第16プルプル 幻想。そして邂逅
やぁ! 十六話だよ。長いねぇ。本編よりも長い感じだねぇ。
「…………コウ…………コウ! 大丈夫か!」
「はっ! 太秦映画村!?」
「いや、ここは溶岩湖ドリームランドだぞ? それは中学の修学旅行先だろう」
……そうだ、僕はあのトロッコから降りて……。
「……今、母さん達が飲み物を買いに行ってるから……大丈夫か?」
「うん。でも集合時間に間に合うかな」
こんなベンチで寝てていいのだろうか。先生に怒られないかなー。
「……そんなにショックだったか。まぁあれは確かにな。で、どうだった。あれがファンタジーさんの世界なんだが」
「……何でこの世界を征服してないのか疑問でなりません」
僕は二度とファンタジーさんに逆らいません。ごめんなさいファンタジー。ごめんなさいトロッコ。あ、でもトロッコ、お前は許さない。途中でお前壊れたろ。本当に死ぬかと思ったぞ、このやろー。
「だよな。まぁそういう訳でここにはあまり人間が来れないんだよ」
「……ファンタジーさんばかりなのはそういう訳かー」
ようやくこの時、僕は頭が動き始めていた。周りをお洒落な洋風建築に囲まれた休憩所……まぁベンチが置かれた木陰に僕は寝かされていた。
腕と足がビキビキ言ってるのが分かった。あのトロッコは絶対に欠陥品だ。本当に死ぬかと思った。何故途中で板が割れるかな。
「ここはまだ人類には早い。でも少しずつでも良いから融和をしていかないとな」
「……その気があるように見えなかったよ? あれは本当に無理だよ?」
あれは絶対に人を殺す。ぐっ! き、記憶が……。
「あっちはファンタジーさん専用。こっちの遊技場エリアが人間用だ。こっちは基本的に大丈夫なんだぞ?」
「なら最初からこっちで良かったじゃん!」
「いや、コウが乗りたいって」
「無理矢理だったじゃんかー!」
僕は軋む体でマッスルに立ち向かった。そして一撃でのされた。まさかのデコピンで瞬殺されるとは……ぐふ。
「うん、元気になったようで何よりだ。さて、一応言っておくが……ここは遊技場エリアのファンタジー区画。ヨーロピアンな建築が立ち並ぶファンタジー世界への入り口……という設定だ」
「……設定って言っちゃうんだ」
おでこ超痛い。
「ファンタジーと言えばヨーロッパ……という事らしい。お父さんは和風エリアの方が懐かしい感じがして好きだけどな」
「……もう何でもありなんだね」
和風エリアが少し気になるけど、おでこ……超痛い。
「そりゃゆくゆくは人とファンタジーさんの文化交流をするために作られた場所だからな。でも受け入れられるタフな人間が未だに少なくてな」
「うん。それは納得」
むしろ当然。
「今回泊まりに来てるのもその試験みたいな部分もある。コウのお陰で問題点が浮き彫りになったから……その……新たな犠牲者は多分出ないぞ?」
「そう……それなら……良くないよ!」
そして僕はまたマッスルに立ち向かった。今度はローキックで沈没した。腿超痛い。
「あー! コウちゃん、やっと起きたのね? お姉ちゃん心配したんだから」
姉さん達がやって来た。ポヨンポヨンとやって来た。
「……起きたけど立てないよ」
太ももの筋肉がやられたもん。スパン! ってね。
「あらあら……一応耐えたからお仕置きは完了ですよ~」
鬼軍曹な母さんもポヨンポヨンとやって来た。
「ねぇ、母さん。母さんはドエスだったんだね。僕はいつもの優しい母さんが好きだな」
母さんは優しくないと駄目だ。あの母さんは違うの。ゴッドマザー的な、何かなのよ。
「あらあらうふふ。私もいつもの真面目なコウちゃんが大好きですよ~」
つまりおっぱいは禁止か。まぁ当然と言えば当然だけど。僕もあれは失礼だったと思うから。
「ぐぬぬぬ、私だって変身すればおっぱいあるのに」
「……あのお姉さんはどうなったの?」
せめて一言ちゃんと謝りたかったな。あと感謝の言葉も伝えたかった。おっぱいをありがとう、とね。
「ん? あの人はあの人でマグマコースターに乗って楽しんでたぞ? まだコウが未成年だから連絡先の交換はしなかったが」
「……どこから突っ込めばいいんだろう」
あの死のコースターを楽しんだ事か、それとも連絡先の交換についてか。姉さんとバトルしてたのにマグマコースターに普通に乗ってたことか。あと成人したら連絡先の交換しても良いのかとか。悩むなぁ。
「お姉ちゃんに突っ込みなさい!」
「……なんでやねーん」
「はうぁ! まさかの突っ込みにお姉ちゃんは……あら、本当に突っ込みだわ」
「……さて、少し休んだら色々と見て回ろうか」
「うふふ、そうね。コウちゃんはやっぱりいつものコウちゃんね」
いつもの家族。いつものやり取り。確かにおでこと腿はまだ痛かったけど……僕は……僕の胸は、ぽかぽかしてた。悔しいけど父さんの言う通りで、僕の思い出は書き換えられていたよ。
マグマコースター、超ヤバイって記憶にね!
その後、ベンチに寝てた僕は姉さんが買ってきたというドリンクを無理矢理に飲まされる事になった。
それは『エリクサー』って名前のドリンクで缶ジュースだった。それはまぁいいだろう。しかしだ。
あろうことか、あのスライムは口移しで飲ませようとしたのだ。
……スライムで口移しって……ねぇ? 体液混ざるじゃん。ということでスライムから缶を強奪して一気にエリクサーを飲んだんだけど……。
「……ただの炭酸水?」
甘くもなく苦くもなく。それはただのスパークリングなウォーターだった。
「お姉ちゃんの! お姉ちゃんの夢が!」
「あらあらまあまあ。ゲルちゃん、少し落ち着いてくれるかしら?」
「……溶岩湖エリクサーか。お父さんも飲んだことは無いな」
溶岩湖エリクサー……だから炭酸水だったのかな。確かに溶岩湖のボコボコと炭酸水のボコボコは似てるし。
「……エリクサーとは言っても別に回復するわけでも……ん?」
「エリクサーだからな。死んでなければ全回復……まさにファンタジーだな」
「……筋肉痛すら消すとか……これ大丈夫なの?」
おでこの痛みも腿の痛みも全てが消えていた。
「外に持ち出せないから大丈夫だ」
それは絶対に大丈夫とは言わない。でも元気になれたからヒジカータは気にしないでござる。よくよくみたら服も至るところが焦げたりして穴が空いていた。
よく生きてたもんだよ、ほんと。
「よし、じゃあまずはあそこに行ってみるか」
「おー」
どこか分からないけど一応のってみた。すぐに後悔することになるとは思わなかったけどね。
「さて、ここは中世風……映画館だな」
父に案内されてやって来たのは神殿のような建物だった。
「中世に映画館ってあったっけ?」
ちょっとそぐわなくないか? と僕は思った。
「映画館は近代になってからよ? 大体二十世紀になってからの発明というか技術だし」
「姉さん……物知りだね」
「ふふん。お姉ちゃんは勉強家ですからね。劇場の歴史はとても古いからとりあえず流用したって感じかしら」
「へー。でもこれって神殿にしか見えないよね?」
でっかい柱がドドーン! 巨大な建物ババーン!
そんな感じ。
「昔の劇場ってこういうものだったらしいわ。基本的に貴族の嗜みだもの。勿論平民も観客として入れたけど、貴族席には絶対に入れなかったようね」
これ……誰だ? この賢さ溢れる才女は。
「いや、一応ここはテーマパークだからその辺はスルーしてやってくれ。中世も幅が広いからわりとガタガタなんだよ」
まぁ映画村って事なんだろう。すごい完成度でまるで本当に外国に居るみたいだし。でも街中にウンコは落ちてない。そこはガタガタなんだね。
「まぁここが映画館なのはいいんだけど……映画見るの?」
折角テーマパークに来てるのに……映画鑑賞ってねぇ?
「いや、今ここで上映してる映画がな……」
父さんは……何故か苦虫を潰したような顔だった。
「あらあら、なにか珍しい映画なのかしら」
「……ラブストーリーかしら。でも予定表には……あら?」
「……姉さん通訳よろしく」
僕には読めない言語でそれは書かれていた。神殿に置かれた立て看板は多分全部フランス語。装飾されまくると全然読めないよ。まぁ装飾されなくても読めないけどさ。
「えーと、『完全ドキュメンタリー! ある男の子の青春。君は必ず涙する。この胸の痛みに』って書いてあるわね」
「……なにそれ」
題名からでは内容がさっぱり分からない。ドキュメンタリーってところがフランスぽいけど。
「……私にも分からない。こんな題名の映画なんてあったかしら」
姉さんも首を傾げていた。まぁスライムに首なんて無いけど。
「……なぁコウ。お父さんはこれが正しいとは思っていない。しかしこれを放置するのは駄目だと思うんだ」
「……父さん? 一体何を言ってるの?」
父さんの表情はやはり浮かないままだった。そして言ってることも、この時は要領を得なかった。それはこのあとすぐに判明したんだけどさ。
「……主演の欄を見てみろ。そこはちゃんと日本語だ」
「……主演? どの辺に……」
全てが装飾文字で読みづらいんだよねー。えっと……。
「あ、たなかこうていって平仮名で書いてあるわ」
たなか……こうてい……。おい、待て。
「あらあらまあまあ。コウちゃんは銀幕デビューしちゃったのね。お赤飯かしら」
「父さん?」
血の気がね? すっ、て。サァーって。落ちてくのが分かった。
「お父さんはノータッチだ! コウがダウンしてる時に色々調べていたら……見つけたんだ」
「……マジで?」
完全ドキュメンタリー……おい、まさかのアレか? アレなのか!?
「知らずに居るよりも知っておいた方が良いだろう……多分、なにかと」
僕の中で、ほの暗い火が宿る。それは一気に燃え上がり、僕の心を怒りで満たしていった。
「……焼き討ちじゃぁぁぁぁぁ!」
こうなるのも当たり前だと思う。僕はきっと間違ってなかったよ。
「あ、待ってコウちゃん! 私これ見たい!」
「お母さんも気になるわ。とりあえず中に入ってみましょう」
「焼き討ちなんじゃぁぁぁぁぁ!」
ヒジカータは燃えていた。頑張れヒジカータ。僕の未来はヒジカータに掛かってるんだ。まぁ……大体の未来は読めてたけどね。
結論として、僕の胸に穴が空いた。ヒジカータは返り討ちされたのだ。
……ファンタジーさんマジ容赦ねぇ。僕は震えた。ガチで。入り口でファンタジーな警備員にペチンされた。そして僕はチワワになった。
大人しくなったチワワな僕は大人しく見てるしかなかった。
僕が主演のドキュメンタリーは結構な人気を博していた。映画館の売店でマスコット人形が売られるほどに。
虚ろな瞳をした少年の小さい人形が……僕に似てなくもないプチ人形が大人気だったのよ。
外観は神殿だったけど内部は普通の映画館で売店は人でいっぱいだった。無論みんなファンタジーさん。
虚ろな瞳の人形はファンタジーさんに大人気だったさ。お値段も手頃だったし。何故か種類が豊富でみんな衣装が違ってた。
姉さんと母さんは全種類買ってコンプしてたよ。シークレット枠の魔王スタイル人形もね。溶岩湖限定とかもあって意味分かんなかった。なんで溶岩湖限定が水着なの? なんで紺の海パンなの?
でも僕は負け犬チワワ。それを大人しく見てるしかなかったの。一部百円のパンフレットを全て燃やしたくなったけど、ファンタジーさんがずっと監視してたの。僕を入り口でペチンしたお姉さんが。
……僕は……負け犬チワワになってしまったんだ。およよよ。
……なんすか? 今回は特に何も無いっすよ。