ⅩLⅤ………昼前の嵐に誘われて(文化祭・一日目)
──静かだ。
特別棟四階、その最奥部にある美術室にて。一人、椅子に座って足をプラプラ。
翔太郎がクラスの手伝いに行ってからというもの、一気に客足は途絶えてしまった。実際一人は不安だったけど、こうなってしまうと絵葉書が全く売れなくて違う心配をしなくてはならない。いや、売れなくてよかったのかな。目の前の絵を見て思わずそう考える。
綺麗な絵。さすが翔太郎。その手で作られる作品は何よりも美しい。もちろんこの絵も。
だけど。
満足だと思ってた。私を見て描いてくれたこと。私の目の前で描いてくれたこと。満ち足りていたと、満ち足りるだろうと信じてた。
けれど。
ブンブンと顔を横に振って否定する。私は満足だ。幸せなんだ。
そう、これ以上を求めるなんて、強欲が過ぎる。
たとえ、絵の中の少女が私ではないと知ってても、私はこの絵を愛さないといけない。翔太郎は他でもない、私を見てかいてくれたのだから。
なのに。
「……絵葉書一枚、売ってもらえるかしら、瑞希?」
「真由……」
──────────────
一時間程たつだろうか。
人間の順応力というのは恐ろしいもので、あんなに嫌だったメイド服姿もだんだん着なれてきてしまった。いや、まだ嫌なのは変わらないけれど。僕の役目は12時まで。あと30分くらいの辛抱だ。
先にシフト入りしていた玲志は11時くらいに解放され、吹奏楽部のコンサート準備の方に行ってしまった。僕以外は女の子ばかりでなんだか肩身が狭い。教室の端っこの方でじっとしていていよう……そう思った矢先。
「ヤッホー翔太郎……じゃなかった、みさりん!へぇ、よく似合ってるじゃない。麗しの先輩がお客様として来てあげたわよ」
トラブル発生。めんどくさい人が一番めんどくさいタイミングでやってきてしまった。
「真由先輩……」
「違うでしょ。ほら、『お帰りなさいませ、ご主人様』って言ってみなさいよ」
真由先輩はニマニマしながら舐めるように僕を見る。
うわぁ、殴りたい。
一方、僕の沸きだつ怒りとは別のベクトルで真由先輩の登場で教室全体は盛り上がりをみせていた。無駄に有名人なんだよな、この人は。
真由先輩は辺りをぐるりと見回すと、指をぱちんと鳴らして「Hey!」と一言。
「柏木先輩、お呼びですか?」
瞬間、真由先輩の隣に現れたのはなんと学級委員横山さん。一体どういう関係なんだ。
「横山、ちょっと翔太郎借りてくわね。それと、明日までにこのメモにあるものを用意しておいて」
そう言って真由先輩は横山さんに茶封筒を手渡すと、今度は僕の方を向いてにっこりと笑った。
「そういうことだから、二分で着替えなさい。まぁ私としてはその格好のままでも全然良いんだけど」
なぜ、とか、どこへ、とかさまざまな疑問がよぎったがどうやら僕に拒否権はないようだ。何にせよ、メイド姿をやめられるなら、断る理由はない。急いで控室に行き、支度を済ますと真由先輩とともに教室をでた。




