ⅬⅠ………アオイロ①(文化祭・一日目)
体育館では既に多くの人が集まっていた。うちの吹奏楽部は生徒人気が高く、実力もそれなりにあるらしい。……よく幽霊部員の玲志が許されるな。
席に迷っていると、前の方の席から「おーい」と声をかけられた。松本さんとナツ、それに横山さんだ。柏木さんとともに隣の席に腰掛ける。松本さんがポップコーンを頬張りながら聞いてきた。
「三坂くんも来るなんて。やっぱり進藤に誘われて?」
「うん、玲志に言われたってのもあるけど、純粋に友達として見てみようかなって」
「……へぇ、優しいのね三坂くん」
何故か機嫌悪そうに横山さんがそう呟く。
「横山さんも玲志に誘われて?」
「いいえ、声もかけられてないわ」
ふんッ、と首を振る。
それじゃあ、松本さんだろうか。そう思って松本さんの方を見たけれど、松本さんは全く身に覚えがないという風に首を横に振った。松本さんの代わりにナツが説明しだす。
「私と優子がここに来た時にはもう横山さんがいてね。どうせなら一緒にと思って隣に座ったんだ」
柏木さんは松本さんのポップコーンをもの欲しそうな目で見ている。それに気がついた松本さんが、「はい、あ~ん」と餌付けしていた。そんなほのぼのとした光景とは対照的に、横山さんが先ほどより一層冷たい声で言う。
「ただ単に時間があったから来ただけ。それと」
それと?
「……普段からサボってる奴がどんなふうに失敗するか見ものだなって思っただけ」
何故か最後の方は口ごもりながら顔を背ける。どうやら本心ではないみたいだけど、何やら事情があるみたいだ。松本さんが何かを察したのか、取り繕うように話題を変える。
「そういえば、柏木さんって進藤のこと『玲くん』って呼ぶよね。何か理由とかってあるの?」
あ、それは僕も聞きたい。まさかと思うけど、何か特別な関係だったりするんだろうか。
柏木さんは松本さんのポップコーンをニ、三個ほど頬張ると、ゆっくり飲み込んで話し出した。
「何て呼べばいい?ってきいたら、そう呼べって」
「え、それだけ?」
うん、と柏木さんは迷いなく頷くと、また松本さんのポップコーンを頬張った。どうやら、玲志の方を問い詰めなければならないようだ。
いや、待てよ。もし僕が柏木さんに「翔くんって呼んで」って頼んだらそう呼んでくれるということだろうか。……別にそう呼んでほしいわけでもないけれど。
その後もいろいろと話していると、ステージに吹奏楽部が現れて最前列にいた丸眼鏡司会者が、マイクを持って妙に甲高い話し出した。
「レディース・エン・ジェントルメーン!!今日は我々吹奏楽部のステージへお集まりくださりありがとうございます。最初の曲は──」
吹奏楽部の人たちは制服ではなく、みんな白と黒のステージ衣装を身に纏っていてなんだか凛々しい。
……あ、玲志だ。前から2列目、僕から見て右から二番目の席にアルトサックスを構えて座ってる。いつものふざけた姿から想像できないほど、真面目な顔をしている。緊張しているんだろうか。
一曲目の演奏が始まると体育館内の観客はみんな静かになり、彼らの演奏に耳を傾けた。一曲目はポップなパレード曲。曲中、座っていた吹奏楽部員たちが立ち上がって楽器を持ったまま踊り出した。一挙手一動揃った彼らの音と動きからは、音楽に詳しくない僕でも、彼らのテクニックがかなり高いということが分かる。つい口をポカーンと開けたまま、「すごい」と呟いてしまった。
二曲目、三曲目は僕でも知っている最近流行りの曲が続いた。三曲目の途中、フルートを持った女学生が一人席を経ち、指揮者のとなりに立って演奏をしていた。あれがソロと言うものだろうか。とても心地よいメロディーだった。あんなに早い旋律を演奏して、指とかつらないんだろうか。
四曲目、僕らは目を点にして驚くこととなった。昨日、玲志が四階で一人練習をしていた曲が始まったと思ったら、なんと途中、玲志が前に立って一人で演奏を始めたのだ。さっきのフルートの人と同じようにソロというやつだろう。松本さんが「あいつ幽霊ちゃうんか」と何故か関西弁で驚きをあらわに呟いた。玲志のソロは少し暗めのジャジーな旋律。一フレーズ吹き終わると、玲志は客席に向かって一礼し、また元の席へ戻っていった。正直、素直にかっこいい。それから、これはもしかしたら気のせいかもしれないけれど、玲志のソロの途中から、横山さんが涙を流しているように見えた。いや、目にごみが入っただけかもしれないけれど。
五曲目、本日最後の曲。ゆったりとしたメロディーから始まり、徐々に激しくなってゆく。クラシック、なのかな?よくわからないけれど最後は楽しげなリズムで吹奏楽部員のダンスとともに華やかにフィニッシュした。部員全員で深々とお辞儀をすると、先程の司会者が再びマイクを手に取った。
「本日はお越しくださりありがとうございました。明日の3時もこの体育館にて演奏いたしますので、是非お越しください!」
司会者の声とともに退場していく吹奏楽部員を拍手で送る。玲志もこちらに気がついたようで、右手でVの字を作って答えた。……すぐに近くの先輩に前を向くよう怒られていたけれど。
うーん、と松本さんが伸びをする。
「いやぁ、いいねぇ。青春って感じ」
一体松本さんはどこ視点で言っているんだろう。けれどもナツもうんうんと頷いて松本さんの言葉に同意した。横山さんはどこか落ち着かない様子で、そわそわしている。そういえばコンサート中も様子がおかしかったな。他の三人に聞こえないよう、こっそりと声かける。
「横山さん、どうかしたの?」
横山さんはハッと我に返ったようで、ぶんぶんと首を横に振って「何でもない」と一言。けれど、すぐにまたそわそわして、彼女が持っていたポーチから何かを取り出すと僕に手渡した。
「それを進藤に渡してくれる?すぐにじゃなくていいから」
渡されたのはしっかりと封がされた淡い青の便箋一つ。横山さんはどこか気まずそうに、それじゃあ、と言ってその場を去った。
中は見えないけれど、どうやらとても大切な手紙のようだ。
「なぁショウタ、横山さんから何渡されたんだ?」
ナツがこちらを見ていたらしい。横山さんの様子からあまり他の人に話すのは良くないだろう。僕はハハハと苦笑いして、誤魔化した。
「ちぇ、相変わらず下手な誤魔化し方だなぁ。まぁいいや、私たちは漫研の部室に戻るけど、ショウタもくるだろ?」
確かに任せていた分、今度は自分で絵葉書を売らないといけないけど。
「ごめん、ちょっと先に玲志のところに行ってくる。先に行ってて。柏木さんもごめんね、すぐ戻るから」
そう言って先に離脱した。何となくだけど、先にこの手紙は渡さないと行けない。そんな気がしたんだ。




