ⅩⅩⅩⅢ………前夜祭と白お化け③
「もともと俺が入った中学は吹奏楽で有名な学校だったんだ」
だが玲志が入学するのと同時に部活の顧問が変わり、状況は大きく変化。当時の三年生たちは新しくやってきた実績もない教師の言うことなんかまったく聞こうとせず対立。二年生はその様子に困惑し、中には部を離れるものもいた。一年生なんて完全に蚊帳の外。次第に玲志の同級生たちも部活に顔を出さなくなっていった。
「小学生のころからサックスいじってた俺はさ、それでもやっぱ吹奏楽続けたくてさ。毎日部活に行って一人で吹いてた」
そんな玲志に目を付けたのが新しい顧問だ。前の顧問を知らない、そして比較的意欲のある玲志に近づいて、夏には抜ける三年生をほっといた。二年生は三年生ほど非協力的だはなかったが、前任顧問を知っている彼女たちをその顧問は疎ましく思ったのだろう、顧問は玲志だけをひいきに扱った。
そんな周りの事情なんて、入ったばかりの一年生に理解できるわけもなく、玲志はただ単純に部活に励んだ。ほっとかれた三年生、並びに二年生は部活に来ては無駄話。そしてそのほとんどが顧問への皮肉や罵倒だった。楽器を吹いているものなんてほとんどいないかつての名門吹奏楽部は、あっという間に廃れていく。
その年の吹奏楽コンクールの結果は散々なものだった。
「俺が中二になった年も一緒。そりゃそうだ。ろくに練習しないし、人が減って楽器構成もめちゃくちゃ。審査員の批評が辛いのなんの……」
辛口批評に生徒たちは時にショックを受けた様子はなかった。ダメだというのは本人たちが一番よくわかっているのだろう。だが、一つだけ。一つだけ彼女たちには到底受け入れることのできないものが。
それは、唯一の称賛の声。
『他はとても聞いていられないが、サックスの音だけは素晴らしい』
そう、玲志だけ褒められた。その後の批評は酷評の数と同じくらい彼への絶賛が声高々に飛び交っていく。
同時に集まる冷たい目線。
その日から、玲志への嫌がらせが始まった。
あらぬ噂をたてられたり、ものを隠されたり、危うく楽器を壊されそうになったこともあった。
顧問も見て見ぬふり。玲志は完全に一人ぼっちになった。
「ちっちゃなことだ。バカみたいなことだ。そう思って楽器だけは壊されないように気を付けて、あとはほっといてた。気にしないようにしてた。それでも俺、楽器吹きたかったからさ。そしたら……」
翌年、吹奏楽部は廃部となった。同時に顧問は退職。
誰に聞いても口を開かず、理由は全く持って不明。
何一つ納得できず、そして何かをすることもできない。
「……で、全部どうでもよくなって、投げ出した。おしまい。ちゃんちゃん」
話終えた玲志は机に腰掛けて、瞼を閉じた。うんざりする過去に蓋をするように。
ハハ、と乾いた笑いが彼から漏れ出る。
「何でこんな話してんだっけ……ああ、何でここで一人で吹いてるのか、そう聞いてきたんだよな」
玲志は大袈裟に腕を組んで「うーん」とうねって、弛緩した。
「わっかんねーや。今は今なのに、何してんだろーな。無意味に練習姿隠してさ、あーあ、馬鹿らし」
玲志は頬をポリポリ掻きながら苦笑い。
「それでも合奏に行こうとするのはさ、新しく理由ができたからなんじゃないの?」
とっさに出た言葉。玲志は目を丸くして僕を見る。
新しい理由。
まったく似てない過去話なのに、今の玲志に自分を重ねてしまうその理由。
「楽器が好きだから、合奏に行く。それもあると思う。けど、きっとそれだけじゃない。今の部活で、何かやりたいことができたんだろ?」
絵が好きだから、絵を描いてた。けどいつの間にか全部怖くなって、勝手に離れて。けどまた僕が絵を描いたのは、絵を描けたのは、そう。そうだ。とても単純で、取り組みがいのある難しい事。
玲志は楽器を見て、それから第一校舎棟、それも音楽室の方を見ると、ふっと笑った。
「ああ、確かに。助けたい人がいるんだ。力になってあげたい人がいるんだ。けど、その人にはかっこ悪いとこ見せたくない」
助けたい、とは違うけど。僕にもいる。その人にしてあげたいことがある。見せたい絵がある。
スッと、心が軽くなったような気がした。ぐちゃぐちゃな数式が全部なくなって、ひとつの解になったよう。
もう迷わない。
玲志は楽器を手に持つと、他の荷物も手に取りまとめだした。
「じゃあ俺、部活の方行ってくるから。ごめんな、結局押し付けることになって」
「いいよ。玲志にも意外にまじめな一面があるってわかって面白かったし」
「あー、はよ忘れろ」そう言って玲志はやや早歩きで音楽室の方に向かっていった。




