
「あのね? 今まで会ってきたファンタジーさんに男性が一人も居なかったんだけど……スケは雄のファンタジーさんって見たことある?」
「……ぐっ、この状態の俺に聞くか……」
「そういえば私も男性のファンタジーさんって聞いたことが無いわ。どこかに居るとは思うけど」
居るといいなぁ。ケンタウロスとかミノタウロスとか。乗せて欲しい。女の人だとなんかこう……緊張しそうだし。
「あとおばあちゃんのファンタジーさんも僕は見掛けてないんだけど……見てないだけかな」
「……そうね。雑誌でも大人のお姉さんって感じのファンタジーさんは良く見るけどおばあちゃんは……私も無いわ」
「……ふぅ、二人は情弱だな」
スケは涼しげな顔で頭を振った。でも痩せ我慢してるのがバレバレだった。
「スケ、汗を拭きなよ。床に垂れるほどに脂汗どばーだよ」
仁王様の拳がめり込んだからねぃ。
「……全く……手間が掛かるわね。ほら」
ハンケチでスケのおでこを拭いていく少女、それは頬を赤らめるみっきーである。その姿はまさにバカップル。紛うことなきバカプルの姿であった。このバカプルー!
「お、おう。ありが……いや、犯人だよな?」
角砂糖ー! 角砂糖だよー! このバカプルめー!
「それでおばあちゃんのファンタジーさんをスケは知ってるのね? そんな趣味あったかしら?」
「そんな趣味はねぇ! あのな? ファンタジーさんはファンタジーなんだぞ? 肉体の成長はある一定ラインで止まるんだと。つまり永遠の十六才を地で行く感じだな」
「……へー」
あ、みっきーの顔から感情が消えた……。これはアレだな。とばっちりに注意だな。
「それと今まで確認できた男性のファンタジーさんは存在しない。だからファンタジーさんは女性オンリーの種族って認識されてるぞ。まぁ認識というかそういう願望なんだろうけどな。公式発表は何も明言してないから尚更な。男達は夢を見るって訳だ」
スケの熱は止まらない。みっきーの冷気もまた止まらない。気付けよ、スケ。処刑まであと僅かということに。でも僕は止めないけどね。とりあえず黙っとこ。
「……へぇ」
……はぅ!
「いや、すごいぞ? エルフのお姉さまのお茶会なんてマジでファンタジーなんだぞ? もう最高に百合百合しててな」
ユリユリ? なんだろう、そのオノマトペ。ゆらゆらでもなくユリユリ? 言い間違い……ゆらゆらするお茶会って……でもファンタジーさんのことだからブランコに乗ってお茶会しててもおかしくはないか。ある意味優雅だ。すごくエルフっぽい。
ウフフと笑いながらブラブラしてるエルフの姿が脳裏に浮かぶよ。
「……スケ、ちょっと顔貸しなさい」
「へ? いや、えっとこれから昼飯……」
「ちょっと校舎裏に行ってくるわね」
「うん、お昼の支度して待ってるよ」
机をくっつけてー。とりゃー! そろそろ姉さんも来る頃だし。
「ぐあっ! みっきー、そんなとこを掴むのは……コウ! 助けてくれ!」
「どうせ校舎裏でラブラブしてくるんでしょ?」
この二人……もう結婚しちまえ。見せつけやがって、もー。
「これはラブラブじゃねぇ! ボコボコだ! 絶対にボコボコにされる!」
おぉ、スケは上手いこと言うなぁ。
「ぐぁぁぁぁ! コォォォォォ!」
……そんな叫ばれても困るんだけどねぃ。そしてみっきーはスケを掴んで教室から出ていった。恐ろしいよね。片手で引き摺ってたもん。やはりみっきーではなくにょっきーだよ。
一人になってしまった。でも今は寂しくない。むしろ頬が緩んでしまうね。
「ひぃ!?」
……たまたま近くの……誰だっけ、真新しい椅子に座っているクラスメイト……まぁいいや。その男子に見られていたようだ。何故に怯えるのかね。そんな青い顔でガタブルと。
……にやり。
「ひぃ! ひぃぃぃぃ!?」
ガタガタドゴン!
……男子は這う這うの体で逃げていった。クラスの外へと。椅子と机を倒しながらね。
「……流石に凹むわ」
教室が静まり返ったよ。空気が凍りついてるよ。おのれ……とりあえず倒れた椅子と机は元に戻しておこう。よいしょー。
「お姉ちゃん……正直に言うけどコウちゃんのスマイルは怖いと思うの」
「あ、来てたの?」
椅子を綺麗に机にセットしたところで姉さんに話し掛けられた。既に僕の机の上でポヨポヨしてた。
「コウちゃん……目がね? 笑ってないのよ?」
眼鏡? 笑ってない眼鏡とな? 笑う眼鏡とは一体なんぞ? とんちか? むむむむむ。
「眼鏡……掛ける……笑う……はっ! その心は……ガラスハートってことか!」
すげー。何重にも意味を掛けるなんて……姉さんやっぱりすごい。定型句すら組み込むとか天才か!?
「……お姉ちゃん……たまにコウちゃんに着いていけないわ。愛してるけど……そこは理解不能よ」
「ぬ? 愛してるならいいじゃん。ほら、お弁当出すから少し退いて」
机の真ん中に乗られるとお弁当が置けないのだ。そして今日のお弁当はきっと寄ってるだろう。朝、派手に倒れたし。玉に汁物が入ってるから大惨事の可能性も無くはない。まぁ、お腹に入ればみんな一緒だけどね。
「うん。愛してるけど遠いのよね。って冷静になってる場合ではないわ! コウちゃんに大切なお知らせがあったのよ」
「お知らせ? 言いたい事でもなく……お知らせ?」
なんとも不思議な言い方に僕は頭を傾がせる。姉さんは机でポヨンポヨンだ。
「ええ、コウちゃんの日常がこの先とても荒れる……いえ、荒れそうなの」
紅いスライムは真剣な口調で切り出した。
「……今更じゃない?」
荒れない日はない。断言出来るんだけどねぃ。
「違うのよ! もっと……こう……メスの気配が濃厚なの! お姉ちゃんは不純異性交友とか絶対に許しませんからね!」
「……純粋ならオッケ?」
「私以外はアウツ!」
それはきっと不純の極みだと思うんだけどなぁ。まぁこうして僕の日常は過ぎていく。失って初めて気付いたこの気持ち。スライム姉さんの大切さ。僕の本当の気持ち。
僕は少し前向きになれた気がする。たとえこの先辛い事があっても、きっと前に進める。そんな気がするんだ。
「コウちゃんの体は既にお姉ちゃんが何年も前に予約してるのよ! それを泥棒猫なんかに渡してなるものですか!」
ポヨポヨ!
……前に進めるといいなぁ。いや、ほんと。
本編終わったー! うきゃー! とまぁそのくらい大変でしたわ。
あと一話残っていますが、それはあの人の日常となります。最終話は次回ですよ。
一応この物語は続編を想定して構成したので……人気出ないかなぁ。ポイント三桁いったら書くかなぁ。一応目安程度にはなるし。
とりあえず他の物語も書きたいのでしばらくは様子見になります。
一度『ざまぁ系復讐劇』を書いてみようかと。流行には遅れた感がありますが、そこはサーモンカラーを出していこうと思ってます。
てか、大体の話って似たり寄ったりで……いえ、なんでもないです。みんな頑張ってますからね。書くのって本当に大変なんです。
どんな文でも物語でも。
では次回作でまた。
……あと一話あるからね? 最終話は次回だからね?