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【短編版】転生定家の異世界百人一首~こちらでも名歌人を募集します~

「ち、父上!」


 息子の為家(ためいえ)に看取られ、亡くなったワシ。


 来ぬ人を 松帆の浦の 夕凪に 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ


 そう今際の際に言い残した――わけじゃないのだけど。


 今辞世の句のように、言ってしまったのだけれどもこれは、辞世の句ではない。


 ワシ自ら作った百人一首。

 そのうち、ワシ自らの歌として選んだものだ。


 ワシ、藤原定家(ふじわらのさだいえ)

 後になって知ることになるのだが、ワシは小倉百人一首なるものを作ったらしい。


 当時は、そんな風に呼ばれるものを作るなんて想像もつかなかったけれど。


 百人の歌人を選び、更に彼ら彼女らが詠んだ数多くの歌の中から一首ずつ選ぶというものだ。


 今やろうと言われればそれだけで鼻血ブーだけど。

 若かったなあ、ワシ。


 ◆◇



「ん? ここは……」


 ふと、若者は目覚める。


 あれ、ここはどこだ?

 そもそもオレ……いや、ワシは。


 こんなベッド(高床式の床)についていた覚えはないぞ。


 そもそもワシ、若者でもないはずなんだが。


 そう、帝の為に和歌をお詠みし。

 気づけば、後の世に百人一首と呼ばれるものを作った……のはさっき言った通り。


「これは一体……?」


 ワシは、ベッドから出て部屋の外に出た。

 ここは、見慣れん造りの建物だ。


 一体。


「あら、ドーム! 起きたのね、ほら洗濯物手伝ってよ!」

「え!? あ、あ、はい……」


 急にワシに話しかけて来たのは、何やらうら若く見える女子。


 この人は?


「あはは、変な子ね! 自分の母親に、そんな他人行儀な。」

「……え!?」


 ガーン。

 この女子、ワシの母親なのかよ!


 今、この女子を落とすにはどんな歌を送ったらいいのかとか考えていたのに、なんてことだ!


「う……うわあああ!」

「! ち、ちょっとドーム!」


 ワシは混乱して、思わず家を飛び出した。


 ドーム? 

 何じゃそりゃ、ワシはそんなヘンテコな名前じゃあないぞよ。


 ワシはこう見えても、百人一首作って百人一首作って……ん、あれ? 


 ワシ、百人一首以外何やったんだっけ?

 と、その刹那だった。


「!? うわっ!」

「ぐっ! こ、こら、貴様-!」


 急に何かにぶつかり、ワシは跳ね飛ばされた。

 見れば、何やら黒鉄の――いや、白銀の? 具足っぽいもの付けた大男が、こちらをジイと睨んでいる。


「え、えっとあの」

「何だ、このエリザベートお嬢様お付きの私にぶつかっておいて、謝りもせぬとは!」

「ひ、ひいい!」


 が、大男は次の瞬間。

 ワシめがけて、諸刃付いてる剣を振り上げて来やがった。


 これは、殺される――


「お待ちなさい、ダーイン!」

「! こ、これはお嬢様!」

「……へ?」


 が、ダーインと呼ばれたその男は剣を収めて後ろの人に跪く。


 これは、どうなっているのか。


「ダーイン、あなたがよそ見をしていたせいでしょう? ……ごめんなさいね、お兄さん。」

「あ、いやそんな……」


 何やら後ろにいるのは、これまたうら若き女子。

 が、ワシのタイプ(好み)ではないなうん。


「し、しかしお嬢様! 今はこの者が」

「あーもう、言い訳は無用です! ……改めてごめんなさい。わたくしはエリザベート・バイオレット。お詫びにわたくしの歌を贈りましょう。」

「え?」


 ワシは一層、混乱する。


 エリザベート・バイオレット

 バイオレット――紫。


 紫式部――いや待て、関係ないか。


 しかし、この嬢ちゃんがお詫びにと聞かせてくれた歌が、ワシに衝撃を与えた。


「あーの、雲は〜♪ なーんと美しい〜、 雲なのか〜! まるで私と、見まごうほどに〜!」

「おおお! なんと、相変わらずお上手ですお嬢様!」


 おお、なんと自惚れの強い歌なのか。

 いや待て、これは。


(1)(2)雲は(3・4・5)〜♪……5・7・5・7・7……って、和歌かよ!」

「! ちょっ、何なんですの?」

「そ、そこのバイオレットとか言う嬢ちゃん! うん、オレは今君に……運命を感じた!」

「え、ええ!?」

「こ、これ貴様何を!」


 後になって分かったが、ワシこの時めっちゃ告白紛いのこと言ってたんだな。


 無論、このバイオレット嬢ちゃんに告白していた訳ではない。


 この嬢ちゃんが口ずさんでいた歌は、和歌と同じく5・7・5・7・7の旋律(?)そのもの。


 更に名前が、バイオレット――紫式部。

 間違いない、これはまさにワシが生まれ変わる前にやっていた百人一首そのもの!


 そうじゃ、ワシはこの世界でも……

 百人一首を、作ってやろう!


 あ、ワシようやく理解した。

 ここ、ワシの生きとったのとは違う世なんだな。


 ワシ、ドームっていう若者に生まれ変わったんだな。


 こうしてワシ、いや、それだとこの若者の身体では違和感があるので以降はオレで行くか。


 オレは、この世界で百人一首を作ることにした。

 まずは、この嬢ちゃんからだ。


 ◆◇


「おっほん! では改めて……オレは、ドーム・ディスティン! よろしく。」

「え、ええ……よろしく。」


 バイオレット嬢ちゃんはまだ顔を赤くしたまま、オレの差し出した手を取る。


 ダーインは、さっきまでは騒いでいたのだが。

 今はバイオレット嬢ちゃんの一声で、大人しくなっている。


「さあ、先ほどの歌をもう一度。」

「え? あ、はい……あーの、雲は〜♪ なーんと美しい〜、 雲なのか〜! まるで私と、見まごうほどに〜!」

「ふんふん……ふんふん。」


 オレの頭の中は、早速コレジャナイという思考で満たされた。


 バイオレット――紫式部。

 さらに嬢ちゃんの歌に出てきたキーワード(言葉)・雲。


 すなわち、小倉百人一首にある紫式部の歌。


 めぐり逢いて 見しやそれとも 分かぬ間に

 雲隠れにし 夜半の月かな


 今にして思えば、オレはこのワードに引っ張られ過ぎていたのかもしれない。


 しかし、一度考えたら止まっていられないのもオレなのである。


「……うん、バイオレット嬢ちゃん! 君は美しい、美しいよ!」

「ま、まあ……そんな♡」

「くう……この男。」


 オレはひとまず嬢ちゃんの容姿を褒める。

 うん、女子は褒めるに限るのだ。


 何やらダーイン殿の嫉妬の声が聞こえたがまあいい。

 さておき。


「うん、美しいのだが……それは、わざわざ歌にせずとも分かる! だから嬢ちゃん、もっと伝えるべきことを歌にしよう! うん!」

「ま、まあ……も、もっと伝えるべきこと?」

「うん。」


 オレはバイオレット嬢ちゃんの肩に、手を置く。


「そうだなあ嬢ちゃん……例えば! 懐かしい友達が訪ねて来たことはないか?」

「……え?」


 オレの言葉に、バイオレット嬢ちゃんはキョトンとする。


 うん、いきなり何のこっちゃだな。

 今にして思えば。


「例えば、懐かしい友達が訪ねて来た時! 楽しい楽しい時間を過ごした……そんな思い出はないか?」

「え、ええ確かに……言われればある気もして来たわ……愛おしい〜い♪ 再びあなたとのひと時〜!」

「おお! それだそれだ!」


 だがそんな俺の無茶ぶりにも、嬢ちゃんは必死に歌を捻り出してくれた。


 なるほどバイオレット嬢ちゃんは、気持ちのままに歌を作るらしい。


 うん、これならば行ける。


「おお! だがなバイオレット嬢ちゃん……その懐かしい、愛おしい友達は! 用事があり、すぐ帰らなくてはならないんだ! ああ……寂しい、せっかく久しぶりに会ったというのに!」

「まあ……なんと嘆かわしい! ……風のように、あなた行ってしまう♪」

「おお! いや、惜しい……まるで、そうだな、この有様を例えるならば……日が雲に隠れるように!」


 言いながら、やはりこの時は気づいていなかったのだが。


 確実に寄せに行っている。


 めぐり逢いて〜の歌に。


「ええ、なんて悲しいのでしょう……まるで雲に隠れる日のように、あなた行ってしまう♪」

「お、おお……いや待て、それでは5・7・5・7・7には……」


 ともあれ。

 うん、今の歌をまとめると。


 愛おしい 再びあなたとのひと時

 まるで雲に隠れる日のように、あなた行ってしまう



 これではさっきも言った通り、5・7・5・7・7からは外れてしまう。


 しかし、この決まりには例外もある。

 それぞ、字余り字足らずというものだ。


 が、これは最早字が少し余っただの足らないだのという範疇には収まるまい。


 やはり、今は住む世が違うとはいえ。

 今から作ろうとしているは百人一首。


 ならば。


「ば、バイオレット嬢! 今度は、そうだな……あのあーの、雲は〜の歌と同じ旋律に直すとしよう!」

「あら、編曲ね……いいわ! 愛-おしい♪ 再びあなたと」

「おお! うんうん、よしよし!」


 その後、バイオレット嬢ちゃんはノリノリで直して行ってくれた。


 が、そこでふと壁にぶち当たる。


 愛おしき 再びあなたと 会えた時


 いわゆる上の句は、ひとまずこれで決まりとする。

 が、問題は。


「まるで雲に隠れる日のように……いや、違う。雲隠れにし夜半の……いやいや、モロそれかよ!」


 どうにも下の句に、収めることができないのだ。

 この久しぶりの友人が、雲隠れする月――いや、日のように行ってしまう。


 その寂しさを、どうにも。


「うーん、どうしたものかしら……雲隠れする日のように、あなた行ってしまう〜♪ ……駄目ね、旋律が変わってしまうわ……」


 バイオレット嬢ちゃんも、お手上げのようである。

 と、その時。


「ならば、エリザベートお嬢様! 先ほどの『風のように、あなた行ってしまう』の部分の風を、雲に変えられるだけでもよろしいのでは?」

「! ダーイン。」

「お、おお! ダーイン殿。」


 オレもバイオレット嬢ちゃんも、ダーイン殿の言葉におおっ、となる。


 が、次には待ったをかけたくなる。


 雲のように、人が行ってしまうのではない。

 雲隠れする日のように、人が行ってしまう。


 その寂しさを、表現したかったのだが。


「いいわ、ダーイン! ……しかしあなた去る、まるで雲のように♪」

「はっ、ありがとうございますお嬢様!」

「あ、いやそれは……まあ、いいか……」


 が、バイオレット嬢ちゃんたちがそれで満足してしまい。


 結局、以下が完成形となった。


 愛おしき 再びあなたと 会えた時

 しかしあなた去る まるで雲のように


「やったあ完成ね、ドームさん♡」

「あ、ああ……何はともあれ、これで百人一首の第一歩が歩めたぞ!」


 しかし、やはりこれはこれで感慨深い。

 何はともあれ、これがこの世の百人一首――異世界百人一首の、第一首となったのだから。


「え、百人一首ですって?」

「ああ! オレは今バイオレット嬢ちゃんがやってくれたように……異世界百人一首を作りたいんだ! この世界の歌人百人、歌をそれぞれ一首ずつ!」

「ま……まあ! 何て楽しそうな。」


 バイオレット嬢ちゃんは、未だに全てを呑み込めてない様子ではあったが喜んではくれたようだ。


「で、ではわたくしも」

「ありがとう、バイオレット嬢ちゃん!」

「……!? え?」

「な!? そ、そなた!」


 この時、自分では意識していなかったが。

 オレは思わず、バイオレット嬢ちゃんの右頬にキスしていたらしい。


「そなた……重ね重ねよくも!」

「じゃ、またな!」

「こ、これえ!」

「あ……あ、あ……」

「お、お嬢様あ!」


 バイオレット嬢ちゃんは、照れて気絶してしまったらしい。


 こうして、異世界百人一首一首目が完成した。


 ◆◇


「まったく! いきなり出て行っていきなり帰って来たと思えば! 今度は旅に出るだなんて」

「よし……じゃ、母さん! 行って来るね!」

「ああ、もう……気をつけてね!」


 オレは母に、愚痴られながらも旅に出た。

 かくして、異世界百人一首の旅はこれから始まる。

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