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第11ポヨポヨ 激昂。そして終焉

 やぁ! 十一話だね! クライマックスだよ。用意はいいかい?


「これが本当の私なの」


 女の子は透け透けだった。そしてプルプルでもある。身長は僕よりもかなり高い。モデル並みと言うのだろうか。


「流動生命体……いつもの丸い姿なのは……この姿はみんなには、まだ早すぎるから」


 そう言った女の子は片手を掲げると……巨大なハサミに腕が変化した。カニのハサミの巨大版だった。もちろん紅い透け透けであったけど。


「コウちゃん……ごめんなさい。私はずっとあなたを騙していた」


 カション、カション。


「最初にあなたに会ったのも……実はあの時が最初じゃないの」


 カション、カション……カションカションカションカション。


「コウちゃんが赤ちゃんの時に私はあなたに会っているの。そのときに私はコウちゃんの為に生きるって決めたの」


 カショカショカショカショカショカショ。ジャキン!


「いや、ハサミが気になって話が入って来ねぇよ!」


 人の首を落とせるサイズのハサミが絶えず動いてると怖すぎるんだよ! 

 





「……あの……」


「こんなところまで何しに来たのさ」


 本当にこんなところまでな。本当に……どうして僕はマグマの上のキノコに乗ってるのかなぁ? 震えが止まらないんだよ?


 マジでなんで? 僕は人間だよ? マグマに落ちたら普通に溶けて死ぬんだよ? 


 すごく親切なファンタジーお姉さん達が僕とこの透明人型スライムが柵で話してるのを見掛けてここまで運んでくれたんだ。二人水入らずで話せるようにってな。


 その親切なお姉さん達は現在、離れたキノコの上でめっちゃ僕らを見てるけどな! あのファンタジーどもめぇぇ! 余計な真似を!


 このキノコ、縁は急激なカーブを描いてるから超怖いんだよ? しかも唯一の安全地帯であるキノコの天辺、真ん中は土下座する人間モードの姉が占拠してるし。


 足……ガタガタ震えてんだけど。未だかつて無い死の恐怖と戦ってんだよ? 僕は。


「……コウちゃんが思ってる通り、私達はコウちゃんを利用してた。過激派を炙り出すための囮として」


 ……っ。分かっていたけど実際に聞くと来るもんだ。話に集中だ。集中するんだ。髪の毛が常にマグマ熱気でフワフワするが集中するんだ、僕! 足が全く言うことを聞かないけど……ていうかこの状態で話を進めるとかやっぱりおかしいって!


「それは必要だったから。どうしても過激派は狩らねばならない相手だったの。だからお父さんはそれを決めたの。一を取るか百を取るか……その結果世界はギリギリで保たれたの」


 淡々と話す見慣れぬ女性。だがこいつはあの紅いスライムと同じ声で異なるトーンで話す。それがとても僕を苛立たせる。それは今の状況を忘れさせるもの……ではないけれど、僕も一応怒っている。ずっと膝はガタガタだけど。


「……それで僕は何度も殺されかけたのか」


 バズーカを撃ち込まれた事がある。ボーガンの矢が腹に突き刺さって壁に縫い付けられた事もある。記憶障害があるから多分耐えられた。忘れることが僕の得意とするものだったから。


「……ええ、この国はその時間稼ぎのお蔭で今の姿があるの」


「そんなこと知ったことか! 何故僕なんだ! 何故お前らがやらない! 人間よりも遥かに頑丈なお前らがやれよ!」


 殺しても死なない。そんな存在ではなくて何故僕があんなに痛い目に、怖い目に逢わなければならなかった。何度も夢に見た。殺されそうになる夢を。跳ね起きたあとは震えが止まらなかった。朝まで自分を抱き締めていたことも一度や二度じゃない。記憶がなくても体はそれを忘れなかった。血の抜ける感覚。肉が抉られる傷み。それが必要だっただと?


「……私達は表に出てはいけない……それが人と結んだ契約だったの」 


 相変わらず声に熱も感情もない。淡々と、ただ言葉を並べているだけだ。目の前の土下座をした紅い塊は。


「……それで僕に白羽の矢が立ったと? いつからだ。いつから僕を的にしていた」


 僕はいつから的になったんだ? 覚えてる限りでは……スライムと結婚する前から襲われていた気がする……。頻度はそれ以降に爆発的に増えたが……。


「……っ、それは……」


 紅い女性は声を詰まらせた。言えないぐらい……つまり……。


「最初から、か。生まれる前から囮としての運命は決まってたってことか?」


 僕は元々犠牲になるために生まれたってことか? そんなの……そんなのあんまりじゃないか。


 さっきまでは全身が燃えるように暑かったのに……今は震えそうなくらい寒い。というかずっと震えてはいたけれど。指先なんて冷めきって感覚もない。マグマの上にいるというのに。


「違うの! そうじゃないの!」


 顔を上げた紅い女性は必死な顔をしていた。でもそんな顔……知らない。見たこと無い顔だ。僕は……知らない。こんな人なんて。


「そうだね。母親のこともろくに知らないのはいつ死んでもおかしくない子供だったからだね? ふふ、納得だよ。いくら聞いても母親の事を喋らなかったのはそういうことか。すぐに死ぬ者にそんな情報要らないもんね。次の子の邪魔になるからねぇ。あ、今何人いるの? 生きてる? 何人殺された? ねぇ……答えろよ!」


 こいつらなら他にも人柱の四、五本は立てるだろう。さて、生きてるのは何本か。僕は少なくとも三回は死にかけた。ああ、この記憶障害の切っ掛けの大怪我もそれ関連か。ようやく……ようやく腑に落ちた。そして自分の中で何かが壊れていく音を僕は聞いた。


「違うのコウちゃん……」


 紅い女性は泣いていた。紅い滴が幾つもその頬に垂れていた。


「何が違うの? 息子を囮にして仕事をこなす父親と、ただの的を産む母親との間に生まれた僕の何がおかしいの? ねぇ、教えてよ」


 ……無いんだよ。僕には何も。僕は……からっぽなんだよ。


 からっぽだったんだよ。


 そこには愛なんて無かったんだよ……最初から……。愛だと思っていたのは全部嘘だったんだ……。


「違う! コウちゃんは愛されて産まれてきたの! それだけは紛れもない真実なの! お願い……私の事はどれだけ憎んでもいいから。それだけは……どうか疑わないで」  


 ……白々しい。その涙はなんだよ。そんなに必死に……何を言う。


「愛されて……狂信者の餌にされたのか? どんな愛だ。いや、愛だね。うん。立派な両親の愛だ。僕はものすごく愛されていたんだね……生まれる前から死を望まれるくらいにさ!」


 愛があるなら尚更素敵じゃないか。愛ゆえに捧げたんだろう。人を殺すことに何の躊躇いもない奴らの前に。そんな愛に包まれた僕は一体なんだったんだ?


 僕は……なんだったんだよ。今まで生きてきたのは……なんだったんだ? 


 僕を支えていたのはそんなものだったのか?


 ……ああ、無い。僕には無いんだ。僕を支えるものはそんなものでしかなかったんだ。僕の中で音がする。大切だったものが全て崩れていく音が。


「違うの!」


「何が違う。お前は否定するだけで何も語らない。何も明かさない。それで何がしたいんだ。また適当に騙して利用するつもりか? 馬鹿で壊れた弟を……完璧に死ぬまでさ」


 もう全身の感覚はない。自分が立っているのか座っているのかすら覚束ない。でも胸は……すーすーする。まるで穴が開いたみたいだ。幾つも幾つも胸に開いた穴から何か大切なものが、堰を切ったように流れていく。


「……っ、コウちゃん……」


 泣いている。泣いているだけだ。僕を利用して自分の都合の為に使っていた人。それが泣いてるだけだ。


「どうせ代わりなんていくらでもいるんだろ」


「コウちゃん!」


 目の前の他人が怒ったように声をあげる。しかし僕の胸には響かない。何一つ……響かない。響くものはもうないから。初めから……そんなものは無かったんだよ。


「……終わりだよ。話にもならなかった」


 何の収穫もない……無駄な時間だった。今も泣き続けるものに背中を向けて僕は……。


 ところで僕はこのキノコからどうやって地上に戻ればいいんだろうか。浮き島のように他のキノコから離れてるんだけど。ジャンプとかそういうレベルじゃなく離れてるんだけど。


 ……まさかのマグマ移動? 死ぬけど……いや、確かに今すぐに死ねるけど……これは……どうかなー。そんな死に方はちょっと……。いくら死にたいほどの悲しみと怒りと悔しさとその他諸々でも……マグマダイブって……ねぇ?


 ……どうしたらいいのかなぁ。向こうのキノコに手を振るか……。


「……コウちゃんの産みの母親は……彼女にしか務まらない使命があったの。だから彼女は愛する子供と離れるしかなかった」


 背後からいつも聞いていた声が聞こえる。それはさっきまでの力無い声とは少し違って聞こえた。


「せめて愛する子供の為に出来ることを。彼女はこの世界を救う事にしたの」


「そうか。まるで神様だね」


 まだ続けるのかと呆れながら振り返る。しかしそこには僕を真っ直ぐに見つめる瞳があった。その力強さに思わず怯む。思わず軽口を後悔するくらいに。


「……そして夫は妻と息子の為に世界を滅ぼそうとしている者達を悉く排除することにしたの」


 紅い女性は正座のまま言葉を綴り続けていた。その言葉には決して目をそらしてはならない『何か』を感じた。このまま背を向けて……何処にも行けないけど。つまりどう足掻いても大人しく聞くしかないのだけれども。


「……それが真相だとでも?」


 それが真実としても僕が利用されていた事は変わらない。決して変わらないんだよ。それを容認していた奴等の事も。


「……ええ。確かにコウちゃんが矢面に出る必要はなかった。契約なんて破ってしまえば良かったのだから。たとえそれで良くない結果になったとしても」


「もう手遅れだよ」


 何をしても過去なんて変わらない。僕の苦しみも悲しみも……死ぬまで消えることなんてないだろう。たとえ目の前の女性が決意の瞳をしていたとしても。そんなことはもう手遅れなんだよ。


「いいえ、これから日本政府を潰してコウちゃんが幸せに暮らせるようにします」


 紅い女性は、にこりと笑って事も無げに宣言した。


「……なんだって?」


 思わず聞き直したのも当然だと思う。だって……変な事を言ってた気がするし。


「コウちゃんを利用していたのは全て日本政府です。私達と特隊の抗議を無視し続けてきた奴らにようやく裁きの時が来たようです」


 ……紅い女性は目が爛々なんですけど。瞳が燃えているんですけど。なんかテンションあげあげなんですけど。


「……つまりどういうこと? あと、とくたいってなによ」 


「表は政府が。裏は特隊が。そして私達は内政には不干渉。それが契約でした。しかし政府は時を経るごとに裏にも口を出して来たのです。あまつさえ私達に対しても」


 あ、説明してくんないのね。何となくで理解して話を聞くけどさ。でも……。


「契約はどうなったんよ」


 さっきそう言ってたじゃん。契約が云々て。一方的な契約を馬鹿みたいに守ってたのか? 契約って双方に義務があるだろうに。


「あちら側には知らぬ存ぜぬを貫かれました。ですが無くなったらそれはそれで困るので今に至ってしまったのです。これは確かに私達の不徳の致すところです」


 ……悪人顔のおじさんの話が頭に甦る。この国は……そこまで駄目だったのか。そんなにも腐っているのか。


「既に特隊が動いてるかもしれません。お父様も大層お怒りでしたから」


 とくたい……なんか忍者っぽい感じだけど。そんなことよりも『お父様』ってなによ? そしてどこか儚げに話すのは何故?


「いや、何故そこでお父様なの? それに……父は平の社員……普通の一般職員でしょ?」


 怒った所で会社の歯車だって悪人面のおじさんも嘆いていたし。いつもは窓口業務とかしてるって。


「お父様も特隊の一員です。世の平穏を乱さぬ為にずっと耐えてらしたんです」


 ……まぁあのマッチョならそれもありうるか。むしろ平職員の方がおかしい。しかし、こんなところでも僕を騙していたのか。まぁこれは流石に許すけど。ヤバイ情報すぎるし。でもこんな話をしてどういうつもりなんだろう。さっきまでずっとだんまりだったのに……。


「……何で急に……」


「もう守る約束がありませんから。私達は約束を何よりも大切にします。それこそ命よりも重きものです」


 そこには晴れ晴れとした顔があった。透明ではあるけれど目鼻立ちはちゃんと分かる、整った美人な顔が。


「……なんで話してくれなかった。話してくれれば……」


 最初からそれを聞いていれば、まだ違ったかも知れない。こんなに胸が痛くてすーすーするなんて事は……。


「……結果としてコウ様のご指摘は事実でありコウ様にとって真実でもあります。よって、それを看過してきた私達も同罪です」


「……何故コウ様?」


 そして何故また土下座をする? 


「……申し訳ありません。それを話す事は許されておりません」


「……許可制なの?」

  

 なにその制度。初耳ですよ? 


「はい。こうして話すことも本来ならば決して許されぬ事。この姿を晒すことも同じく。ですがコウ様のお心の闇と痛みを少しでも取り払う事が出来たのならば、この命……惜しくはありません」


「……いや、めっちゃ胸が痛いけど。恨みも憎しみも沢山あるけど」


 闇堕ちしてると思うけどな。完全に。しかも命が惜しくないなんて大袈裟な。


「ですが闇に堕ちることは避けられた。コウ様がこうしてわたくしに話し掛けてくださる。それはまだ優しさを失っていないからです」


 紅い女性は正座のまま胸に手を当てていた。それは……どこか祈るようにも見えた。


「……コウ様。どうか心安らかに」


「いや、何を……」


 紅い女性が微笑んだ。それはとても優しい微笑みで……僕は見とれてしまった。だが突然微笑みを絶やさぬ紅い女性の肉体が青い光の粒へと変わっていった。


「な!? なにそれ!」


 紅い透明な肉体が末端の方から崩れるようにしてどんどん光の粒へと変わっていく。それは青い光を放ち虚空へと立ち上るようにして消えていく。


「……禁則事項に触れた為にわたくしは処分されます。ですが悔いなどありません。むしろもっと早くコウ様にお伝えしていればこんなにもお辛い思いをさせずに済んだ筈です。申し訳ございません」


 体が崩れつつも女性は先ほどまでと何一つ変わらなかった。真っ直ぐに見つめて……真っ直ぐに背を伸ばして。


「禁則事項……ってまさか!」


 先ほどの言葉が甦る。命が惜しくないという彼女の言葉が。そして血の気が音を立てて引いていく。それは……その原因は……他でもない自分のせいなのだと。


「コウ様はずっと頑張って来られました。お側でわたくしは見ておりましたよ。コウ様はみんなに愛されて、大切にされて、決してつまらない命なんてものではありません」 


 紅い女はどんどん崩れゆく。腕は落ち、脚は千切れ、青い光りへとその形を変えて空へと消えていく。しかしその顔は微笑んだまま。優しい微笑みをたたえたまま。


「待って! そんな……だってそれは……僕のせいで……どうして!」


「……どうかご自愛なさいませ。わたしは……ずっと……コウ様の幸せを……」


 ついには女性の頭が崩れていく。頭頂部からおでこ、そして目から鼻にかけて全てが青い光の粒となって空へと渦を描いて消えていく。


「待って! ……行くな……行くなぁぁぁぁ!」


「……コウちゃん……大好き……だよ」


 そして風が吹いた。そこには青い光が吹き荒れた。そして風が吹き止んだあとに残るのは少年がただ一人であった。


「……そんな……何で……何でだよ姉さん……」


 少年が慟哭する。キノコの上でただ一人。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 次話へ続く。

 

 

 最後の一文。これはミスではありません。仕様です。

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