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サンセットオレンジ  作者: ななる
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LⅩ………みさりんのミスコン(文化祭・二日目)

 校庭に特設された簡易ステージにて、スピーカーのキーンというノイズとともに司会の男の張りのある声が響く。

「始まりました、第20回明日町高校ミス・コンテスト!司会を務めさせていただきます、生徒会ミスコン係、山口和也です。どうぞよろしく」

 歓迎の拍手と声が会場の熱を加速させる。山口先輩は満足そうにそれらが収まるのを待って、次の話を始めた。

「本日はなんとゲストに来ていただいております。さっそく登場してもらいましょう!あの有名画家の娘にして、在学時は前人未踏のミスコン三冠。才色兼備、踊る台風、柏木真由!」

 名前の読み上げとともにモデル歩きで現れた真由先輩。衣装はおそらくこのためにわざわざ用意したであろうシスルカラーのパーティードレス。彼女の登場とともに会場はさらにヒートアップ。

「はーいみんな、ミスコン女王が帰ってきたわよ。今日はつまんない日常を全部蒸発させて、じゃんじゃか盛り上がるわよ!」

 オーッと会場が一つになる。

 それだけ言うと真由先輩は会場の袖、つまりこちら側へとはけて行った。

 山口先輩が再びマイクを取った。

「柏木先輩は審査員として参加していただきます。それではその他の審査員の方々を紹介しましょう!」

 司会進行が順調に進む中、舞台裏で僕のメイクも着々と進められていく。

「こんな感じでどうですか、柏木先輩?」

 メイク担当、松本さんが僕を無理やり動かして真由先輩の方へ向ける。

「完璧よ!翔太郎……いえ、みさりん、しっかりしなさい。あんたの肩に私の四冠と絵葉書の売り上げがかかっているのよ」

 みさりん言うな。それに僕が勝っても四冠にはならないだろ。

 そう思っても口には出さない。もうすべて手遅れだ。どうにでもなれ。

「それじゃ私は審査員席に行くから。松本ちゃんだっけ?みさりんのパフォーマンス指導頼んだから!」

「まっかせてください!」

 松本さんが眼鏡のレンズをギラリと輝かせて敬礼する。決めた、今度から松本さんからは距離を置くことにしよう。

 真由先輩が去ったあと、僕の出番のぎりぎりまで松本さんの指導は続いた。

 そして──ついに出番まであと一人。

「エントリーナンバー7、横山愛衣!」

 その声に思わず驚いた。ステージを覗くとそこにいるのは僕らの見知った横山さんがまさかのチャイナドレスでステージを舞う。きわどい衣装と激しい動きが会場の男性客を煽る。演技終盤、息を切らした姿が妙になまめかしい。パフォーマンスを終えて横山さんは最後に不敵な笑みを浮かべてその場を去った。いつもの横山さんじゃない。

 最初から最後までうっとりと見惚れていた松本さんがよだれをぬぐいながら言う。

「や、やるね、横山さん。まじめそうに見えて裏では意外と──」

 おっと、それ以上はいけない。なんとなく松本さんの口をふさぐ。

 会場の熱気冷めぬ中、山口先輩が叫ぶように司会を続ける。

「突然のダークフォースの登場に私も大変感動しております。さて、気になる審査員の得点は──9点10点10点8点2点、そして会場評価が──出ました20点!合計59点!」

 会場評価、すなわち会場の盛り上がり具合が機械によって点数化され最大20点加点されるボーナスポイント。それが満点になることは今までめったになかったのに、2点しかつけない審査員がいるなんて。一体どんな審査員なんだ?

 会場も審査員の評価に不服のようでブーイングが巻き起こる。

「さあ、審査員の声をきいてまいりましょう。まずはめずらしく低評価を下した進藤審査員」

 お前かよ。何やってんだ玲志。

「私はあんなやっすい色仕掛けに釣られませんよ。皆さんちゃんと見ましたか!?私は見逃しませんでしたよ、やつがチャイナドレスの下に隠してた胸パッd──」

 瞬間、どこからか音速の勢いで何かが玲志の頭にぶつかった。ええとあれは……扇子?そういえば横山さんが演技中持ってたような。扇子に射抜かれた玲志はその場でぐったりと倒れてしまった。すぐ後から横山さんが「ホホホ、失礼」と笑顔で現れて、玲志と扇子を回収した。あれはきっと骨も残らないだろう。

 一瞬の出来事に会場は唖然。最初に我を取り戻したのは司会者の山口先輩だった。

「えー、突然のトラブルにより審査員が一人帰らぬ人となってしまいましたが、このままどんどんやっていきましょう!えー、次はエントリーナンバー8、みさりん!こちらはなんと今回の特別ゲスト柏木真由先輩のイチオシだとか!」

 あ、やばい。さっきのうちに逃げとけばよかった。松本さんが僕に向かって拳を握ってファイトのポーズ。

「いい?私と真由先輩が言った通りにやるの。そうすればぜぇーたいに優勝間違いなしだから!わかった、みさりん?」

 みさりん言うな。あー、もうどうとでもなれ!僕はゆっくりとステージへと向かった。




「……私の目にやはり狂いはなかったようね」

 司会の山口先輩にコメントを求められて真由先輩が満足そうにそう答えている。パフォーマンスを終えて舞台袖にて松本さんにメイクを落としてもらった僕は、出場者用のテントから少しだけ顔を覗かしてステージの様子を見ていた。もうどうとでもなれと我を忘れて演技したのが功を成したのか、僕の評価は65点と現在トップの成績になった。……ただ歩いて曲に合わせてポーズしただけなのにな。

 いつの間にか審査員席に戻ってた玲志が真由先輩のコメントに影響されたのか、振られてもないのに勝手に話し始めた。

「いやはや全くですね。あれこそ"本物"というやつでしょう。今日ほどあいつ── いえ、"彼女"の友人であったことを誇らしいと思ったことはありません!」

 うん、玲志とは絶交しよう。

「あなた、よくわかってるわね! 翔t── いえ、みさりんの仕草や表情。教えたことをすぐに吸収して自分のものにするんだから……きっともっと化けるわよ」

 みさりん言うな。あ、いや今回ばかりはみさりんで突き通してもらわないと困るのか。うーん、複雑だ。

 真由先輩はいつか絶対何かしらの罪で訴えよう。

「あ、そうそう! さっき出演したみさりんは文化祭中、漫研の部室で絵葉書を売っているから全員買いに行くように! 運が良ければ私かみさりんに会えるかも! よろしくね」

「はーい、エントリーナンバー8、みさりんさんでした! 気になった方はミスコンが終わり次第漫研へゴー! それでは続いては……」

 山口先輩が次の出演者の紹介を始めたので、僕と松本さんは荷物をまとめて一旦その場を離れることにした。松本さんは結果発表のときまたセットしなおさないといけないことに不服そうだったけれど、ずっと女装状態で待機なんてどうにかなってしまう。気分転換のためになんとか頭を下げて、結果発表まで外を出歩くことを許してもらった。

「あ、三坂くん。どうしたの? ここは出演者用のテントなんだけど……あら、松本さんも出場するの?」

 後ろから声をかけられて驚いて少し跳ねてしまった。声の主は小村さん。たしか小村さんもミスコンに出場するんだっけ。

「いえ、出演したのは私じゃなくてみさり──ングッ」

 咄嗟に松本さんの口を押さえる。どうやら小村さんはまだ僕がみさりんだって気づいてないみたい。それならそのまま気付かれないに越したことはないじゃないか。

 僕はニッコリと笑って答えた。

「いえ、真由先輩に用があってちょっとよっただけです。小村さん頑張ってくださいね」

「ふふふ、ありがとう。けれど出演者じゃないなら早く出ていった方がいいわ。ほら、ここ女の子が着替えとかするから……安立先生や倉田先生もさっき運営の人に怒られて摘まみ出されてたのよ」

 いやもうそれは警察案件だよ。顧問の困った行動に僕と松本さんは揃ってため息をつく。

「それじゃあ、僕たちはこれで──」


「──ショウタ!」


 そう叫びながらテントに飛び込んできたのはナツと、そして柏木さん。おそらくここまで走ってきたのだろう。二人とも息を切らしながら、極めて深刻だという顔をして……どこか申し訳なさそうに柏木さんが言った。

「ごめんなさい……絵が──」

 今思えばこの時になってようやく、僕の贖罪が始まったのかもしれない。

 けれどそんなことを全く知る由もないその時の僕は、ただ間抜けな顔で首をかしげて柏木さんの次の言葉に驚くことしかできなかった。


「──消えたの」


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