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「高いお酒のお味は?」

作者: 640

今から話すのは私が起こした事件で、人によっては気分を害するだろう。

それは私が世間で言う’サイコパス’と呼ばれるような人間で、良心を疑う行いを実行した話だからである。

だが、私自身はサイコパスなんて言われることに疑問を抱いている。そもそも人間は嘘を付く低俗で狡猾な生き物で、嘘は本能による自己防衛であるのだから仕方がない。私はそれに対して罪悪感が湧かないだけであって、悪人扱いされるのは心外だ。

それでも私をそのような下種に仕立て上げたいのであれば、向ける言葉が違う。私は周りが嘘を付くから、真似して後天的に嘘つきになったのだから’ソシオパス’と言うのが妥当だろう。私は元から壊れていたのではなく、周りの悪意に壊されたのだ。


それ故に事件は起こった。事の発端は私の家の同居者が高いお酒を買ってきたことである。

彼は自己顕示欲が高くいつも身の丈に合わないことをしている。私はそんな彼が非常に恥ずかしい奴だと、常日頃から感じては冷めた眼差しを送る。

自慢話は耐えられる。話を適当に聞き流して、理解したように笑顔で相槌を打っていれば、彼は満足そうに話終えるからだ。だが時折、私を見下す発言をするのは苛立つ。ネット風情から流し見して得たお粗末な知識を得意げに話すような人間に、格下として扱われるのは虫酸が走る。その度に事故と見せかけて始末してしまおうかと思うくらいには、怒りが込み上げていた。

そんなある日、彼はとあるウイスキーを買ってきたのである。確か名前はアードベッグ プロヴなんたらだったような気がする。彼は「滅多に手に入らない上物だ。お前が飲んでる樽の出汁とは格が違うんだ」とテーブルの上の私のブラックニッカを指差して嘲笑。この時点で奪い取って割ってやろうと思った。だが、彼の口から「13万もした」と聞くと話は別になる。

自分で言うのもなんだが、私はかなりの酒好きでその木箱に入った酒が飲みたくてたまらなかった。彼が生活費を散財したことよりも酒の味に意識が移る。

これはこっそり夜に飲んでやろうと画策した。彼は良いものを手にしても流しの棚に無造作に置く愚か者で、宝の持ち腐れも良いところ。眠っている間に盗み飲みは容易い。


そして、その日の深夜に実行に移した。木箱から丁寧に取り出して栓を開けると、中からは極上の香りがした。バニラのような甘い香りに我慢できず、ワンショットグラスに注ぎ口を付ける。それは今まで飲んできたウイスキーより美味く、ワンショット飲みきってしまう。その上、こんな上物を価値のわからない彼の口に注がれることが我慢ならなく感じ、彼に残す気が失せていた。

どうせネットで見て知っただけで味なんてわからないだろうと思い、残りを流しにあったジャックダニエルの空き瓶に移し替えて、買い溜めしていたブラックニッカを瓶一杯に詰め込んだ。

味の違いがわからないなら二百円で十分だ。いやむしろ似合っているよ。お宝をすり替えられたことに気づかずに呑気に寝てるなんて哀れだねぇ〜。だけど中身は僕が全部楽しんであげるから君は高い酒の瓶で安酒を楽しみたまえ。口を開けて眠っている彼を嘲笑い、ジャックダニエルの瓶にすり替えたお酒を自室の倉庫に隠した。


翌日の晩、彼は私がすり替えたウイスキーをグラスに注ぎ、ロックで飲んでいた。「やっぱり高い酒は違うなぁ〜香りが最高」滑稽で笑いを我慢するのに必死だった。今飲んでるのが十万単位の酒じゃなくて、君がバカにしていた樽の出汁だと言うのに。そんな私を見て彼は「飲めないの悔しいの?でも価値がわからない庶民の君じゃ味なんてわからないでしょ?」と嗤う。それはこっちのセリフだ。飲んでいて安酒だと気づかない時点で十何万は無駄だったね。でも僕のお楽しみをくれてありがとう。

私は毎晩、この時の彼のセリフと自慢気な顔を肴に、アードベッグ プロヴナンスを楽しんでいる。本当にありがとう、こんな良いお酒とドヤ顔をくれて感謝しきれないよ。


この件で私は学んだ。価値の高いものの本質を知るのはただ金を積めば良いわけではない。価値を知っている者だけが本質を知れるのだ。だからこそ、物の本質を理解できない彼には表面上だけの格好しか付けられないし、それが一番相応しい。

そういえば、最近高い時計を買っていたような気がするな。早速、彼にお似合いの偽物の時計を用意して、僕が本物を引き取ってあげよう。


ああ、なんて私は慈悲深くて優しい人間なんだ。最初にソシオパスなんて言ったけれども、ここまでモノに優しい人間が人格破綻者なんてわけがない。

胸を張って言える。私は善良で優秀で格上なとても良い人間だ。

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