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第14プルプル 家族、そして団欒

 やぁ! 十四話だね。ここからはようやく世界の謎に迫ったり迫らなかったりするよ。


「それじゃ行ってきます」


 今日は憂鬱な月曜日。別に時間がループした訳じゃない。本当に月曜日なだけだから。あの罰ゲームのような鑑賞会は金曜日だったのだ。だから土日は本当に大変だった。


 ……まさかあんなことになるとは。僕もビックリして記憶が無い。無いということにしておきたい。


 あの日は朝からひどかった……。まぁ嫌でも思い出しちゃうんだけどね。


 それは父さんの一言から始まったんだ。


『よし! 家族で旅行に行くぞ!』という……二言でね。二言だよ。やっちまったな。


 

 


 土曜日の朝。まだパジャマで寝ぼけナマコな僕はうねうねしながらリビングのテーブルに頭を乗せていた。だって土曜日だもん。お休みだからうねうねしてても怒られないもん。


 だから唐突な父さんの誘いにこう反応した。


「……眠いです」


 昨夜は姉さんが僕の上でずっとうねうねしてたからすごく眠かったのだ。襲ってくるでもなくずっとうねうねされた。多分もじもじのスライム版なんだろう。意外と乙女だ。


「そうか……ならば寝ててよし! 簀巻きにして連れていくからな」


 この時の父さんはええ笑顔だったよ。実にええ笑顔。


「あらあら、何処にしましょうか。私達も行けるところ……あなた?」


「ああ、溶岩湖リゾートに行くぞ」


 僕はこの時、父親の顔にジャンプして殴り掛かった。反抗期爆発ってやつだ。飛びながらのグーパンをぶちこんでやったとも。でもチョップで落とされて気絶した。


 気絶から目が覚めた時、僕は本当に簀巻きにされてて車に乗せられてた。運転席は父さんで助手席は母さん。そして後部座席に僕と姉さん。母さん……シートベルトがマスカットボディに食い込んでたよ。僕もシートベルトで縛られてたし。


「断固拒否する! 溶岩湖は断固拒否!」


 僕は頑張った。抗議活動に勤しんだよ。誰も聞く耳持ってくれなかったけどね。


「あらあら、あなた? もしかして……これはデートになるのかしら?」


「はっはっは、ダブルデートだな」


「いやん……父様感謝します。娘は女になってみせましょう」


「あらあらうふふ。子供の成長って早いものねぇ」


 そんな車内の会話。僕は逃げ場もない囚われの簀巻きだった。


「……いや、マジで?」


 僕は本気で夢を見てると思った。夢であれと。だって昨日の今日で行くのってさ……どこまで僕の胸を抉れば気が済むのかってなもんよ。


「父さんも実は行きたかったんだぞ? 溶岩湖」


「お母さんも行ってみたかったのよ?」


「お姉ちゃんはもう行った!」


 うん、知ってる。いや、そうじゃなくて。


「何で初の家族旅行にそこを選ぶんだよぉぉぉ!」


 僕の慟哭は車内に響いた。何故にわざわざそこを選ぶ。何故に……僕の胸がまた痛みだしたらどーすんのよ、と。


 僕は本気でイヤイヤモードに移行しかけた。しかし父さんはそんな僕に止めを刺したんだ。見事なほどにね。


「辛い思い出は楽しい思い出で上書きするのが一番だ」


 これには僕も……ぐうの音も出なかった。ぐー!


「家族計画……お姉ちゃんどうしよう……まずは女の子かしら。一姫二太郎って言うし」

 

「……家族旅行だよ、姉さん。あと、いちひめにたろーって何?」

 

「あらあらまあまあ……お姉ちゃんは積極的ね」


「せめて卒業するまでは我慢して欲しいな。お父さんは本気でそう思う」


 富士の裾野まで、車内はとっても賑やかだったよ。それこそ本当の家族って感じがした。ずっと憧れていたような家族そのものだった。


 スライムの母親にスライムの姉。でもそんなことはどうでもよくて……。父さんがいて、母さんもいて、姉さんもいる。当たり前だと思っていたけど全然そうじゃなくて。だからこそ尊くて儚いものなんだ。


「ホテルも予約したから今日は宿泊するぞ」


「はぅ……お姉ちゃん……コウちゃんとついにひとつになっちゃう……」


「あらあら。ベッドは四つなのかしら」


「ああ、ちゃんと家族用の部屋を取った」


「ちっ、余計な真似を」


 いやぁ、実に賑やかな車内だったよ、ははは。実に尊くて儚いなぁ、あはは。


 もうこの時は僕も諦めてた。車は高速道路をギュンギュン進んでいたから。あれだけ黒歴史な映像をリプレイされて心を抉られたのだからもう抉る箇所もろくに残ってなかった、というだけなんだけど。


 こうして僕は簀巻きであの場所にまた行くことになる。


 今回の行き先は前回の『溶岩湖アスレチック』とは少し違くて『溶岩湖ドリームランド』に隣接する『溶岩湖リゾート』だ。


 ……もう溶岩湖が完全に観光資源だよ。あれ一応富士山の噴火を抑えるための副産物なんだけどね。冷静に考えると溶岩湖に家族旅行ってどうなんだろう。でも観光地だからおかしくは……どうなんだろ。初めての家族旅行だったから分かんないや。


 賑やかな車内はワクワク感でいっぱいで、僕も簀巻きではあったけど実はドキドキしてた。そんな中で姉さんが僕に言ってきた事がある。丁度河口湖インターチェンジで休憩してた時だ。僕はずっとパジャマに簀巻きで放置だったけどね! ぐー!


「あ、そうだ。コウちゃん、旅先でナンパとか駄目なんだからね」


 この発言は僕も困った。


「……あのさ、姉さん。家族旅行でナンパとか出来るわけないと思うんだけど」


 僕のボディの上でポインポインしてたスライムはとってもやきもち妬きだった。この時は何をバカな事を、と思ってた。でも僕は知らなかったんだよね。ファンタジーさんがどういうものかを。真の意味でさ。


 姉さんは本気で言っていた。心配してた。父さんと母さんは外に行ってたから二人きりの車内。なのに姉さんは大人しくなってたから……これは本気だと僕にも分かった。


「いい? コウちゃんは素敵な男の子なんだから気を付けないと駄目なのよ? 女は全員飢えたヒグマと思いなさい」


 姉さんはいつもの姉さんではなく真面目モードの『お姉さん』だった。でもヒグマって言われてもピンと来ないよね。仁王様委員長は確かにその通りで僕もちょっと悩んだけど。


「あと、どれだけ綺麗な人でもまずは年齢を聞くこと……いい? 少しでも言い淀んだらサバ読んでるからね」


「……姉さん今いくつ?」


「…………ぴ、ぴちぴちの十七才よ? ほ、ほんとよ?」


 姉さんが年齢詐称してることが分かった瞬間だった。ぎこちなくブルッブルッと震えるスライムはサバ読んでたのだ。ぐー?


「お、お姉ちゃんはいいの。あそこは魔窟なの。飢えたヒグマがうろうろする場所なの。だからコウちゃんは女の人に声掛けたら駄目。道を聞かれても無視しなさい」


「……うん、分かった」


 困った事に姉さんは本当に真面目モードの『お姉さん』だった。だからこれは一応聞いておくべき事案だとこの時は思った。


 でも実際は違ってた。それは姉さんの乙女心から発したもので……ただのやきもちだったんだ。少しあとで分かるんだけどね。


「ううっ……私のコウちゃんが……いっそ今すぐ食らってしまうか? ああ、でも手を出したら今度こそ粛清されちゃうし……ぐぬぬぬ!」


 簀巻きで後部座席に寝かせられてる僕の上。紅いスライムは踊り続けた。何か呟きながら踊り続けたよ。ポヨンポヨンとね。父さんと母さんが帰ってきても踊り続けていたよ。


「ううー、早く刑期を終えないとコウちゃんが盗られる……」


「あらあらまあまあ。そんなときは取り返せばいいのよ?」


「はっはっは、母さんが言うと説得力がすごいなぁ」


「いや、父さん。僕はおいてけぼりなんだけど」


 絶対に知ってはならないような事なのは僕にも分かった。多分夫婦の事だから子供にはきっと早いとね。僕、まだ子供だったし。今も子供だけど。


「……まぁ言えない事もあるんだよ、コウ。でも愛してるからな! 父さんはコウを愛してるぞー!」


 車は走る。あのボコボコ煮えたぎるマグマのもとへ。そして僕は……すごく恥ずかしくて、もじもじするしかなかった。ぐー……。





 河口湖インターチェンジの専用車線を通過した僕ら一行は、なんら渋滞に巻き込まれることなく『溶岩湖リゾート』に到着した。


 もうインターチェンジじゃなくてサービスエリアとかそんな感じだったけどね。ここでも溶岩湖のお土産を扱っていて多くの人が買ったりするそうな。


 僕は簀巻きでその全貌は全く見えなかったけどな! 


 んで、僕は父さんに担がれて溶岩湖ホテルへと入る事になったのですよ。

 

 ……すごく恥ずかしかったよ? それはもう簀巻きでパジャマだもん。ホテルの入り口に車を止めて、格好いい制服のお姉さんに車を預けた父さんにひょいと担がれたんだ。


 格好いいお姉さんもホテルの玄関に居た人もロビーに居たファンタジーさん達ですら目を丸くしてたし、ホテルのフロントの人なんて顔が引きつってたもん。


「予約した田中だ」


 でも父さんは怯まなかったねぃ。全く。


「……息子の田中です。助けてー」


 とりあえず僕もちょっと主張してみた。だってフロントの人、固まってたし。びちびちよ? 簀巻きでびちびちの高校生よ?


「……お客様? あの……」


 フロントの人は焦ってたなぁ。美人さんが汗だらだらだった。


「ひとまず服が欲しい。衣料品を扱っているのはどの辺りだ」


「あ、いっそ女装する? コウちゃんなら似合う……はっ! 女避けに最適か!」


 フロントのピカピカしてるカウンターの上。いつの間にかプルプルしてるスライムが乗っていた。マナー的にどうなのだろう。


「……男の子向けの店ってありますかー? 助けてー」


 簀巻きでびちびちしてたけど誰も助けてくれなかったなぁ、あの時は。なんでだろ?


「……ええと、お隣の溶岩湖ドリームランド内に男性用の衣類専門店がいくつか御座います。当ホテルでも衣装の貸し出しをしておりますが……」


 受付のお姉さんはそこで口ごもった。


「あらあら、タキシードかしら、それとも燕尾服……紋付き袴も良いわねぇ」


「駄目よ、コウちゃんにはドレスよ! 男の娘用のドレスを所望する。用意いたせ! はよう!」


 なんかカウンターがぺしぺし言ってたよ、この時。


 でも僕は至って普通の男の子ですからなー。


「……シャツと短パンとサンダルってありますかー?」


 これが普通の反応だよねー。


「……御座います。ですが……きっとドレスもお似合いかと」


「……父さんは……父さんは……くっ、コウがそれを望むのであれば……」


「望まねーよ。お姉さんも何興奮してんのさ」


 このホテルヤバくね、と思った瞬間だったさ。


 そして僕はそのまま父さんに運ばれてホテルエリアからショッピングモール的な場所にわっしょいされた。


 ……簀巻きを解くとかしなかったなぁ。なんでだ、ほんとに。





 「お、お客様ぁ!? え、男の子ですかぁ!? は、マジで?」


 これが店員さんの第一声だった。ショッピングモール内のよく分からない名前のお店に突入した父上(筋肉だるま)はどうやら人として見られてなかったようだ。


 すごいよ父さん。何で躊躇いなくブランドのお店に入れるんだろう。息子の簀巻きを肩に装備してるのに。


「……ども。適当な服を探しております」


 なんかショックを受けてる父さんは無視して僕が交渉した。店員さんはスーツ姿でちょっとビビった。ブランドって怖いよね。


「……はい、えっと……小学生……」


「高校生だー!」


 そこでも僕はびちびちすることになった。

 

 



「……お客様、こちらで如何でしょうか」


 最初に提示されたのは少年探偵セットだった。こんなん着れっか、ばーろぅ! ということで却下した。蝶ネクタイとか無理。むしろ意味分かんない。

 

「ではでは、こちらなど」


 なんと店員さんの手には既に第二陣が。それは魔法少女コスだった。フリフリの……透け透け……。


「お姉さん……これは……」


「気に入りましたか!?」


 拘束されてなければアイアンクローをかましてた。すっごい良い笑顔だった。客が呆れてるのを完全無視だよ。これが店員で良いのかと本気で思ったさ。でも僕は高校生。子供みたいに駄々を捏ねる訳にはいかなかったのだ。


「フツーのシャツとフツーの短パンとフツーのサンダルで」


「……フツーの魔法少女はどうですか?」


 店員さんは諦めない。僕は怯んだ。こいつマジかと。そして援護射撃が紅いスライムから放たれた。そう、敵は身内にいたのだ。


「そうよ、コウちゃん。普通の魔法少女ならオッケーよね」


「父さん助けて。息子が普通の魔法少女にされちゃうよ」


「……父さんは普通の魔法少女が良く分からないんだが……」


 僕もだよ父さん。全く分からないよ。


 いいからとにかく、助 け ろ よ!




 その後、なんとか僕は普通の魔法少女になることを阻止できた。肩の関節を外して簀巻きから脱出し、店から逃げたのだ。やれば出来るもんなんだね。びっくり。


 そして僕は新撰組になったのだった。


 いや、近場の土産物屋にね、新撰組セットが売っていてさ。通りすがりのスーツを着たファンタジーお姉さんがプレゼントしてくれたのよ。


 そして僕は田中ヒジカータになり、魔法少女になるという、当面の危機は去ったのであった。やったね!


 ちなみに脱いだパジャマはスーツのお姉さんにあげた。すごく喜んでいたので多分等価交換になっただろう。和服って結構フリーサイズだから助かった。ちょっとだぼっとしてたけど。

  

「おほん、良いですか少年。あまりこういう事をするのは良くないことですので、その事はちゃんと肝に銘じておきなさい。女はみんなドラゴンですからね」


 スーツ姿のファンタジーさんは真面目な人だった。僕も現物は見たこと無いけど美人秘書っぽいファンタジーさんだった。パジャマ姿で土産物売り場にいた怪しい僕に真っ先に話しかけてくるくらいに真面目な人だったよ。


 そして速攻で新撰組セットを買ってくれたんだ。いい人だねぇ。


「……一応父もその辺にいるのでこの服の代金は……」


「いえ! それには及びません。では私はこれで」


 お姉さんはそれだけ言うと僕のパジャマを大切そうに胸に抱えて小走りで去っていった。お尻から生えてるぼわぼわの尻尾が揺れていた。


 あのパジャマ……下ろし立てだからちょっと惜しかったかな。だがしかし、これで僕も立派な文明人! 


「……なぁ、息子よ」


 父さんが何故か後ろに居た。超びっくりした。


「うひゃぁ!? な、何さ父さん。何で後ろに……いや、それはいいとして、えっとパジャマとトレードで貰ったよ?」


 みてみてー、とばかりに新撰組の衣装をポーズを取りながら父さんに見せびらかしてみた。結構しっかりと作られていて僕も驚いた。ちゃんと袴だし。雪駄もあったし。刀は無いけど必要ないし。土産物にしては驚きの完成度だったと思う。


 土産物屋さんの目の前でこういう格好はちょっと恥ずかしかったけどね。


「……なぁ、息子よ。似合ってるんだがな……ファンタジーさんの盗撮技術はパナイんだぞ?」


 ……パナイって。


「ほら、あそこにいるの……全部撮影してるの分かるか?」


「……あの噴水のとこ? あれ……中に入ってるように見えるけど……」


 父さんが指差した方、そこは噴水だった。お店が立ち並ぶ大きな通りの真ん中を縦断するようにして敷設された噴水群。疲れたら噴水の縁で座って休めるようになっていてライトアップもされていた。


 綺麗な泉って感じだったんだけど……。


 なにかをこちらに向けたファンタジーさんの群れがそこには居た。お洒落な噴水に……噴水の陰に隠れていた。半分は噴水をダバダバと被ってるように見えたね。水に沈みながらさ。ライトアップでバレバレだったのよ。


「隠れる所が埋まったら即飛び込んだからな。で、すごい撮られてるんだぞ?」


 ……シャッター音……無かったよなぁ。多分噴水の音を利用して消してたんだろう。


「……まぁ外国人の反応としては納得?」


 何せ今の僕は新撰組のヒジカータだからねぃ。僕も他人が新撰組なら写真のひとつも撮らせてもらうさ。まぁ僕は個人用の情報端末を持ってないから無理だけど。


 あれは許可制で申請がメンドイんだよね。大人になると大体の人が持ってるけど僕は持ってない。特に持ちたいとも思わないし。


「……コウがそれならいいんだが……そろそろ母さん達を止めないとタンスに魔法少女コスが……」


「ごよう改めでござるー!」


 急いで切り捨て御免しに行くのだー!


 なんかさ旅先って……テンション上がるよね。そして僕は気付いてしまった。横目で見ちゃった。土産物屋の店員さんも僕をなにかで撮っていることに。


 まぁ服というよりコスプレだったし、みんな新撰組が好きなんだねぇ。






 僕は新撰組のヒジカータ。肩を怒らせながらブイブイとよく分からないブランドのお店に殴り込みでござる。ブイブイ!


 ごよう改めでござるー! ハラキリー!


「くあっ!? なんて愛らしい新撰組なの!? お姉さんをご法度して!」


「お姉ちゃんもご法度して!」


「あらまぁ、似合ってるわねぇ。コウちゃん」


 ……とりあえず回れ右して店を出た。この店……男性向けの店なのに何であんなに大量の魔法少女コスが床一面に……いや、この田中ヒジカータ、見なかったことにしたでござる。


 それにしてもヒジカータって肘と肩って感じだよね。コシヒーザって人も居たのかな。幕末は動乱の時代だったらしいし、居たかもなぁ。コシヒーザ。


 僕は店の前で江戸次代に思いを巡らした。幕末はきっと溶岩湖とか無かったよね。魔法少女も居なかったはずだ。うん、平和だね。きっと平和な時代だったはずだ。スライムもきっと居なかったはず。


 背中に誠を背負った僕は魔法少女までは背負えない。


 そんな風に僕はハードボイルドに酔いしれていた。


 ……完全におのぼりさんだったね、冷静に考えると。そして僕はその痛い格好のまま、また新たなファンタジーさんに話し掛けられる事になったんだ。


「あの、一緒に写真を撮っても良いですか?」


「うぬ? 写真でござる?」


 この時はヒジカータだったんだ。僕は悪くない。


「うっ、可愛い……はっ! な、何でもないです。えと、お写真……駄目ですか?」


 そこに居たのは人魚だった。いや、頭にヒレとか生えてるけど服を着た普通の女性だった。まるでモデルさんみたいに綺麗なお姉さん……でも頭にヒレがピーン。しかも肌の色が青かった。

 

 しかしじゃ。ワシも男じゃき。乙女の願いを無下にするような事は出来ん。という訳で。


「良いですよー。新撰組お好きなんですか?」


 僕は快く受け入れた。ヒレと青い肌を持っていたけど、すごく綺麗なお姉さんだったから。目とか宝石みたいにキラキラしてたし。別に生臭くは……無かったな。うん。


「え、新撰組ですか? そんなには……いえ! そう、大好きなんですよー。じゃ、えっと……抱き合う感じで良いですか! 副長!」


 鼻息が荒かったなぁ、この時の人魚さん。


「……お姉さん。圧が強いよ。抱き合う意味が分かんないよ」


 これにはヒジカータも素になるってもんだよ。


「……息子が……息子がふしだらに……お父さん……泣きそう……」


「あれが父親なんで写真はあれに撮ってもらいましょう」


 地面にへたり込んでた父親を使い、僕らは写真を撮った。人魚さんはすごく微妙な顔をしてた。新撰組という事がよく分かるように背中を向けてたのが良くなかったのかな。ほら、誠の文字がね。


 でもこんなことをしてたらそりゃあんなことにもなるよね。いやぁ迂闊だったよ。



「わ、私も写真お願いします!」


「あ、ずるい! 私も!」


「私もー!」


 人魚さんとの写真撮影を皮切りに僕と父さんはあっという間にファンタジーなお姉さん達に囲まれる事になった。キツネ耳に熊耳、犬耳猫耳ネズミ耳。天使の羽に悪魔の羽。猿尻尾にウサギ尻尾。かぎ尻尾も居た。


 みんな美人でお洒落さん。でもほぼ全員が盗撮してた人だ。何故か服は乾いてた。速乾?


 でも美人さんに囲まれたら男として胸がトキメクのも当然だよね。まぁみんな新撰組が気になっていたんだろうけど。


 やっぱり新撰組は人気だったんだねぇ。僕は全然好きでもなんでもないけど。きっと流行りの歴女ってものなんだろう。


 あの『推し』ってのは中々恐ろしいみたいだからね。鼻息の荒いファンタジーさん達を下手に断れない雰囲気だったのだ。

 

 でもまるで呼吸をするように袴の隙間へ手を突っ込まれたときは流石に驚いた。その人はすぐに他のファンタジーさんに捕まって路地裏に連れていかれたけど。


 ……まぁヒジカータ、細かい事は気にしないでござる。すごい打撃音が聞こえたけど……きっと気のせいだったはずでござるよ。


「息子が……息子がセクハラを……父さんはショックを隠せないよ」


 僕もショックを受けたよ。すごく自然にセクハラをされたもん。太ももをなでなでって。


 でも言い方ぁ!


「僕はセクハラを受けた方でしょ! その言い方だと犯人じゃん! あと……すごいモテモテなのは父さんじゃん」


 僕のセクハラ事件にショックを受けていた父さん。しかし父さんは父さんでファンタジーさんにその身を囲まれ体を触られまくっていた。胸や尻や腕とか……全部。


 夏の朝、木に集まるカブトムシ状態だった。


「うわっ、すごい硬い……熱い」


 ペタペタと。


「これが男のマッスル……じかに触るとこんなに……」


 すりすりと。


「……はぁはぁはぁ。じゅるり」


 くんかくんかと。


 父さんは……モテモテだった。なんというか……。


「父さんサイテー」


 これしかない。息子としてこれは無いと思ったよ。


「ぐはっ! ち、違うぞマイサン! これは不可抗力というか……そんなジト目で父さんを見るなー!」


「父さん……浮気だよね」


 まるでハーレム。羨まし……羨ましい! すごく羨ましいよ! やっぱり筋肉なのか! 僕はお姉さん達に頭を撫でられてるだけだよ! と、僕は憤った。


「違う! ファンタジーさん相手だと基本的にそういう事は……」


「あなた? ……言い訳……無用よ?」


 裁きは必ず下るもの。


 いつの間にか、そこには決してバレてはならない相手が降臨なされておいでだった。


 ……僕はすごいものを見た。碧色の透明なプルプル美女が父さんを右フックで殴り飛ばす瞬間を。


 碧色の美女は右フック一発で父さんに群がっていたカブトムシ……いや、ファンタジーさん達を父さん含めてまるごと噴水へとかっ飛ばしたのだ。


 全身にドゥン、という衝撃を感じた。和太鼓を叩いた時のような音の衝撃だった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 ファンタジーさんの悲鳴って何故か野太い。そして盛大な水音がして水しぶきが高々と上がっていた。


 その惨状を産み出した裸で透明で碧色の美女は僕の方をくるりと向き……プルプルのジェル母さんへと変化した。 


「……コウちゃんは清いままでいましょうね」


「はい! 了解であります!」


「イエスマム!」


 この一連の流れで力関係は決まった。


 僕と僕の回りにいたファンタジーさんは揃って敬礼することになった。母さん……超おっかない。顔が『無』だったんだよ。『無』で右フックだったんだよ。美女が無表情で右フックだったんだよ。


「その子達は……」


「写真を撮りたいとの事であります、マム!」


「イエスマム! どうか御慈悲を」


「……過度な接触は駄目よ?」


「イエスマム!」


 ……今思うと異常な空気だったよね。みんながマスカットスライムに敬礼してたんだもん。


 ま、そのお陰で撮影会は平和に進んだ。とても規律正しく行儀よくね。母さんも参加してた気もするけど……多分気のせいだ。


 水浸しの父さんが戻ってきたり、いつの間にか乾いてたりしたけど、この時の姉さんは魔法少女コスの吟味でずっとあの店でフィーバーしてた。だからまだ平和だったんだよ。


 撮影会は何の問題もなく終わった。ファンタジーなお姉さん達も敬礼して去っていった。なので僕らも観光を始めることにした。


 ……まだ服を着替えただけとは思えないくらいに濃いけどねぃ。家族旅行ってのはみんなこんな感じなのかな。世の中の家族ってすごいと思った。



 なに? 主人公のキャラがおかしいだ? はっ、何を言うかと思ったら……旅行でテンション上がっただけじゃねぇか。


 ……ということです。明らかに浮かれてますが、前日にあんなことがあったので大目に見てあげて下さい。そんな息子に父親は優しい瞳です。

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