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サンセットオレンジ  作者: ななる
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ⅩⅩⅧ………雨が溶けてく①


 そういえば、柏木さんが詰めた大量のペンもガムテープとかといっしょに横山さんに渡してしまっていたのを思い出した。これは遊んでいたのばれちゃうかなあ。

 ケータイで時間を確認するとあと数分で7時だ。太陽は地平線にかかり、空が橙と藍に引き裂かれる。

 帰り道から大きく遠回りして通るこの商店街では、もうほとんどの店がシャッターを閉めていた。

 ここを通るのはたぶんあの日以来。

 アキと一緒に雨の中を走ったあの日。アキと最後に話したあの日。

 中学の間ずっと通っていた帰り道だったのに、その日を境にわざわざ別の道を行くようにしていた。思い出すのが、嫌で、怖くて、おぞましくて。

 高校に入って近づくことすらなかったけれど、歩いてみると案外何ともないもんだ。


──もうわかんない。


そう、何ともない。


──もうわかんないよ。私が一体誰で、どこにいるのか。


何とも……ないのか?


 声が聞こえるたびに引っかかる。

 何かをきっと忘れてる。きっと間違えてる。

 けれど、一体何を……?

 考えているうちにたどり着いたのは商店街の一番端っこ。古びた看板には『飯田画材店』と書いてある。

 中学の頃はよく通っていたこの店も、絵を描かなくなって以来、久しぶりに来た。こんな時間まで空いている店はおそらくそうないだろうな。

 ドアを押すと、ちりんと音が鳴った。

 独特の匂いが、つんと鼻を刺す。

「おや、こんな時間にまたお客さんだ」

 白い髪に丸眼鏡のおじいさんが柔らかな声でそう言った。

 店の店主も相変わらずだ。おじいさんはいくつかの商品を袋に詰めている。どうやら先客がいま会計を終わらしたところらしい。

「まあ、こんな時間までやってる店なんて他にないから、来てもおかしくはないんじゃないか……て、ショウタじゃん。どうしたの?」

 商品を詰め終わった袋をおじいさんから受けとった彼女が僕の方を向きながらそう言った。

「ナツ!?」

「あれ、よく見ると翔太郎君か。いやあ、久しぶりだねえ。すっかり背が伸びてかっこよくなって、全く気づかんかった」

 いえ、背はあまり変わってないです……

 おじいさんははっはっと豪快に笑うと、「まあ、ゆっくりしていってくれ」と言って新聞を広げた。

 ナツはいっぱいになった大きめの袋をよいしょと運びながら僕の方へゆっくりと近づいた。

「めずらしいね、ショウタがここに来るなんてさ。何買いに来たんだ?」

「クラスの出し物で使うペンキだよ。ほ、ほら、ここで買うとおまけとかもらえるから……」

「おまけって……売れ残った絵の具とかじゃなかったっけ。それなら、ホームセンターの方が安いのに」

 もっともな質問に僕が口ごもっていると、ナツは不思議そうに首をかしげながらも、まあいいや、と話題を変えた。

「そういえば、今日は優子たちと買い出しに行ってたんだろ?いいなあ、私も行けばよかった」

「何か用事があったの?」

「こっちもクラスので手一杯さ。と言ってもあとはポスターとか飾りつけとかで、私と数人が好き勝手やってるだけなんだけど」

 なるほど、それなら柏木さんは戦力外だな。

「ああ、それでナツも買い出しにここに?」

 そう聞くと、ナツはなぜか一瞬うろたえて、けれどまたいつも通りの夏に戻って「ああ、そう」と答えた。

「まあ私の場合、部活で使うものとかもここで買ってるから、結構ここに来るんだけどな」

 へえ……我ら美術部とは違い漫研はしっかり活動しているんだなあ、と感心する。

 ……普通に美術室を明け渡してもいいんじゃないか?いや、真由先輩に殺されるか。

「さて、私はそろそろ行くよ。また明日」

「うん、また明日ね」

 両手ふさがっているナツの代わりにドアを開けてあげる。

 小さな声で彼女が囁いてそのまま行ってしまった。

『──ありがとう』

 外はすっかり濃藍に包まれ、月がポツリと輝いている。だけど僕の目に刹那映ったのはあの日の雨景色。蝶が飛び立つ、寸前の──『   』


「……そっか」

 ドアが閉まって、ちりんと音が鳴った。

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