第17プルプル 出会い、闘争、余韻
やぁ! 十七話だよ。ある意味ここもクライマックス!
映画館で大量の人形を買ったために僕と父さんは二人の荷物持ちとして使われる事になった。スライムって荷運び向いてないからさ。映画は……見なかったよ。土下座して勘弁してもらった。家にもDVDがあるし。
でも僕は……胸に大きな穴が空いてしまった。
くろれきし、かくさーん。不特定多数にかくさーん。もう僕は世界に居場所なーし。ファンタジーさんにモロバレー。
誰かころしてー。僕をころせー! 殺してくれぇぇぇぇ!
「ほぇ?」
片手に人形の入った大きな袋を持つ僕は中世ヨーロッパの街並みが広がるファンタジー区画をふらふらと歩いていた。ウインドウショッピングするスライムのあとをゾンビのように付き従っていたのだ。まさしくゾンビだ。生ける屍さ。
「……へ?」
もう立ち直れない。だってすごい数のファンタジーさんに顔バレしたし。しかも続編制作中! とかパンフレットに書いてあったし。僕はもう……くろれきしに潰されて生きるしかないんだ。
「ほぇぇぇぇ!?」
「何さうるさいなぁ…………ほぇぇぇぇ!?」
間近で響いた女性の雄叫びに僕はとても驚き、更にそんな自分に大変驚く事になった。
僕は……何故か女性と手を繋いでいた。それは世に言う恋人繋ぎ。指を絡めて……まるで恋人のように絡みあう禁断の恋人繋ぎ。
僕はいつの間にか中世ヨーロッパの街をデートしている恋人のような状態だったのだ。
……見知らぬ人と。
「なに? どうしたのコウちゃん…………なにぃぃぃぃ!?」
「あらあら、コウちゃんたら大胆ねぇ」
「……え、お父さん……紹介されてもいないぞ? そんなに親密なのに……」
僕もテンパっていたが母さん以外もテンパっていた。
「な、なな、何で私と恋人繋ぎしてるんですかぁぁぁ!」
女性が叫んだ。確かにね!
「それは僕が聞きたーい! …………えっと、田中考悌と申します?」
僕も叫んだ。ひょっとしたら……知ってる人という可能性もあった……よね?
「ふぁ!? あ、あの……シュルネリア……です」
知らぬ人だったー! いや、僕の記憶に無いだけで相手は僕を知ってるかも!
「……あ、あの……はじめまして?」
「う……あう……その……こちらこそ……です」
やっぱり知らない人だったー! そして手が熱ーい! なんかぬるぬるするー! 胸がドキドキー!
「おらぁ! なに人の男に手ぇ出してんだオラァ! さっさと手ぇ離せやぁ!」
そこにはヤクザが居た。スライムヤクザだ。
「あらあら」
「……修羅場だな」
「……えっと……その……」
「……はぅ……あぅぅ……」
この時の僕は完全に思考停止してた。ただひたすらに手から伝わる熱さに驚いていた。そして手を繋いでいるタヌキ尻尾のお姉さんの真っ赤になった顔に……僕は見とれていた。すごく可愛いなと、ドキドキしていたんだ。
「ぐらぁぁ! なにじどるんじゃばれぇぇ! ざっざぼぞぎょでぇばなじやがれぇぇぇぇ!」
スライムの叫びはバグってきてた。
「あらあらお姉ちゃんが壊れてるわぁ」
「……もはや何を言ってるのか分からんな」
「えっと……手、離す?」
「……や」
この時、僕の胸は撃ち抜かれた。こんなにも可愛らしい仕草を僕は見たことが無かった。恥じらいながらもきゅっと手を、指を絡めるタヌキお姉さんに僕は心を奪われていた。このまま僕はこの人と……と思ってたんだけどね。
「どらぁ!」
しかし無慈悲にもスライムスラッシュが僕たちの愛を切り裂いたのだ。
「ああっ!?」
「何すんだよ姉さん!」
恋人繋ぎが悪のスライムスラッシュによって断ち切られたのだ。なんて外道な事を!
「何を……だと? 決まってるでしょうが! コウちゃんは私のだぁぁぁぁぁ! この泥棒タヌキめ! 皮を剥いで鍋にしてくれようかぁぁぁ!」
「……いや、僕は僕の物だよ?」
僕もちょっと冷静になった。いきり立つスライムの姿を見て一気に冷静になれたよ。でも……手遅れだったんだ。サイは投げられた。燃え上がる火は……もう止まらなかったんだ。
「……私は……私はリージュネールのシュルネリア! この人は……このお方は私が守ります! リージュネールの名において! あなたのような悪しきものから絶対に守ってみせます!」
「……あぁ? 名乗ったな? いい度胸してんじゃねぇかぁぁぁぁぁ!」
そして……僕は吹き飛んだ。
うん、何が起きたか整理しようと思う。空中を舞いながらね。
僕はショック状態で姉さん達のウインドウショッピングに付き従っていたんだ。
ここまではいい。
映画館を出た僕らはその足で中世ヨーロッパ風味の街並みを歩いていたんだ。お土産屋さんとか並んでたしね。ここを歩いていたのは僕らだけではなくてファンタジーさんも沢山居たのだ。
映画館にも沢山居た。でもそれはとりあえず無視だ。
で、気付いたら僕は道を歩くタヌキのお姉さんと恋人のように手を繋いでいた。問題はここだ。僕もお姉さんも互いに驚いていたから積極的に手を繋いでいた訳じゃない。
でも手を繋いでいた。不思議だ。ファンタジーだよ。
何らかのファンタジーで僕とお姉さんは結ばれた。そしてそれを切り裂いたのが悪のスライムである姉さんだったんだ。
さて……それで何故僕は空を舞っているのかな?
ガコン!
「げふっ!」
何かにぶつかった。体がバラバラになりそうなほどの衝撃が全身を襲った。地面に落ちた……という訳でない。何故ならまるでブランコに乗っているように僕は揺れていたのだから。
「ぐうぅぅぅ……う? ここは……」
痛みに耐えながらも周囲を見渡すと、そこには鉄の柱が乱立する光景があった。鉄柱を複雑に組み合わせているそれは、とても特徴的な建造物だった。
「……ここは観覧車か? これは……ゴンドラの上か!?」
僕は吹き飛んだあと、観覧車にぶち当たったようだった。よく死ななかったと本気で思う。結構な高さでわりとビビった。
「……足が変な方に曲がってる。でも痛みはそうでもないって……ヤバイ証拠じゃんか!」
グラングランと揺れるゴンドラの上、上手いこと引っ掛かったお陰か僕の足はどえらい感じに曲がっていた。袴は捲れて生足ぺろんだったんだ。
でもこれはまだまだ序の口だったんだ。この終焉の幕開けのね。
曲がった足をどうするか悩んでた僕の体をいきなり衝撃波が貫いたのだ。それは観覧車を揺らし、僕の息を詰まらせた。
爆音と共に僕を襲った衝撃波の出所。ゴンドラに掴まりながらそれを見てしまった僕は凍りついたよ。
遠くに見える一人の女性と一体のスライムがバトルしている光景にね。
女性の拳は光っているように見えた。それが振るわれる度に地は裂け瓦礫が舞った。
紅いスライムは高速で飛び交っていた。壁や地面に乱反射して女性に体当たりをぶちかまそうとしていた。
そして紅い砲弾は光る拳と衝突し、また衝撃波と爆音が辺りに撒き散らされた。
既に二人の周囲は酷い有り様だった。まるで爆弾でも爆発したかのような有り様で建物も倒壊していた。中世ヨーロッパがタヌキ尻尾のお姉さんと紅いスライムによって破壊されていったんだ。
「……うわぁ」
その破壊の光景と暴力のすさまじさに僕は言葉を失った。
「きゃー! ステゴロよー! いてまえー!」
「すごい破壊ね。どっちも本気でやるなんて……いいなぁ」
「あ、ジュースと焼き鳥買っとこうよ!」
「お酒欲しいなぁ。ここアルコール禁止なのよねー」
……観覧車のゴンドラの上だから程よく周囲が見えたんだ。のほほんと観戦するファンタジーさんの姿とかさ。屋台に走るファンタジーさんの姿とかさ。観覧車のゴンドラから飛び降りて屋台に向かうファンタジーさんとかさ。
僕は本当の意味でのファンタジーさんを此処で知ったよ。
格が違う。それはこういう意味だったんだ。
爆音と衝撃波は絶えることなく僕と観覧車を襲い続けた。その度に歓声が起きて賑やかだった。周りの建物はどんどん倒壊していったけどね。
紅いスライムの体当たりを食らったお姉さんが木造の家に衝突してそのまま建物が崩れたり、お姉さんの蹴りを食らった紅いスライムが建物を何件も貫いて吹き飛んだりと……なんかすごい光景だったさ。
あっという間に二人の周囲は瓦礫の山になって、さらに瓦礫すらも吹き飛んでいったさ。ははは。
あと、僕の乗ってた観覧車は止まることなく動き続けていた。すごいよね。近くで大破壊が起きてて衝撃波がガンガン当たってるのに止まらないんだもん。そして僕の乗ってたゴンドラが地上に着いたとき、僕はようやく救助されることになった。
元気そうな父さんと母さんとスタッフのお姉さんによってね。
「……ねぇ、父さん?」
「……なんだい? コウ」
「……どこまで聞いていいのかな」
「……済まん。多分全部答えられんと思う」
「そっかー」
僕は担架に乗せられて医務室へと運ばれる事になった。足は……両方とも折れていた。でも痛みは驚くほどに軽くて明らかに異常だったんだ。
「お姉さん、重くない?」
「大丈夫ですよ。これでも私、鬼ですから」
父さんと一緒に担架を持ってくれていたのは普通の女性だった。スタッフさんではなくて普通の人ね。普通のファンタジーさん。
「鬼かー。角は……無いんですか?」
お姉さんは普通の人だった。おっぱいも二つしかなかったし。
「興奮すると出てきますよ? 他は人間と変わりません」
「ほぇー。ありがとうございます」
僕はこの時、色々と麻痺してた。だからだろう。鬼と言われてスルーしたのは。
虎柄のパンツ履いてるの? とか聞いとけばよかった。
「……大丈夫か? あの光景にこの大怪我だ。少し眠るか?」
「……いや、バズーカを食らった時よりはまだショックは少ないよ」
あのときは腰が抜けたし。ただのリーマンがいきなりバズーカだもん。それに比べれば……比べれば……。
「……素手でバズーカよりも甚大な被害かぁ」
ファンタジーじゃなくて完全にバトル漫画の世界だった。まさにエネルギー波が飛び交う世界。オッスおらヒジカータ。
「もうすぐ医務室に着くからな? 何も考えるな」
「……だって何か出てたよ? オーラっぽいのとか」
体からブワーって。何かブワーって。
「……気のせいだ」
「そ、そうよ? ほら、安静にしてないと駄目よ?」
「あー、分かったですよ」
ちょっとやさぐれてた僕は大人しく運ばれた。絶対にブワーしてたもん。ブワー。そんでゴワーって。
僕が連れていかれた医務室は修道院ぽい外観の石造りで重厚な建物内にあった。医務室って言うか……病院そのものだと思う。
そして父さん達に運ばれた室内で僕はお医者さんに診てもらう事になったのだが……。
「わー、すごい怪我ですねー。両足がぐんにゃりです」
「……ぐんにゃりなんですけど治せますか?」
先生は女医さんだった。僕はベットに腰深く座り、足を投げ出すような形で診察を受けていた。まぁそれはともかくとして。
「はい! この私にお任せです!」
なでなで。
「おひゃ!? な、何してるですかー!」
「可愛い……父さん! この子、うちの子にして!」
女医さんはすごく可愛い幼女だった。すごく髪の毛フワフワだった!
「……コウ。その人はお医者さんで、見た目は幼いが多分お父さんよりも年上だぞ?」
「そうですよー! 頭を撫でるなんて大人のレディに失礼ですよ!」
つんつん。
「ふにぇ!? ほっぺツンツンもダメですー!」
ほっぺはとても柔らかでした。おままごとみたいに白衣を羽織った幼女の頭には角が生えていた。それはくるんと丸まった羊のような角だった。
「……羊の角……メリーさん?」
思わず言葉に出てしまった。可愛い幼女なのに角は厳つい。すごいギャップだった。
「ほぇぇえ!? な、何でぇ!?」
驚く幼女も、いとおかし。でも流石にやり過ぎたのか、父さんの咳払いが聞こえてきた。
「あー、コウ……見た目に触れるのはマナー違反だ」
「あ、はい。ごめんなさい」
うちは結構そういうのに厳しい家庭だった。きっとこの子もうちの子になれば……。
「ほぇ? 何か素直ですね。てっきりロリコンの変態なのかと」
「……可愛いけど……この子、何か違う?」
子供らしさを微塵も感じないというか。少し冷めたから見えてきたのか。
「だからお父さんよりも年上だと言ってるだろうに」
「そうですよー。というかとりあえず治すのが先ですねー」
幼女先生はそう言うと白衣の懐から注射器を取り出した。まるでおもちゃのような注射器で、シリンジには何も入ってないように見えた。
「てい」
ぐさっ!
「……ねぇ、父さん。この子、刺したよ? 折れてる足に」
「……ああ、刺さってるな。折れてる足に」
おもちゃの注射器が、ぶすりと。どう見ても中身が空の注射器をぶすりと。しかも袴の上からぶすりとね。
「すぐに治りますからねー」
僕はこの時、死を覚悟した。
「……ねぇ、父さん。痛くないんだ。僕……もう長くないみたい」
袴の足に注射器が真っ直ぐ立ってるんだ。おもちゃの注射器がさ。まるでギャグみたいにピーンって。
「いや、気持ちは分かるがそれは治療だ。ファンタジー治療だから大丈夫だ」
ああ、父さんの優しさが辛い。
「……鬼のお姉さん、ごめんね。僕はもうダメっぽい」
せっかく運んでもらったのに……僕は助からないんだ。
「大丈夫だから! 本当に治療なのよ! 気をしっかり持って!」
お姉さんは手を握ってくれた。お姉さんは黒髪黒目の和風美女だった。すごく綺麗な人でクッキーみたいな匂いがした。
「……うん、最期に優しくて好みの女性がそばに居てくれて……僕は幸せだったよ」
最期に普通のお姉さんに会えて……僕は……。
「お父さんは!? お父さんもそばに居るんだぞ!?」
「……うん、そだね」
良いとこで父さんのインタラプトが入った。鬼のお姉さんは真っ赤になってて僕の手はミシミシ言ってた。手、超痛い。すごいパワー。なにこの力強さ。
「……お父さん……泣くぞ?」
「……あのさ、足の骨がバキバキ言ってるんだけど」
手の骨もミシミシだけど……それはあれとして。すごい音が自分の中から響いてくるの。ゴリン! ギャリリ! バキン! って。
「即効性がある注射器ですからねー。三分で元通りですー」
「……ねぇ、父さん。これ、絶対にヤバイよね?」
絶対に治療じゃなくて改造とか造り直しとかそういう物だと僕は恐怖した。だって刺さってる注射器が骨のゴリゴリに合わせてウネウネ動いてたんだもん。
「……まぁ今回は仕方無いだろう。コウは気付いてないみたいだが……背骨も折れてるんだぞ?」
「……マジで?」
「……あ、あの……是非結婚を前提にお付き合いを……」
「……マジで?」
奥ゆかしい鬼のお姉さんのプロポーズに僕の背骨が折れてて注射器がビンビン動くのね。
「まだ息子は未成年だ。そういうのは成人してからで頼む。まだコウは知らないことが多すぎる。その意味……分かってくれるな?」
「……はい、お義父様」
お姉さんは真っ赤になってた。おてての先まで真っ赤でした。
「……うー、ここは神聖な病院ですよー! 私だって素敵なハニーとラブラブしたいのにー」
「駄目だよ。そういうのは大人になってから。世の中には変態が沢山いるんだからね。それを見抜く事が出来るまでは我慢だよ」
ふふふ、僕はヒジカータお兄さん。幼女の守り神なるぞー。お兄ちゃんは幼女ガーディアンなのだー。
「はぅあ!? 何か真面目に諭されたですよ!? ヤバイ目の男の子に!」
ふふふー、幼女がドン引きだー。お兄ちゃんはーそんなー幼女にもーガーディアンー。
「……お兄ちゃん属性だと? そんな属性、コウにあったのか」
「……ぶつぶつ……あと何年……ぶつぶつ……親に連絡して……」
ぽて。
「あ、注射器が落ちた」
……僕は長い間、悪夢を見てた気がする。注射器が落ちた途端に頭の霧が晴れたような気がした。頭がすっきりして叫びたいくらいに爽快な気分になったよ。今思うと明らかにヤバイけどね。
「治療完了ですー。頭……大丈夫です?」
「頭も折れてたの? 確かに自分でもおかしかった気はするけど」
シーツの上に落ちた注射器を回収するのは羊幼女先生。その手に持った注射器は、やっぱりおもちゃにしか見えなかった。
よし、僕の思考は正常だ! 幼女に支配されてない!
「調べてないのでなんともー。でも今は治療完了ですー? ……今も先生のこと、可愛いと思いますですー?」
ここで羊幼女先生はクルリとターンをして、にっこりスマイルポーズを取ったのだ。
「……胡散臭いとしか」
僕は騙されていた。あの可愛い幼女は幻だったのだ。何故僕はあんな世迷い言を!
「……もっかい注射器をぶっ刺しますかねー。今度は痛いやつ」
幼女の目が据わり、その目が真っ黒に染まった。
「腹黒! 腹黒幼女だよ! 父さん、この子、腹黒幼女だよ!?」
笑顔が一転ダークになったよ!? ダーク幼女だよ!?
「うーん。一応助けてもらったからお礼は言うべきだとお父さんは思う」
父さんは冷静だった。微妙な顔だったけど。
「あ、うん。ありがとうございます。えっと……幼女先生?」
名前……知らないし。羊先生は違う気がするし腹黒先生はただの悪口になるし。
「……ちょっと待つですよ。ただの痛い注射器を用意してやるです」
「ありがとうございましたー! 逃げるよ父さん!」
「あーうん、そうだな」
こうして僕は幼女から逃げ出したのであった。
鬼のお姉さんは……覚えてないや。病院に残ったのだろう、多分。僕も彼女もすごい恥ずかしい事を言ってた気もするけど……記憶に御座いませんな。
ええ、そうです。幼女はチョロくありません。むしろ最強のフラグクラッシャーです。序盤の選択肢ひとつ間違えたらもう攻略不可能なキャラクター。
それが幼女!
とまあ、そんな訳でもないんですが。
彼女の今後は……人気次第ですかね。
幼女は好きかー! どうなんだー!