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サンセットオレンジ  作者: ななる
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LⅩⅩⅠ………甘いオレンジに浸かる

 次の日の放課後。

 絵葉書勝負の結果発表が行われるということで、僕らは漫研の教室に集まっていた。

 昨日の出来事なんてまるで何もなかったというように、僕もナツも、そして柏木さんも今まで通り、いつも通りの振る舞いをする。別にそれは無理をしているわけでもなく、ましてごまかしているわけでも忘れようとしているわけでもなく、正しく乗り越えたという認識でいるのは、きっと僕だけではあるまい。ただ一つ違うのは、ナツがバッサリと髪を切ったこと。栗色のロングヘアは今じゃすっきりしたショートカットになっていた。

 倉田先生が全員がいることを確認して話し出した。

「えー皆さん、二日間大変お疲れさまでした。今年は例年よりも販売数が多く、大変な賑わいがあり――」

「そりゃ馬鹿みたいに刷ってんだから、販売数が増えるのは当たり前だろ」

 ぼそっとナツが呟くのを僕と松本さんでまぁまぁと宥めた。

 聞こえていたのか、倉田先生は咳払いをして話を続けた。

「そ、それでは先に改めてルール確認から。比べるのは『売上金額』。この売上金額の定義は『設定金額×売り上げ数』から『設定金額×売れ残り数』を引いた額としていましたね」

 よくよく考えたら、元手の値段とか材料費、印刷量などが含まれていないから、このルールはすこしどうかと思うんだけど……計算得意じゃないし、ややこしくならないよう黙っていよう。

「これを比べ、より売上金額が多い方が勝者とし、敗者の部室を奪取する、と」

 今聞いてもやっぱりおかしいよこれ。美術部に利点が一つとしてないんだから。あるとすれば阿立先生個人。その当の本人はなぜか黙っていた。

 倉田先生は言いにくそうに顔をゆがめた。

「それで、結果発表なのですが…… 漫研の最終売り上げ枚数は130枚、美術部の売り上げ枚数は275枚」

 そんなに売れてたの? 毎年の何倍だろう。多分昨日僕らがいない間に手伝ってくれていたという真由先輩のおかげだろう。……売れてよかったかはもう考えないことにするけど。

 みんな同じように驚いたのか、部屋の中がざわつく。

 そんな中、柏木さんが酷く冷静に言った。

「ん、引き分け」

 え。

 倉田先生が頷いて、言う。

「そうなんです。漫研の売上金額を計算すると、売れた130枚×設定金額の100円から残った70枚×100を引いて、売上金額は6000円。同様に美術部は275枚×設定金額120円から225×120を引いて、6000円。結果売上金額が同額なため、勝負は引き分けということになります」

 うー、頭痛い。つまり引き分けってことだけわかった。

 そこで今まで黙っていた阿立先生が立ち上がった。

「……来年だ。来年こそ決着をつけるぞ! ということで解散! みんなよく頑張ったな、それじゃ――」

 あ、逃げた。あの人最後まで一度として謝らなかったな。マジで顧問変わらないかな……

 倉田先生はヤレヤレと首を振ってため息をつく。

「その、来年はやるかどうか置いておいて、本当に皆さんお疲れさまでした。それでは私もこれで」

 倉田先生が出て行ったあと、漫研に残って昨日できなかった片付けをする。一人で足りるだろうと、柏木さんには先に美術室に帰ってもらった。美術室から持ってきた絵掛けと、柏木さんの本と……ええと、あと何を持っていけばいいんだっけ。

「これも持って行って」

 隣からポンと差し出されたそれは、ナツの描いたちっぽけヒーローのポスター。声の主はナツだった。短くなった髪が涼し気に揺れる。

「美術室に置いておいてくれるか?」

「いいけどなんで?」

 朝からそうだったけど、もうすっかりナツはナツに戻っていた。首をかしげる僕にナツはアハハと笑って言う。

「もともとショウタにあげる予定だったんだ。ちっぽけヒーローの布教ついでにさ。次の新刊出たら、松本と柏木呼んでみんなで読もうぜ」

 そっか、確か最終巻が出るのは来週だっけ。

「わかった。受け取っておくよ」

 そう言って僕が行こうとすると、「ああそれと」と言って引き留められた。

 耳元で、他の人にはきこえないようにこっそりとナツが囁く。

「ロイ()、自分から言ったみたいだぜ。ショウタはどうするんだ?」

 それだけ言ってクスクスいたずらっぽく笑うナツ。なんとなく何のことかわかってしまって、ちょっぴりナツを睨んだ。

「……余計なお世話だ」

「そーですか。それじゃ、お姫サマのところへ行ってらっしゃい、ヒーローくん」

 ニッと笑って、ナツが手を振った。……ありがとう。言葉にできないけど、胸で思う。荷物を抱えてそのまま僕は美術室へと戻った。




 うーん、流石に一人は無謀だったな。何とか荷物を特別棟の四階まで運んでへちゃりと座る。もともと階段を上がるだけでしんどいのに、こんな大荷物、引き受けるんじゃなかった。

 一息ついて再び歩く。美術室では柏木さんがドーナツを食べていた。

「ん。おかえり、翔太郎」

「た、ただいま」

 僕がこんな大変な思いをしていたのに、この人、優雅におやつを食べてた。

「それ、どうしたの?」

「阿立がくれた。勝ちはしなかったけど、労いだって。翔太郎の分もある。一緒に食べよ」

 言いながら、さらに新しいドーナツを箱から取り出して頬張る柏木さん。相変わらず、マイペースだなぁ。

 荷物を置いて、ナツの絵と額縁を片付ける。それからいつもの席に座っている柏木さんの隣までやって来て、ふいに、彼女の手を取った。


『ショウタはどうするんだ?』


 わかってるさ、そんなこと。

 柏木さんは目を丸くして驚く。

「え――」

「……来て」

 ああ、これじゃあの時とまるで逆だな。

 柏木さんは立ち上がりつつ、机を未練がましく見て言った。

「でも、ドーナツ……」

 ……ああ、もう! 思い通りにはいかないな。机の上のドーナツの箱を手に取って、柏木さんの手を引き歩き出す。もう柏木さんは抵抗しなかった。

 連れていく先は決まっている。美術室の時計は6時30分くらいを指し示していた。




 四階のその上、つまり屋上。

 日は大きく傾いて、西をオレンジに染め上げている。空も、街も、学校も、全てを飲み込むオレンジは、まるで永遠であるかのように錯覚させるけれど、そうじゃないよと外側のコバルトブルーが否定する。そうだ、だからこそこの景色は何よりも輝いて見えるんだ。一日ある中の、たった一度の刹那の時間だから。日が地平に向けて心を許す、刹那の時間だから。だからこそ、人の心を掴んで離さない。

 屋上に出た瞬間、その景色に掴まってしまった僕と柏木さんは、ハッと我に返って、一緒に笑った。この景色を僕らは何度も見ているはずなのに、何度だって見とれてしまうのが面白くて、笑ってしまう。

 ひとしきり笑ったあと、柏木さんが僕に聞く。

「それで翔太郎、一体――」

 出遅れたら負け。これは昨日の柏木さんから学んだこと。僕は柏木さんの声を遮って心を溢した。


「――好き。僕も、柏木さんのこと、大好き。柏木さんの笑顔が好き。優しい、けれど心に通った芯の強さが好き。マイペースで掴みづらいけれど、そこが夕日みたいに綺麗で、大好き、です……昨日の返事。受け取ってくれる?」


 やっぱりこっぱずかしい。けど、全部言えた。大事なこと、全部。

 柏木さんは目を丸くしたまましばらくフリーズしていたけれど、ハッと突然声をあげて、空を指さした。

「虹」

「え」

 今?と思いながらも、つられて空を見てしまった。けれど見えるのは一面のオレンジだけ。しまったと気づいたときにはもう遅い。ほっぺに温かな()()が触れる。ちょっと懐かしい忘れがたい()()

 僕はびっくりして頬を押さえる。全身が熱でどうにかなりそうだ。

 柏木さんは昨日と同じようにイタズラっぽくクスクス笑って言った。


「ありがとう」


 それが空に負けないくらい眩しかったので、一瞬めまいを覚えたほど。やっとのことで声を絞り出して、言った。

「……柏木さんは、当分の間、キス禁止ね」

「ん。私はそれでいいけど、翔太郎はそれでいいの?」

 なんと狡猾な。

 僕が返答に困っていると、柏木さんが箱からドーナツを取り出して、それを半分に割った。片方を僕に差し出して言う。

「一緒に食べよ」

「……うん」

 多分、一生この人に僕はかなわないんだろうな。甘い、甘いドーナツを頬張りながら、そんなことを思う。不思議なことに、口の中以外にも、胸の奥も酷く甘かった。

 ドーナツを食べながら、沈みゆくオレンジを眺める。後ろからやってくる藍色すら、今は夕日を飾る装飾でしかない。これからも何度だってこの景色を見ることだろう。そのたびに僕らは、今日のこと、昨日のこと、もっとたくさんのことを思い出す。忘れてしまわないように、大切にしまっておけるように、何度も。だけども今はただ、この甘いオレンジにひたすら浸かっているだけで……色鮮やかに、幸せで。

最後まで読んでくださりありがとうございました!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです!∩(´∀`∩) 詩的な表現と魅力あるキャラクターとで、ぐいぐい引き込まれました。 ナツとアキの仕掛けが分かったときは驚き、なるほどそういうことかと膝を打ったものです。 …
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