第02話 愛しているのでしょうか?
「わ、私とルシールが……愛しあっている……?」
ちょっと何を言っているのかわからない。私達は女同士だというのに。
でも彼は冗談を言っている気配はまるでなく、まるでお芝居のネタばらしをしてしまった時のような罪悪感でいっぱいの顔をしている。
「はい」
「友情とかそういうのではなく……愛、ですか?」
「愛です」
「で、でも私達、女同士で……」
「愛に性別は関係ありませんよ」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
彼は大まじめな顔をしてそう言った。
愛……愛……? 愛って何だろう。まだ私は恋も知らないと思っていた。それが愛?
「そうなのでしょうか? 私にはよくわからないのですが……」
「あなたにはわからなくても、それを見ていた私にはわかりましたよ」
私にもわからないのに、なぜこの人はこうも言い切れるんだろう。
「あなたが私に話すことは、いつもルシール嬢の事ばかりでした。「ルシールがあの時こうだった」、「ルシールがどんな顔をした」、「ルシールと何をして遊んだ」
……その時のあなたはとても幸せそうでしたよ。まるで恋人のことを話すかのように」
彼は優しく微笑みながらゆっくりと諭すように語る。
「そ、それは……彼女は私の一番のお友達だからで……」
「恋人ではない、と?」
「恋人とかそういうのでは……ない、と、思うんですけど……」
そう、お友達、親友、姉、お母さん、それが私にとっての彼女だった、はず。
だけど、そこに新しく降ってきた恋人という言葉を付け加えてみると……
「……っ!?!?」
なんてことだろう。顔が熱い。ルシールが恋人!?
考えたこともなかったけど……振り返ってみると、私と彼女がしてきたことは今まで読んだ恋愛小説と似たようなものだったのだ。
つまり、恋人同士の甘いひと時だ。それと同じようなことを実はしていた事に気が付いた。
「こちらに来られるときは、必ず手を繋いでいましたよね? 庭を歩く時も、お芝居を見ているときも、いつも手を離さなかった」
「そ、それは、その……!! こちらにお尋ねするのに緊張して、それでルシールに手を繋いでもらっていると安心できたから……」
困ったとき、緊張した時はいつも彼女がそばで手を握っていてくれた。彼女さえいてくれれば何も怖くなかった。
「お茶をお出しした時も、お二人はいつも仲良く食べさせあっていましたよね?」
「えっと……だ、だってお茶菓子がとても美味しかったんですもの……」
「自分が食べた美味しいものは、好きな人にも食べてほしいと思うものですよ」
そ、そう言われると……
『これ美味しいわよ! ほらルシール、あーんっ』
『あーんっ。美味しいですね。お嬢様。ではお返しに、あーんっ』
『あーんっ。うん! 美味しいっ!』
ああああああああああああ!?
あまりにいつも自然にやっていることだったけど……!! よくよく考えてみると、これ相当甘酸っぱいことをしているっ!?
これもそのまんま小説の恋人たちがやっていたことよ!?
顔を上げると、そこには私の反応にやや罪悪感が薄れてきたのか、いたずらっぽく笑っている顔があった。
「ああそういえばこんなこともありましたね――舞踏会に男装させたルシール嬢をお供で連れてきて――」
「いやあああああぁぁぁ!!! もう許して!! 許してくださいっ!!」
だって!! だって!! どうしても彼女と一緒に踊りたかったから!! だから無理を言って男装して付いてきてもらったのだ。
その時のルシールときたら、どこから見ても絶世の美青年で、周りの女性たちも思わずため息をついていた。私も私もとルシールと踊りたがり、群がっていたのを覚えている。
でもそんな女の子たちに囲まれている彼女を見て、私は強引に中に分け入り彼女の手を取って連れ出したのよね……
だって私のルシールが他の女の子と仲良くしているのを見ていたら凄くモヤモヤしたんだもの。
「いやぁ見事な焼きもちっぷりでしたね」
「焼きもち……あれが……あのモヤモヤが……」
「好きな人を取られたくないと思うのは正しい愛の形ですよ」
ううううう。これが焼きもち……好きな人への気持ち……
でも思い返してみれば、私はルシールといつも一緒に居た。
朝起こしてもらうのも、ご飯の時もそうだ。遊ぶ時もいつもルシールとばかり遊んでいたし、着替えさせてもらうのも、お風呂だっていつも一緒に入っていた。
……お風呂。そういえばお風呂では体を隅から隅まで洗ってもらっていた……今更ながら物凄く恥ずかしくなってくる。
子供のころは寝る前にいろんなお話をしてもらった。年を取ってからも寝る前にはおでこにキスをしてもらわないと寝付けなかったし、いつも一緒に寝てもらった。
考えてみたら私の人生はずっとルシールと一緒だったのだ。それこそ一緒じゃないときはトイレに行く時くらいのものだった。
「私は……ルシールを愛しているのでしょうか?」
「私にはそう見えますね」
「で、でも……姉やお母さんとして見ているのかも……」
そう、彼が勘違いしているかもしれないのだ。愛は愛でも家族としての愛かもしれないじゃないか。むしろそっちの方がごくごく自然だ。
「そうですか。ではお聞きしますが、あなたはこのままだと1年後にはルシール嬢と別れることになります」
「はい……」
そう、このままいけばそうなるのだ。家の都合で彼と結婚してルシールと別れる。
「いずれ家族とは別れるものです。兄、姉、父、母、いずれは別れがやってきます。ですが人はそれに耐えられるようになっているのです……愛おしい人以外なら」
「愛おしい人……」
それが私にとっての彼女、なのだろうか。
「では想像してみてください。まだ実感がわかないかもしれませんがあなたの1年後を。彼女と別れるその日を、しっかりと思い描いてごらんなさい」
別れる……彼女と……
――1年後、私は花嫁衣裳を身にまとい、教会にいる。そこでは多くの人が私の結婚を祝福してくれている。
その中には彼女の姿もあり、目に涙を浮かべながら私に近づいてきてこういうのだ。
『お嬢様、これでお別れですね。もうおそばにはいられませんけど、どうか幸せになってください――』
「いやあああああっ!!!!」
絶対に嫌!! そんなの嫌だ!! 彼女と離れたくない!! 彼女と離れて幸せなんてあるわけがない!!
漠然としていてよくわからなかったけど、しっかりと想像してみてはっきり分かった。
私はルシールと一緒に居たいんだ!!
「そこまで嫌がられるとさすがに傷つくんですけど……」
「あっ! いえ、ごめんなさい! けっしてフィンケル様が嫌いなわけではないのです!!」
「冗談ですよ」
彼は紅茶を飲みながらクスクスと笑っている。
「でも、これでお分かりになったでしょう? ご自分の気持ちが」
「は、はい……でも、私が好きでも、ルシールは私のことを好きかどうかは……妹みたいなものとしか思っていないかもしれませんし……」
「断定はできませんが……多分大丈夫だと思いますよ。これまでのあなた達を見ている限りでは」
「そうでしょうか……」
「はい。ですがそれはご自身で確かめてください」
私は多分ルシールが好き、いや、多分じゃない。好きだ。
離れることを思うとあんなに胸が痛むのだから。これが愛というものなのだろう。
ならばルシールに私の気持ちを伝えないと。たとえ彼女が私を愛していなくても。
「あのっ!! では……失礼しますっ!」
早く彼女に会いたい。私の胸はその気持ちでいっぱいだった。
「はい、いい結果が出ることを祈っていますよ」
座ったままの彼に背を向け、扉の前まで行ったところで振り向く。
「あ、あの……なぜ教えて下さったのですか? 失礼ながら家のことを考えたら黙っておいたほうが良かったのでは……」
彼はゆっくりと口を開く。
「……あなたは今気付いてなくても数年後、彼女への想いに気付いたでしょう。その時あなたは必ず傷つきます」
「それは……」
「あなたの夫になるかもしれなかった男として、その後悔だけはしてほしくなかったのです」
優しく、そして少し寂しげに微笑んでいる。
「フィンケル様……」
「後の始末は私に任せて、どうかお幸せに……」
私は感謝の気持ちを込めてぺこりとお辞儀をした。
そしてドアノブに手をかけ力いっぱい開くと、ルシールの待つ部屋へと駆けていった――