ⅩⅩⅥ………レモンティーにブラックコーヒー③
別段悲しそうなわけでも、辛そうなわけでもなく、柏木さんはただ淡々と話してゆく。
柏木さんがそんな様子だから、僕はどのようしていいのかわからなかった。ただ話を聞くばかり。
「こんなことを話しても仕方がないのはわかってる。話しても解決できないのはわかってる。……何より私に解決する気がないの。翔太郎、ごめん」
柏木さんはそういうとボトルを揺らしレモンティーをあそばせた。
冷たい瞳がボトル越しに見える。その瞳に映るのは、レモンティーか、それともその先のブラックコーヒーか。
重たい沈黙が僕らを包む。
そんな中、僕のケータイから空気を読まない通知音が“ピロン”と一つ。
玲志からだ。
開くと同時にさらに二つ。
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『お前が何度俺を売ろうと、俺は逃げ続ける』
『分け合って今日はもう合流できそうにないから、横山達に上手く伝えといてくれ』
『頼むよー。俺も翔太郎が柏木さんとカフェデートしてるの黙っといてやるからさ』
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「で、デートじゃないっ!!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。
周りの視線が一気に集まる中、目の前の柏木さんが「ん?」と首をかしげたのが一番僕にダメージを与えた。
顔がいっきに熱くなり、どうしようもなくなって静かにその場に座った。
赤い顔を両手で抑え、周りの視線をシャットダウン。
指と指の隙間を少し開けて柏木さんをちらりと見ると、さっきとは反対方向に首を傾げ「でーと?」とひとこと。
あー、もう。
立ち上がって荷物をまとめる。飲みかけのコーヒーはボトルの蓋を締めカバンにしまう。
「柏木さん、まだ時間あるみたいだから、その辺の店でも回ろうよ。……それと、ここに来たのは他の人には内緒で……」
柏木さんはさらに首を傾げ僕の顔をのぞいたが、何か理解したのか「ん、わかった」とうなずいて立ち上がった。
麦藁帽をかぶって、何を思ったのか「あ、」と声を漏らし、自身のカバンをあさり始めた。
「柏木さん?」
柏木さんはカバンからメモを取り出すと、さっきの青いボールペンで何かをすらすらと書いてゆく。
やがて書き終わったそれを素早くちぎり、僕に渡した。
書いてあるのは、数字の羅列……いや、電話番号だ。
「これ、私の電話番号」
それだけ言って、先に店を出てしまった。
何を思って渡してくれたんだろう。……いや、深く考えるのはやめよう。柏木さんについて深く考えても僕にはどうせわからない。
僕も柏木さんを追うようにして店を出た。
店前で待っていた柏木さんに話しかける。
「ありがとう、柏木さん。メールとかライヌはやってないの?」
柏木さんは首を横に振った。
「そっか、もしかしてガラケーだったりするの?」
柏木さんはまた首を横に振る。
そして右手の親指と小指だけをたてて自身の右耳にあてた。
そのまま僕をじっと見る。
……うーむ、これは。
僕はカバンからケータイを取り出すとメモの青い文字を見ながら番号を打つ。
柏木さんのカバンからゆったりとしたクラシックが流れてくる。
かかったのを確認すると耳に当て、話し始めた。
「もしもし、柏木さんですかー?」
「『ん。もしもし』」
電話越しからも、隣からも彼女の声が聞こえるのが面白くて、ついくすくすと笑ってしまった。
「メールとかライヌはやってないんですかー?」
「『やってる』」
「教えてくれませんかー?」
「『ダメ』」
柏木さんはそこで電話を自身の耳から離すと、にこっと微笑んで僕の耳に直接囁いた。
「声を聴いていたいから」
スッと柏木さんは僕の耳から離れると、もう一度微笑んでひらりと身を翻す。
「早く行こ、翔太郎」
ツーツー、と通話切れの音が漏れているのに気がつかないくらいの思考停止。
ハッと我に返った時にはすでに柏木さんは遥か先。
また彼女を追いかける。
柏木さんの声と同時に聞こえたその声が何度も胸の中で反響して離れない。
そう、あの声。
──私の声は聴いてくれないの?




