ⅩⅩⅩⅨ………明日はきっと⑤
廊下を歩きながらナツがため息をついて言う。
「あーあ、今年は忙しい文化祭になりそうだ」
正直なその言葉にふっと笑ってしまった。さっきまでは怒る僕や松本さんをなだめる側だったのに、やっぱりナツも内心あきれていたようだ。
「ほんとだよ。もともと勝負だってごめんだっていうのに」
「いや?私は本気で美術室取る気でいるけど?」
ニッとナツが笑う。冗談なのか、はたまた本気なのかわからなくて、正直反応に困る。となりで静かについてきている柏木さんに助けを求めた。
「柏木さんは?やっぱりドーナツの件は本気なの?」
すると柏木さんは一瞬、「ん?」と首を傾げ、ニ、三秒後に「ああ」と鈍い反応。まさか忘れてたのかな。
「当然。漫研の部室はいらないけどボスドは絶対。負けたら翔太郎におごってもらう」
フンスっと気合たっぷりで鼻を鳴らす柏木さんと「なんでだよ」と突っ込む僕に、そしてそれをアハハと笑うナツ。とても穏やかで楽しい時間。
そこで不意に柏木さんが俯くものだから僕とナツは顔を見合わせて首をひねった。
「どうしたの?」
顔を覗き込むと浮かない顔で、柏木さんは何かを迷った後、ぽつりぽつりと言葉を並べていった。
「……満足。本当は勝負なんてしなくても満足してる。してると、思ってた」
彼女が顔を上げた。僕をすがるように見て――笑う。
「なんでもない」
それだけ言うと、駆け足で先に行ってしまった。ナツは僕を見て首を傾げた後、「ちょっと様子見てくる」と言って柏木さんを追いかけた。
僕は一体どんな顔をしていただろう。感情としては「驚き」だけど、きっと面食らったような間抜けな顔をしていたに違いない。
初めてだったんだ。柏木さんのあんな顔を見るのは。あんな笑顔、初めて。
あれは何かをごまかす嘘の笑顔。酷く歪んだ、悲しい笑顔。
きっと明日は辛いだろう。彼女にとってひどい一日になるだろう。あの絵が描いてある葉書を自分の手で売らなければならないのだから。自分に重ねられた誰かの絵を自分だと嘘吹きながら売らなければならないのだから。すべてもうきっとわかってる。その上で。
だからこそ、明日はきっと。いや、明後日こそはきっと。きっと僕と彼女が救われますように。
相変わらず酷いな。そう自覚して、僕は明日へと走り出した。




