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柚吉重三郎は、空を見上げた。今にも泣き出しそうなお天道様に、情けねえ顔をする。泣いても喚いても今日で仕舞と決めた日のそれは苦しい始まりに思えた。
(……重三郎、決めたことに一々落ち込んでちゃあ仕様がねえぜ……。よう、重三郎よ、お前さんは、自分で決めたことすら守れねえ男かい?そうでありたくはねえわな。今日、どのように一日が終わってもお前さんは、悔やんだりはしねえんだ。自分との約束ぐれえ守りたい)
そう、自らに言い聞かせた、重三郎は、ぐっと鼻をすすると、藍の色の暖簾を店先に上げる。
にゃあ。と足元にすり寄る野良に、ごつりとした手で喉元を擽ってやる。長年こうして関わって来た野良だが、その温かみにまた涙腺が緩みそうになり、慌てて、重三郎は、店に手早く駆け込もうとした。その重三郎のゴツっとした背の後ろ、声をかけようとする一人の娘っ子の姿。声を掛けようと一度手を軽く上げ、声を掛けようと軽く開けた口そのままに、どちらも力をなくす。重三郎の背に届かなかった指先。そのまま彼女は泣きそうに俯く。さらりと揺れる黒髪の幸薄そうな大人しげな目元を後悔で濡らして。
先程までの小雨で濡れそぼった紫陽花の青。
彼女が手持ち無沙汰に下げた男物の傘。




