ⅩⅨ………死体のない死亡事故
特別棟四階、美術室から数十メートルの廊下。
「……それで?殺したの?」
聴き慣れていた美しい声が、今は嫌に冷たく聞こえる。
真由先輩の瞳は僕をまっすぐに捕えて放さない。
それに耐えかねるように僕は顔をそむけてぼそりと答えた。
「判りません。解からないんです。いつもこの先がぼやけてしまって……」
思い出しては弾けて消える。まるで泡のように不確かなメモワール。記憶の認知を体が機械的に拒否している。封印に似た疎外の魔法がかけられて、僕一人では見つけることすらできない真実。
……きっと思い出さない方がいい。
ハア、とわかりやすいため息が聞こえる。
「佐野千夏が言っていた事とほぼ一致ね」
え?
不意に出てきたその名に驚いた。
「ナツ?」
「そう。去年ね、あんたがあまりにも絵を描かないから、私、色々と調べたの。瑞希には止められたけど。佐野千夏はその途中で辿り着いたもっともいい情報をくれた人物ね」
まさかナツが話すなんて。動揺が隠せない。
「壁ドンして捕まえて、部屋に連れ込んで、かつ丼出したらすんなりと話してくれたわ」
……動揺が隠せない。
真由先輩は推理を語る探偵のように、朗々と語りだした。
「罰を受けた佐野千秋、罪を背負った三坂正太郎。罰は言わずもがなね……じゃあ罪は?あんたの罪は?」
ふふんと笑って試すように僕を見る。僕は、何と答えればいいかわからず静かに俯いた。そんな僕の態度が真由先輩は気に食わなかったようで、はあ、と短く息を吐いて窓を見た。その瞳に一体どこまで写っているのか、僕には見当もつかなかった。
「……まあいいわ。私一人でパケメンのとこに行くから、あんたは美術室に戻ってなさい。いい?あんたがなにを思っているか知らないけど、瑞樹を悲しませるようなことだけは私、許さないから」
真由先輩は僕をキッと睨めつけると、またフフッと笑って「それとね、」と付け足した。
「忘れないで。二年前、この街で死亡事故なんて一件も起きていないという事実を」




