ⅬⅢ………文化祭・一日目終了
玲志が行った後、急いで漫研の部室に足を運んだ。時刻は午後4時30分の少し前。もう少し経てば一日目の文化祭も終わる。校舎内では、すでに明日の一般開放に向けて所々でその準備が進められている。
漫研でも同様に、部室内のレイアウトを調整していた。端っこで一人居心地悪そうにしている柏木さんのところへ行く。
「ごめん、ちょっと遅くなった。……ちなみに絵葉書の方の売れ行きは?」
「ん。翔太郎、おかえり。絵葉書は今までに合計48枚売れて、残り452枚」
柏木さんは売れ行きのメモを見て、淡々と事実を述べる。
残り枚数は気が遠くなるほど多いが、もう50枚近くも売れるなんて。例年なら既にノルマ達成だ。漫研の人たちには頭が上がらない。ナツや松本さんを含め、漫研の人たちは忙しそうに机などを動かしている。
「柏木さん、僕らは何かするように指示とか貰ってる?」
そう聞くと柏木さんは何故か困った顔をして、ううんと首を横に振った。
「部長や千夏たちに聞いたけど何もしなくていいって。……真由の妹だからって」
「真由先輩がどうかしたの?」
僕の問いに柏木さん、ではなくいつの間にか近くにいた松本さんが答えた。
「うちの部長、柏木先輩の大ファンでね。それで、その妹である柏木さんに働かせるわけにはいかないって言い出して。まぁ、三坂くんに対しても、もともとここはうちの部室だし、そんなに作業も多くないから誰も文句言わないよ。だから思う存分楽してなよ」
「でも、絵葉書も売ってもらっておいて悪いよ。柏木さんはともかく、僕に出来ること無い?」
「大丈夫大丈夫、ショウタにはもう既に協力してもらってるから」
そう答えたのはナツ。ナツは見慣れない大きな看板を抱えていた。看板には『世紀の対決!!漫研VS美術部』と書いてある。
「この通り、明日はこの企画を利用してお互いの絵葉書をより売りさばく!それぞれのブースを部屋の両端に設置して、それに合うように……」
言葉とともにナツが柏木さんの後ろ、部屋の左端の窓際を指さす。そこにあるのは美術室から消えていた僕の描いた絵、『サンセットオレンジ』。
「それぞれの絵葉書の元になった絵を置く。私のはあっち」
今度はナツが部屋の右端の方を指さした。そっちにはナツの描いた『ちっぽけヒーロー』の絵、というよりポスターがある。
「これなら、勝負しながらお互いに利があるだろ?ちなみに三年生の漫画は今日中に全て完売してね。どうやら裏で柏木先輩が宣伝してくれてたみたいで。それもこれも美術部の協力ってわけ」
真由先輩、好きに暴れまわってるだけだと思ってたけど、意外もいろんな人にためになることをしてるんだな。それでも、尊敬はできないけど。
ナツは未だ納得していない僕と柏木さんの顔を交互に見ると、ハハハと笑って頷いた。
「それじゃあ、明日は二人には売り子として一肌脱いでもらおうかな。柏木はリリィ王女のコスプレ姿で、ショウタはロイ、いやみさりんの姿で──」
「「それはイヤ」」
僕と柏木さんが口を揃えてそう言ったのを聞いて、ナツと松本さんは腹を抱えて笑いだした。全く、笑い事じゃない。
結局、僕と柏木さんはちゃんと肉体労働で漫研の手伝いをし、明日のコスプレは無しとなった。と言っても、僕はクラスの方で結局メイド服を着ないといけないんだけど……
午後5時。ピンポンパンポーンという音の後に、文化祭一日目終了のアナウンスが入る。
『午後5時となりました。営業・活動を終了し、片付け、また明日の準備を進めてください。生徒の皆さんは午後7時までに下校するようお願いします』
よかった。生徒会長の声だ、また真由先輩がテロでも起こすのではないかと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。
放送は続く。
『……それでは、はい。わかってます、もう少しですから、ど、どうか暴れないで』
おや、雲行きが怪しくなってきた。
『それではゲストの方が来られているので、その方に放送を変わります』
『明日町高校のみんな、伝説の生徒会長にして歴代最も偉大な美術部部長だった、柏木真由よ!文化祭一日目、しっかり楽しめたかしら?今朝私が言った美術部の絵葉書はもう買った?今は美術室じゃなくて漫研の絵葉書と一緒に──』
『ごらぁっ!またお前か、柏木!!』
『あっ、何で!?今度はちゃんと生徒会長の田中ちゃんに許可取ってるわよ!?──イヤっ、やめて!私のマイク取らないで!』
『どうせ勢いに任せて田中を黙らせたんだろ!いいから、お前はこっちに来い!』
『ちょっと!田中ちゃん、言ってやってよ!私今回はちゃんと許可取ったよね?あっ、待って!首振らないで!──みんな!明日も私、ここにくるから、それじゃあ──』
そこでプツンと音がして放送終了。出禁にならないかな、あの人。柏木さんは放送をもう聞いてすらいないようで窓の外を見ながら鼻唄を歌っていた。反対に、ナツと松本さん、そして漫研の人たちは大笑いに大はしゃぎ。
みんなが一通り笑って落ち着いた後、漫研の部長さんがそこにいる全員に向かって話し出した。
「みんな、お疲れさま。みんなのおかげで明日の準備はもう全部終わっちゃったから、今日は帰っていいよ。明日は佐野と三坂くんが描いた絵葉書をしっかりちゃっかり売り切ろう!」
オーッ、と一同声をあげる。
ひとり、またひとり、帰って行くのを見て、ふと思い出した。
「そういえば、僕の荷物、美術室に置いたままだった。ちょっと取ってくる」
「それなら、絵葉書と絵を運ぶときにもうこっちに持ってきてるよ。えっと、どこに置いたっけ……」
ナツがキョロキョロと見回していると、柏木さんが僕の前にやって来て僕の鞄を手渡した。
「はい、これ」
「ありがとう」
「それじゃあ、私たちも帰ろうか。優子も今日はこっち来る?」
帰る方向が別方向の松本さんは、いつも僕らとは先に校門で別れて帰る。
「そうしたいけど、やっぱパス。みんなと一緒に遠回りして帰ってたら家につく頃には疲れ果てて溶けちゃうから」
それもそうか、と言ってナツが笑う。
結局松本さんとは校門で別れ、ナツと柏木さんと三人で帰った。
帰り際、ナツに聞いてみる。
「ちなみに、漫研の方は絵葉書あとどれくらいなの?」
「えーと、確か……」
「47枚」
答えたのは柏木さん。
「そうそう!よく知ってたな、柏木」
「売り上げのメモを見せてもらった」
柏木さんは誉められて嬉しそうにしている。
「けど思った以上に売れたな。私が思っていた以上にちっぽけヒーローが人気だったのか、それとも柏木先輩の力なのか……」
うーん、なぜか悔しいけれど、おそらく後者だろう。単純に、ナツの絵が良かったってのもあると思うけど。
「そういえば何でちっぽけヒーローを題材に選んだの?」
「それは私も気になってた」
柏木さんも興味深そうにナツの方を向く。
ナツはなぜか一瞬困ったような顔して、そしてすぐにいつも通りの様子に戻った。
「単純に私があの作品が好きってのもあるけど、もう一つ理由があってね。二人とも優子にちっぽけヒーローを借りたんじゃなかったっけ。だったら何となく解るんじゃないか?特に、ヒーローの三坂翔太郎くん?」
柏木さんは全くわからないという風に首を捻る。僕も聞こえた声に知らないふりをして、ナツに笑った。
「やっぱり、わざと僕らに似せてキャラクターを描いたんだね。そういうイタズラがしたくてちっぽけヒーロー選んだ。あれ読んだけど、僕、あそこまでマヌケじゃないよ」
「さて、それはどうかなー」
ナツがおどけてそう言うのを見て柏木さんはクスッと笑った。
「なるほど、確かに翔太郎にぴったりなキャラ」
「もう、柏木さんまで!」
みんなで笑いながら帰る中、一人冷や汗をかいているのに二人は気づいていただろうか。何度も脳内で反芻するあの声を、知らないふりをして強がっているのに、二人は気づいていてだろうか。
──私のヒーロー。
それはアキが残した最期の声。
否定し続けた、忘れ去られし声。
過去にのまれないように必死に耐える僕を二人は気づいていただろうか。
いや、少なくとも彼女は気がついていただろう。抜け落ちていた過去、それを呼び起こしたのは彼女の意図的なあの言葉。でも今は、知らないふりをするしかない。
その後も僕らは三人で笑いながらそれぞれの家に帰った。
こうして、僕らの文化祭一日目は終了した。
絵葉書の残り枚数は漫研は147枚、僕ら美術部は452枚。正直、漫研はともかく、僕ら美術部の方は売り切るなんて夢のまた夢だと思うけど。そんなことより、明日きっともっと忙しくなるだろう。忘れられない日になるだろう。いや、忘れちゃいけない日にするんだ。身に刻んで、背負って、進むんだ。




