Ⅵ………強制招待と初めてのオレンジ②
放課後。
荷物をまとめていると、玲志に「面白いことがあったら報告しろよ!」なんて言われてしまった。くそ、他人事だと思いやがって。
はぁ、と大きくため息をつくと、後ろからチョンチョンと背中をつつかれた。驚いて振り向くと柏木さんが立っていた。
「三坂翔太郎、ついてきて」
それだけ言って柏木さんは勝手に進み出してしまったので、何かを問うこともできずに仕方なくそのままついていった。
着いた場所は美術室。特別棟には理科課目で使うから入ったことはあったけれど、4階まで来たのは初めてだった。馴れない階段に息が弾む。
柏木さんは美術室の扉を開き、教室の後ろのスペースで絵を描いている人物に声をかけた。
「真由、つれてきた」
「よし、入って」
真由と呼ばれた人物は筆を丁寧に置いてから立ち上がり、僕の前まで真っ直ぐ来ると、腕を組んで仁王立ちした。おそらくこの人が柏木真由生徒会長その人だろう。ショートカットの黒い艶やかな髪。背は妹の柏木さんより少し高く、スタイルもいい。目鼻立ちがはっきりとしていてまるで女優のよう。柏木さんと同じくらい美人だけど、印象がずいぶんと違った。喩えるなら、月と太陽。しかしそんなことは今の僕にはどうでも良かった。僕は一体何故この人に呼び出されたのか、そればかり気になっていたから。
「あんたが三坂翔太郎ね!あんたが美術部に一回も顔出さないから仕方なく手紙を寄越したのに、それを無視するとは一体どういう根性してのよっ!あの日はね、冬の寒波が再来してすっごく、すごーぉく、寒かったんだから!風邪引くかと思ったわ!それで、結局来ないから今日放送かけて………先生に捕まって………本当、どうしてくれるのよ!」
彼女はそれはそれは、お怒りだった。
「フンっ、まあ、いいわよ。それより、私の名前は柏木真由。この学校の生徒会長であり、学園祭のミスコンに二年連続で優勝し、おそらく今年も優勝するであろう学校一の美女であり、才女であり、歴史ある由緒正しいこの美術部の現部長よ。気軽に尊敬の念を込めて『真由先輩』と呼びなさい」
「はぁ………」よくしゃべる人だな、本当。
「で、僕に何の用があるんですか?」
「単刀直入に言うわ。三坂翔太郎、美術部に入りなさい」
「え、嫌です」
「ありがとう。あなたらそういうと思ったわ!さぁ、入部届けに──って、ええーー!!」
真由先輩は2メートルくらい後ろに跳び退き、口をパクパクとさせている。
「今、なんて………?」
「だから、入部は嫌です。お断りします」
急に呼び出されて入部しろとは変な話だ。それに、美術部には絶対に入りたくない。別に断ったところでバチは当たらないだろう。
真由先輩は魂でも抜けたのだろうか、ふにゃりとその場に座り込み、そのまま大の字仰向けになった。なんと呆けた顔だろう。オノマトペを使って表現するなら“ホケーー”だ。
「み、瑞希、もう無理………あとはあんたがどうにかして………」
「ん。わかった」
そう頷いた柏木さんは僕の腕を掴んで耳許で囁いた。
「………来て。こうなった真由は面倒」
柏木さんに引っ張られるがまま美術室を出ると中から盛大な鳴き声が聞こえた。
「びぃえええええん!!何でぇ、何でよぉ!せっかく誘ってあげてるのにぃ、別に私悪くないのにぃ………びぃえええええん!!」
いや、子供か!──とツッコむ間も無く僕は特別棟の四階のその上へと連行された。