Ⅳ………題材ツアーと黄昏の日②
「次はどこ行くの?」
「ついたらわかる」
ええい、もうどうとでもなれ。そう思って、僕は苦笑いした。
到着。ついたのは保健室だった。
今日は保健室の先生はお休みらしい。
そんなことお構いなしに柏木さんはずかずかとなかに入っていった。
「ちょっと、柏木さん!?」
「大丈夫。ここにもよく来る。だから大丈夫」
何が?と、聞こうと思ったけれど、無駄だと思ってしぶしぶ柏木さんについていった。
明かりもついていない、薄暗い保健室は少し気味が悪かった。思えば何で空いていたのか分からない。
柏木さんはある程度辺りを見渡すと今度は僕を見て「どう?」と聞いてきた。
「どう、とは?」
そう聞き返したとき、柏木さんの目がキラリと光った気がする。
「保健室。学園モノなら一度は出てくる王道スポット。美人の先生と………或いは先生が休みの日に生徒だけで………というのは必須条件。千夏を呼んでモデルに起用すれば、ボスドのドーナツは約束されたようなもの!」
ドーナツの件はどうやら本気だったようだ。それにしても柏木さんがここまで熱をもって語るとは珍しい。
「ただ、問題もある」
僕としては今のところ問題発言しかなかった気がするけれど。
「去年、真由が絵はがきに使ったのも保健室。二年連続は流石に苦しい」
そうか、そういえばそうだった。真由先輩が描いた保健室のカップルの絵はがきが去年大好評だったのだ。
「チッ、真由のやつ………」と柏木さんが親指の爪を噛んだ。
なかなか失礼な反応だが、真由先輩が柏木さんの姉だからこそ許される反応──いや、それでも酷いか。
柏木さんはもう保健室から興味が薄れてしまったようで、二、三枚写真を撮ると出ていってしまった。慌てて僕も後を追う。
「次で最後」
もう行き先は聞かなかった。代わりに僕は時計を見た。6時35分。そろそろかな。
たどり着いたのは特別棟の屋上。ドアノブは埃だらけで、手の跡がしっかりと残ってしまった。普段は鍵がかかっていて、教師に『正当な理由』を突きつけなければ開けてもらえないこの屋上。勿論、僕らは『正当な理由』なんて持ち合わせていないから、無断で上がったということになる──美術部に伝わる秘密の合鍵を使って。僕は前に一度だけ、ここに来たことがあった。
前もたしかこれくらいの時間だったっけ。
沈みゆくオレンジをぼおっと眺めながら、僕の意識は過去へと誘われていった。