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サンセットオレンジ  作者: ななる
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ⅩⅩⅩⅡ………前夜祭と白お化け②


 やみくもに走っていつの間にかたどり着いたのは今はほとんど使われていない四階だった。三つ並んだ校舎のうち、一番南側が特別棟、北側が第一校舎棟。そして、図書室や僕の教室があるこの棟が第二校舎棟。

 授業でときどき使われるだけのこの場所は、文化祭でもおそらく何の役割も持たないのだろう。少し埃ぽかった。廊下の窓からは向かいの第一校舎棟の様子がよく見える。たしか第一校舎棟の四階には、音楽室があるはずだ。今も吹奏楽部が練習をしているだろう。

 ほら、金管楽器の豊かなサウンドがこんなところにも……あれ。たしかに音が聞こえるのだが、すぐ近くだ。それも今背にしている無人のはずの教室から。

 軽快な、まるでバウンドしているかのようなリズム。ジャズ、だっけ?

 おそるおそる覗いてみると、見覚えのある顔が、見たこともないくらい真剣な顔で、アルファベットのJみたいな楽器を吹いていた。途切れることのないパワフルでやさしい音。指の廻りが凄まじく、目で追うことがまるでできない。楽器なんてリコーダーや鍵盤ハーモニカぐらいしか触ったことがない僕だったけれど、その演奏技術がとても優れているということは疑うことなくすぐに分かった。それはもう、フレーズが終わるとともに、勢いよく拍手を送ってしまうほどに。

 彼は突然の拍手に驚き、そしてその拍手の主が僕であることにさらに驚いたようだ。楽器を咥えたままフリーズしてしまった。

「玲志お前、そんなに上手かったの!?なんでそれで幽霊部員なんだよ。ほんと凄い!」

 我を忘れてさらに追加の拍手贈呈。楽器を口から離した玲志は訝し気な目で僕を見る。

「……翔太郎、何でここに?」

 何でって……先ほどのメイド服が頭をよぎる。ぞわっと、背筋が凍るような悪寒が。

「ま、まあ、クラスでいろいろあって……逃亡?みたいな」

 目をそらしながらそういうと、玲志はハハハと笑って、楽器を丁寧に机の上に置いた。金色のJ文字の楽器。見たことはあるんだけど、なんていう名前だっけ。

「それ、金管楽器?何吹いてるの?」

「金管じゃねーよ。こう見えても木管の仲間。アルトサックスだ」

 へええ、と近くによってしげしげと見つめる。大きなJ字の管に細やかな管やボタンが複雑についていて、なんだか難しそう。

 そんな感想が顔に出ていたのか、玲志はまた笑って教えてくれた。

「こんな見た目だけどさ、指使いはほとんどリコーダーと同じなんだぜ。それに金管とかは音出すだけで大変だけど、これは口の形さえしっかりすれば、取り敢えず音は出る」

 きっとそれは玲志なりに簡単であると言いたかったのだろうけど、リコーダーすらまともに吹けない僕にとってはさらに難しそうという印象を与えるだけだった。

 一通りサックスを観察し終え、顔を上げると黒板横の掛け時計が目に入る。

 時刻は午後二時。

「そういえば三時になったら教室に集まるようにって、横山さんが言ってた。それと確か今、横山さん玲志を探してる」

「俺の捜索は取り敢えず置いといて、あー、三時か。どうせタイムテーブルの説明とかそんなんだろ?悪いけど翔太郎、あとで俺にライヌとかで教えてくれね?」

 ええ……僕もあまり教室に戻りたくない。

「頼む!三時から合奏なんだよ。明日と明後日の確認のためのさ」

 玲志が手を拝むように合わせて頭を下げる。

 うーん。幽霊部員にそう言われてもなあ。ふと、さっきの真剣な顔を思い出した。

「……そういえばさ、なんでここで一人、練習してたの?しかもすっごい上手いのに」

 なんで幽霊部員なんてやってるの?そう言葉を続けようとして、止めた。

 そこに僕の知っている進藤玲志はいなかったから。いつもふざけてへらへらしている進藤玲志はいなかったから。

 そこにいたのは何かを真剣に考える、僕の知らない、進藤玲志だった。俯いた彼の瞳に一体何が映っているのかはわからない。絞り出すようにしてでた最初のひとことは、楽器の音色とは対照的に、少し震えていた。

「……怖いんだ。また勝手に突き放されるんじゃないかってさ」

 “また”。その言葉に違和感と親近感を覚えながら、次の言葉を待った。

 きっと玲志の瞳に映っているのも、僕と同じ過去の色。

「中学の時はさ、今よりずっと真面目に吹奏楽やってたんだ。それこそ毎日部活行って、楽器吹いて。……って、今じゃ信じてもらえないか」

 ハハハって玲志が笑って頬を掻いた。

 過去を振り返っては蓋をする。手を伸ばしては諦める。どこか自分に重ねてしまう。


「信じる」


だから。


「え?」


「信じる、から、続けろよ」


だから、聞きたい。

こいつなりに出した答えを。


玲志は頭を掻いて首を傾げ、へへって笑ってまた話し始めた。

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