ⅩL………文化祭・直前①
文化祭の朝は早い。美術室に絵葉書販売用のブースを用意しないといけないからだ。
文化祭開始時間は8時30分。そして僕が学校についたのは6時30分。約束した集合時間は7時30分。
自分でも馬鹿だなって思う。目に深い深いクマを作ってどんよりとしながら、なんでこんな早く来ちゃったんだろうと自分を呪う。せめてナツと一緒に来ればよかった。
昨夜は特にやることなんてなかったはずなのに、目がぱっちり開いて眠れなかった。たとえ眠ったとしてもすぐに目が覚める。やけにそわついて、そして今、校門前。しまっていたら帰ろうと思ったけど、何人かもう校内に人がいる。遠くからは吹奏楽部の練習音が聞こえてくる。
今日は荷物を教室に置く必要がないから上履きを履いたらそのまますぐ特別棟へ。いつもは人気のない特別棟でも、文化祭となると話が違う。廃部寸前の部活たちが死に物狂いで人を集めようと、多種多様かつ異様な飾り付けがびっしりとされている。びっしり、本当に隙間無いくらい。美術部入れて三つしかないのに、というか飾り付けしてるのは美術部以外の二つの部活だけなのに……気合いの入れ方が違う。
文字通り「気合い」が入った、入り口に張られた書道部の作品を見ながら、美術室へと足を進める。
もしかして、と思いながらゆっくりとドアを開けると、案の定、柏木さんが彼女の特等席で本を読んでいた。
「おはよ、柏木さん」
「ん、翔太郎。おはよう」
目を擦りながら、僕の方に視線を向ける。
「なに読んでたの?」
「ん、『セールスマン、営業テクニック集』」
おお……あとで詳しくレクチャーを受けよう。
柏木さんは本を片付けると、珍しいことに大きなあくびをした。よく見ると目の下に大きなクマが。
「あ、もしかして昨日眠れなかったの?」
そういうと柏木さんは目を見開いて驚いた。
「なんで?」
答える代わりに自分の目の下を指差すと、柏木さんはハッと顔をして鏡を見て確かめた。同時に顔を赤らめる。
「……翔太郎も。いっしょ。おあいこ」
すねた子供のような反応をする彼女がいじらしい。僕もいつもの席について微笑みながら、一つ提案した。
「まだまだ時間あるからさ、一時間くらいここで仮眠をとろうよ。大丈夫、僕の腕時計にはタイマー機能がついてるから、時間になったら音がなるようにするよ」
柏木さんは少し戸惑っていたようだが、タイマーをセットし机に伏せた僕を見て、彼女もどこか諦めたように机に伏せた。腕で顔を隠すように覆いながら、「ちょっとだけ……おやすみ……」と呟いて。
ものの五分で柏木さんは「すぅー……」というかわいい寝息をたてながら、浅い眠りについてしまった。そこまで眠かったなら、僕が来る前まで寝ていたらよかったのに。
実を言うと僕の時計にはタイマー機能なんてついてない。いや、ついてるのかもしれないけど使い方がわからない。つまりここで僕まで寝てしまうと二人して寝坊決定というわけだ。
僕は彼女を起こさないように慎重に立ち上がると、静かに作業に取りかかる。机を運んで、ポップを並べて、過去の先輩方の作品を展示して。音を出さないように慎重に慎重に。
一方柏木さんは一向に起きる気配がなかった。可愛い寝息と共に、小さな背中が上下する。桃色の布が白いシャツから透けて見えているのに気づいて、とっさに目をそらした。邪な気持ちが浮かばないといえば嘘になるけど、今は取り敢えず休んで欲しい。そんなこんなでまた作業を再開するのだ。
結局、作業が全部終わったのはちょうど7時30分くらいになった。最後の仕上げに、販売ブースの横にその絵を飾る。
タイトル「サンセットオレンジ」、その文字を眺めて、彼女をお越しに向かった。




