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サンセットオレンジ  作者: ななる
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LⅩⅢ………コンサートではお静かに②(文化祭・二日目)

 次の目的地は漫研、ではない。四階から三階を通り過ぎてそのまま一階へ。渡り廊下を通ってたどり着いたのは、体育館。中では吹奏楽部がコンサートの準備を忙しそうにやっている。用意された席には座らず、ステージから遠い一番後ろで立っていると、吹奏楽部のステージ衣装に着替え、金色の楽器を抱えた玲志が俺に気が付いて寄ってきた。

「よ、みさりん。せっかくミスコン優勝に選ばれていたのにどこ行ってたんだよ」

 ゆ、優勝……? いや、それよりも。

「みさりん言うな」

 いや違う。

「ええっと、単刀直入に聞くんだけど、これ書いたの玲志?」

 そう言いながらポケットから一枚メモを取り出して玲志に見せる。それはあの空き教室の水槽の側面に張ってあった一枚。見つけたと同時にポケットにしまって、生徒会長には黙っていた。メモには『吹奏楽部コンサートに来い』と一言だけつづられている。

 玲志は不思議そうにそれを眺めると、首を横に振って答えた。

「いや? というかなんだよそれ。何かあったのか?」

「別に何も。知らないならいいんだ。本番、頑張ってな」

「おう! 最高の演奏をするから、ちゃんと聞いとけよ。じゃ、行ってくる」

 去り行く玲志に手を振りながら、心の中で謝った。たぶんちゃんと演奏会を聞くことはできないだろうから。お前はお前の助けたい人のために頑張ってくれ。

 最初から玲志じゃないことはわかってた。そもそも絵が無くなったであろう時間は、玲志はミスコンにいたんだから。あんなことできるはずがないのだ。もちろん、さっき会長に言ったようなことが起きるはずもない。空き教室の窓は閉まっていたし、そもそも漫研にいたのはナツと柏木さんの二人だけ。他の漫研部員は全員ミスコンに移動している。

 つまり。

「レディース・エン・ジェントルメーン!! 本日も我々吹奏楽部のステージへお集まりくださりありがとうございます。昨日よりもさらなる感動をあなたへ。早速参りましょう! 一曲目は―—」

 吹奏楽部の演奏が始まった。華やかな音楽が体育館中に響きわたる。

 僕はそれを眺めながら、けれど耳は横の彼女に向けて声を投げた。

「僕、優勝したみたいですね。それだけじゃ満足できませんか? ――真由先輩」

 彼女もまた、ステージを見つめたまま声だけ僕に投げた。

「別に私はどうだっていいのよ。私はただ、私の大切な人が満足しているなら、それでね」

 大切な人、か。

 僕はさっき玲志に見せたメモを取り出して真由先輩に見せた。

「これ書いたの、真由先輩ですよね。文字の形、というか癖? 変わってないですね」

 やけに荒々しい筆文字。あの時と一緒だ。僕を美術室に呼んだ、あの時と。

「そうよ。よくわかったわね。ちなみに水槽に張ったのは私じゃないわ。わかってるでしょうけど」

 そう。メモを書いたのは間違いなく真由先輩だろうけど、水槽にこれを張ったのは、別の人物だろう。これを張ったのはおそらく、絵を水槽に浸けた時と同じ。そのタイミングに真由先輩は玲志と同じくミスコンにいたはず。あらかじめ書いたものを絵を浸ける人に預けていたのだろう。

「全部あなたの指示ですか?」

 真由先輩は両手を肩の位置まで挙げて「さぁ?」のポーズ。

「どう思う?」

 一曲目がそろそろ終わろうとしている中、僕は首を横に振った。

「違うでしょうね。指示をしたところで、あの二人がその通りに動くとは思えない。大方、二人の方から、あなたに協力を頼んだのでしょう」

 真由先輩はフフフと笑って頷いた。正解、ということだろう。

「二人って言ったけど、一人よ。佐野千夏が一人で私のところにやって来たの。あんたをミスコンに連れ出してくれって。まぁその時の彼女は私と翔太郎が二人でミスコンを見て時間をつぶさせるっていう考えだったみたいだけどね」

 ……わかってはいたけれど、実際に名前が出てくると、辛いな。

「頼まれるからには何か対価をもらわないとね。それで私から二つあの子に提案したの。一つは翔太郎をミスコンに出場させること。もう一つはあんたが瑞希と佐野千夏に事の顛末を問い詰める前に、私と話す時間を作ること」

 なんてことだ。前半は絶対に面白半分だ。許せない。

「……前半はともかく、後半は一体何の意味があるんですか? 僕には先輩の目的が全く分からない」

「だから、最初に言ったじゃない。私は私の大切な人たちが満足してるならそれでいいって。……そうね、まず今、翔太郎はどうしてこうなったのかわかる?」

 どうしてこうなったか、か。

「それは、どういう経緯でってことですか?」

「なんでもいいわ。言ってみて」

 何でもいいと言われてもなぁ。とにかく、思いついていることを一つずつ、言葉にして固めてく。

「絵を水槽に浸けたのはナツと、柏木さん。いつからそれを企てていたかはわからないけれど、彼女たちはあの時間誰にも見られずに行動するために様々な準備をしてきていた」

 例えば? と真由先輩が相槌を打つ。

「それこそ、真由先輩に僕を捕まえさせたこと。そして真由先輩をミスコンに行かせることで、他の漫研部員をミスコンに行かせること。さらに、漫研の部室の隣、図書室にいる人たちを減らすため、小村さんにミスコン出場を進めたこと。ああそうだ、そもそも美術部と漫研が同じ場所で絵葉書を売ることになったのもナツの提案だ」

「そうね。思っていたよりも手が凝ってたでしょ。瑞希はともかく、佐野千夏はずいぶんと熱心に事を進めていたわよ」

「……」

 ここまで点と点が繋がっても、真相が見えても、怒りはおろか、悲しみも僕の胸にはなかった。ナツと僕がどうしてこうなったか、なんて、あまりにも今更過ぎるのだ。

 ただ、わからない。ただ一つわからない。

「……柏木さんにどこまで話したんですか?」

 僕がそう聞いてみると、真由先輩はそこで珍しくまじめな顔をして首を横に振った。

「何も。佐野千夏が話したかは知らないけど、少なくとも瑞希はあんたの過去について聞きたがってなかった。『知りたいけれど、翔太郎からじゃないと知りたくない』ですって」

 かつて柏木さんは僕に言ってくれたんだ。『知りたいとも思わない』って。『描いて欲しい。何も言わなくていい。伝えようとしなくていい』って、そう言ってくれたんだ。

 だからこそ、わからない。僕と柏木さんがどうしてこうなったか、それがどうしてもわからない。

 真由先輩はいまだにステージを遠目に眺めたまま。もう今演奏されているのが何曲目かわからない。二曲目は終わっただろうか、それとも三曲目かな。いや、もしかしたらもっと進んでいるのかもしれない。

 僕が疑問の迷宮へ意識を落としそうになった寸前で、真由先輩が僕の方に振り向いた。

「もう一度言うけれど、私は、私の大切な人たちが満足ならそれでいいの」

 ぼんやりとした僕の両肩を、真由先輩が強くつかむ。

「その大切な人たちの中に、あんたも含まれてること、忘れるんじゃないわよ」

 大切な人。ふとよぎったその顔を、蝶の羽で振り払う。

「だから翔太郎。あんたが満足する選択を選びなさい。あんたのせいで、誰が笑って、誰が泣こうが、関係無い。信じた道をただひたすらにまっすぐ進むの」

 満足する選択。僕が信じた道。

 目の前を蝶がひらりと通り過ぎたような気がした。

「そろそろ私とのお話も終わり。次はそうね、屋上に行きなさい。どこの、とかは言わなくてもわかるでしょ」


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