3.養母
―—ガラガラ
「へい、らっしゃい!」
重三郎が、声を掛けると、入ってきたのは幸薄そうな黒髪の女性。少し気になったが、そんな素振りは見せず、重三郎は、そのままカウンター席に座った女性に少し意外に思いながらも、温かなお絞りを手渡した。外は雨降りだった筈だが、女性はそこまで濡れておらず、傘をお持ちだったのかなと少し思う。
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女性は、ぼんやりしたまま、「こちらの店って……」
と、かすかな声でそう告げる。重三郎は、そのかすかな声を拾うように、神経を集中させた。
「へい!」
「……こちらの店って、サケ茶漬けは、出来るかしら?ワサビと紫蘇も多めに垂らして欲しいの お出汁は、熱めがよいわ」
「へ、へい!それぐらいなら、ご要望に応じて!」
女性は、心底ほっとしたように息をつくと、それならお願いするわと一言告げ、後、熱燗もお願い。と添えた。お酒はご店主のおすすめでと。
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初見で、カウンター席に座る女性も珍しければ、このような注文を堂々とされるお客様も珍しい。店じまいに来られるお客様は、こういうものなのかと、重三郎はそう思いながらも、……そういえば、昔、亡くなった女房が、サケ茶漬け、よく強請ってきて、作ってやったなぁ。と懐かしく思い出す。
―—そうそう。あいつはよく、この女性のように、ワサビと紫蘇も多めが好きで、出汁もアツアツのそれがよいって常に言ってたっけ。
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ぼんやりした気持ちで、そっとカウンター席の女性を見ると、亡くなった女房とは全く似通っていない趣に何とも奇妙な夜だ。と重三郎は首を振った。




