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第一話 可憐な少女 ④

 少し時間がたち、一階駐車場の作業スペース。

 ドリルが回転し、複数重ねた鉄板にギュルギュルと穴を明けていく。 明け終わった鉄板を花蓮に渡し、次の鉄板を治具に装着していく。


「へぇ、夜河は孤児院出身なのか」

「はい。 今朝付けで垣根社長の養子として引き取られたんです」

「あの社長が義理とはいえ母親か……考えられないな」


 仕事はサボるわ、真昼間からビールを飲むわで碌に家事もできそうにない。 それより、あの社長が養子を引き取ることさえイメージできない。


「孤児院の院長先生と垣根社長が古くからのお知り合いだったそうで。 私が……高校に進学したら引き取る予定だったそうです。 それまでは孤児院で過ごしていました」

「何かの法律で、全寮制の学校に行くんじゃなかったっけ?」

「里親補助法案ですね。 私もそうなるんだと思ってたんですが、院長先生と垣根社長が庇ってくださったんです」

「庇う?」

「あ、いえ……今のは言葉のアヤです。 垣根社長が里親として名を貸してくれたので、入らなくてよかったんです。 今までの学費や生活費も払ってくださっていたようです」

「あの社長がねぇ……ということは、社長と親族だった?」

「いえ、私のお母さんと垣根社長が友達だったそうです。 お母さんが亡くなるまで、よく会いに行ったそうです」

「すまん。 もしかしてなんか嫌な事思い出せちまったみたいで」

「……大丈夫です。 もう、乗り越えましたから」

「そ、そうか……」


 これでラストだ。 と、最後の鉄板を華蓮に手渡す。 華蓮はそれを受け取り、チェックリストを総司に渡してくる。

 総司は几帳面にチェックされたリストと現物を見比べ、最終チェックを行う。


「よし、全部出来てるみたいだな。 今日の仕事終わりだ!」


 仕事からの解放感を喜ぶように、大きく伸びをする。

 その様子を見ていた華蓮は、口元に手をやりクスクスと笑う。 気恥ずかしくなった総司は、耳元が熱くなるのを感じながらそっぽを向く。


「先輩、この後はどうするんですか?」

「特に予定ないし、日報作成したら18時まで事務所で待機だな。」


 現在時刻を確認すると16時30分になっていた。


「夜河が手伝ってくれたおかげで、1時間以上空いた時間ができたし、事務所で映画でも見るか?」

「え、いいんですか?」

「あぁ、暇な時はそうしてるから大丈夫だ。 何か見たい映画とかあるか?」

「で、では……アクション系の映画がいいです」


 華蓮は少し頬を赤らめさせて恥ずかしそうに言う。


「腕時計の事といい、アクション映画好きなのか?」

「はい。 院長先生が[鍛え上げた男の闘うの姿]が好きで、私も一緒に見ているうちに」

「なるほどな。 孤児院なら子供用のアニメ映画とか流しそうなイメージあったんだけど」

「ちょっと語弊がありましたね。 基本はアニメ映画を流すんですが、子供達が寝静まった夜とかに院長先生の部屋で見てたんです。」

「あー……そういうことか」

「私もちょっとだけ格闘技を習ったんです」

「へぇ、それはすげーな。 空手とか合気道か?」

「空手に近いと思いますが、講師の方からは近代格闘技だ……と、言い張ってました」

「近代格闘技? どんなやつ? みてみたい」

「じ、じゃあ、ちょっとやってみますね」


 華蓮は少し距離をとると、左足を出して姿勢を低くし、瞬時に右足を踏み出して右手での正拳順手突き。

 そのあとは流れるような動きで裏拳・手刀・蹴りと披露すると、蹴り上げた右足を勢いよく後方に振り上げ、同時に両手を体に引き上げて側宙……白く健康的な足は天に向けて真っすぐ伸ばされ、躍動感あふれるシルエットが芸術的な絵画の一枚にすら思える。

 そしてスカートが重力に従ってヒラリと腰元までめくれると、奥に隠された水色の布生地が目線を独り占めするように総司を魅せつけ、この光景を網膜にやきつかせた。



 こちらに背を向けて着地した彼女の髪を、微風が髪をサラサラと撫でるように揺らし、耳が赤く染まっているのがチラチラと窺える。

 総司も何も言えず、そっぽを向いてガリガリと頭を掻いた。 数秒の時が過ぎ、意を決したように華蓮はこちらを向く。


「……見ました?」


こちらを睨みつけてくる眼光は鋭いが、瞳が少し潤んでいる。 そして赤く染まった頬のアクセントが可愛らしいが、姿勢を低くしてこぶしを構える姿は、今にも跳びかかってきそうな猫科の肉食動物を彷彿とさせた。


「ちょ、ちょっと待って! 今のは不可抗力っていうか――」

「先輩!!」

「す、すまんかっ――うおぉぉぉっ!?」


 華蓮の威圧に耐えかねて、謝罪しながら後退していると、地面に重ね置いていた鉄板に躓き、思いっきり後方に体勢を崩す。 咄嗟に右手を作業机に伸ばすが、距離を誤って手の甲を角に打ち付けながら尻餅をついてしまう。


「痛って!」

「先輩、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」


 総司が転倒してしまった事に毒気を抜いたのか、華蓮は心配そうに聞きながら助け起こそうと右手を差し出してくる。 その手を掴んだところで、先程打ち付けた時であろう手の甲に傷ができており、血がじんわりと滲んでいた。

 悪ぃ、血が出てるわ……。 と、相手を血で付けないために、繋いだその手を離そうとする。 しかし、少女の華奢な手からは考えられないほどの力で握られ、振りほどくことができなかった。

 華蓮の顔を見上げると、視線は傷から滲み出ている血にくぎ付けで、黒かった瞳は血のような真紅に染まり、その表情は先程よりも頬を赤らめさせている。

 まるで過呼吸かのように浅く速い呼吸を繰り返し、何かに惹き寄せられるかのように、端正な顔を

傷口にゆっくり近付けていた。


「夜河?」


 名前を呼びかけると、華蓮はハッとしたような表情をして、猫のような俊敏さで後方に跳び退いた。 そして口元に手をおいて、顔を青ざめさせながら、吐き気を堪えるかのようにわなわなと震えていた。


「夜河、大丈夫か?」

「は、はい!取り乱してしまいすみません。先輩こそ、お怪我は大丈夫ですか?」

「こんくらい平気だけど、お前の方が……」

「いえ、私は大丈夫です」


これをどうぞ。 と、華蓮はポケットティッシュを取り出し、総司に手渡してくる。

その表情は先程の余韻か、頬は少しだけ赤みがさしていたが、瞳はもとの綺麗な黒色に戻っており、疲労で幻覚でも見ていたのかと思った。

 ありがとう、助かる。 ティッシュを受け取り血を拭っていると、じっとこちらを注視しているような視線を感じた。 視線の出どころをたどると、華蓮が何も言わずにこちらを見ていた。


「夜河、本当に大丈夫か?」

「え、えぇ……引っ越し後すぐにバイトをしたので、少し疲れが溜まってしまったのかもしれません」

「そうだったな。 いきなり仕事させて済まない。 さっさと事務所に戻って、映画でも見ようぜ」


 何かを取り繕うような違和感を覚えたが、今日1日で見知らぬ環境への引っ越し、そして慣れないバイトによる疲れが出たのだろうと考え、華蓮を早く休ませることを優先させた。

 使用した道具の片づけや、作業で排出された切粉の廃棄を手早く済ませ、総司を先頭にして事務所への階段を登る。



 事務所に戻ると怪我した箇所に絆創膏を貼りつけ、自分の事務机に設置されているデスクトップパソコンを起ち上げ、モニターの画面を壁にはめ込まれた4Kテレビに共有させる。

 社長がどこからか買ってきた一押し品で、これの設置のためだけに魔法で壁をくり抜いていたが、使用方法はもっぱら映画や動画の視聴程度にしか使われていなかった。 しかしその映像・迫力は素晴らしく、そこにいるかのような臨場感を味わえた。

 映画配信サイトに接続してランキングのページを開いて、華蓮に椅子を譲り、パソコンの操作をさせる。


「え、えっと……先輩?」


 流されるまま席に座り、パソコンの画面をしばしの間見ていた華蓮はこちらに振り返り、困ったように上目遣いで見上げてきた。

 まるでパソコンを触れること自体が初めてのようにも見えた。

 もしかして……使ったことないのか? と、問いかけるとコクリと頷き、照れたようにニコリと笑った。


「すみません。 こういう機械類の操作は苦手で、孤児院でも触ったことがないんです」

「あぁ、そうか……まぁ大丈夫。 それなら俺が教えるよ。 事務作業も後々していかないとダメだろうし」

「本当ですか! ありがとうございます。 それでは早速ご指導を――」


 キラキラとした瞳で見てくるので、映画の視聴は一旦おいておく。 触れること自体が初めてだったようで、マウスやキーボードの使い方から教え始め、軽くネットサーフィンをしていると事務所のドアがガチャリと開いた。

 オツカレー……。 と、やる気の感じられない挨拶をしながら、由香が帰ってきた。


「どうやら仲良くはなれたようだな」


 感心感心……。 と、呟きながら社長席に座り、タバコを咥えて火をつける。


「そういえば、華蓮はスマホを持っていなかったな」

「はい、そうですね。 持っていないです」

「明日の仕事が午前中だけの清掃業だから、昼から買いに行ったらどうだ?」

「いいんですか?」

「あぁ。 道上、お前も昼から半日休みでいいぞ。」

「え、まじですかスカ!」

「そのかわり、一緒に買いに行ってやってくれ」

「ういーっす」


 由香はデスクの引き出しから免許証のコピー等、必要そうな書類を取り出し、総司に手渡す。 由香は総司の右手の絆創膏に視線をやり、何か怪訝そうな目をしながら問いかけてきた。


「怪我したのか?」

「ちょっと打ち付けて」

「……気をつけろよ。 身体は一つしかねーんだから」

「は、はい」


 普段と違う態度に違和感を覚えていると、傷口付近をバシンとはたいてきた。 総司は突然の痛みに悶絶する。



「痛ってっぇ! 何するんすか!?」

「大事な書類だ。 忘れんなよー」

「ハイハイ! わかってますよー」

「無くしたら減給な」

「ヘイヘイ」


 ここで終業のベルが流れたので……お疲れさんでしたー。 と、タイムカードを通していると、華蓮がそそくさと近づいてきた。


「退勤の仕方はどうしたらいいですか?」

「あぁ、このタイムカードをこの機械に通すだけだよ」

「なるほど。 ありがとうございます」


 総司の見様見真似で作成してあったカードを通して、華蓮も退勤処理をする。


「あの、先輩」

「ん?」

「明日も、よろしくお願いしますね」


 そう言って、彼女はにこやかに微笑んだ。

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