LⅩⅤ………真夏の蝶の罰②(文化祭・二日目)
ナツと友達になったばかりの頃、僕はナツの家でよく一緒に遊んでいた。ままごとしたり、お絵描きしたり、そして疲れてお昼寝したり。
その日はナツが先に眠ってて、僕はなぜか目が冴えていたんだっけ。ナツのお母さんが突然僕に言ったんだ。
「翔太郎君、いつも千夏と仲良くしてくれてありがとう」
どうしてそんなことを言われたのかわからなかった僕は、きっとキョトンとした顔で首をかしげていたと思う。
ナツのお母さんはフフッと笑って続けた。
「千夏にはね、バニシングツインがいるの」
「ばいきんぐつりー?」
「フフフ、バニシングツインよ。千夏がまだ私のお腹の中にいた時、実はもう一人、千夏と並ぶように赤ちゃんがいたの。けれどその子は生まれてくる前に私のお腹の中からいなくなっちゃってね。生まれてきたのは千夏だけだった」
幼い頃の僕にはきっとまだ理解出来ていなかっただろう。けれどその次の言葉に少なからず心動かされたのは、今でもまだちゃんと覚えている。
「けれどね、千夏の中にはあの子がちゃんといるみたい。だから、翔太郎君さえよければ、その子とも仲良くして欲しいな」
その時の僕にはそれがアキのことだってわかっていただろうか。その頃はまだナツとアキに大きな違いはなかったから、もしかしたらよくわからずに「うん」と頷いただけだったかもしれない。
ナツとアキに違いが出始めたのは僕らが幼稚園に通い始めたころ。三人で遊んでいると、ナツが突然言い出したんだ。
「うちのパパとママね、本当は男の子が欲しかったんだって」
「え、どうして?」
「わかんない。けど昨日二人が喧嘩してるの聞いちゃったんだ。そうだよね、アキ」
ナツがアキに確認する。けれどもアキの返事は僕には聞こえない。どっちかが前にいるときは、もう片方がどうなっているか僕には確認しようがない。二人曰く、寝ていたり、盗み聞きしていたり、話に参加していたりと様々みたいだけど。
「え? 酷い? うーん……そうだ!」
二人が一体どんな会話をしたのか、聞こえもしなければ時間によって風化してしまい、もう本当にわかりやしないけれど、今思えばその時僕が止めておけば、二人が傷つくことはなくなっていたかもしれない。
「ショウタ、私決めたよ。私かっこよくなる! ママとパパが喜ぶように、頑張る! 大丈夫、私はアキのお姉ちゃんだからね。でも私がかわいいことをしたくなったら、その時はアキが代わりにやってね」
その時も僕はまだよくわかってなかった。だからその残酷な半分こをとてもいい案だなんて思ってしまったんだろう。だからよく考えもせずに「がんばれ」なんて言ってしまったのだろう。
宣言通り、ナツは日に日にボーイッシュになっていった。また年齢が上がるにつれて、僕以外の前でアキが現れることも減っていった。それは彼女たちの親に対してさえそうだった。きっとだんだん気づいてしまっていたんだろう。彼女たちの両親が喧嘩するのは、男の子が欲しかったからではなく、「佐野千夏」の中にナツとアキの二人がいるからだってことに。
中学生の頃にはナツはもうナツとして完成していた。元気で明るくて、みんなに好かれていて、歩いているだけでいろんな人に声を掛けられるほど、本当に完璧だった。けれどいくらナツが上手く隠そうとしても、時々綻びが起きてしまう。誰と話すわけでもなく、ただポツリとアキが歩いているだけで、ドッペルゲンガーだなんて騒がれる。だから、学校でアキと話をした人は本当に一握りしかいないだろう。それすらも、アキがナツのふりをしているときだったかもしれないけれど。




