Ⅹ………“ちっぽけヒーロー”③
教室について、僕は真っ先に松本さんの元へ向かった。
「おはよう、松本さん。ナツが絵はがき出来た、て言ってたんだけど、見せてもらってもいい?」
前から二番目の席でおそらく持参であろう漫画を読んでいる赤いフレームのメガネをかけたこの女子生徒こそ、ナツと同じ漫研の松本優子さんだ。
「え?絵はがき?いいよ──ジャーンっ!!」
そう言って松本さんが見せてくれた絵はがきには僕の知らないキャラクターが描かれていた。
ファンタジーかな?西洋風の城と街が細部まで丁寧に描かれている。大きく描かれている人物は四人。宙を浮くスーパーヒーローのような格好の少年と彼を三方向から見つめる三人の美女。一人はお姫様のようで豪華なドレスを身に纏い城から静かに微笑んでいる。………どこか柏木さんに似ている気がした。
「“ちっぽけヒーロー”!本当によく描けているわ。オリジナルと画風はちょっと違うけれど、私は全然OKね!ロイくんのこの頼り無さげな感じ、リリィ王女の儚げな笑顔………さすが千夏ね!」
「ちっぽけ、ヒーロー?」
聞いたこともないタイトルだ。
「あ、やっぱり知らない?そうよね、私たちの業界じゃ有名なんだけど、やっぱりカタギの人達はご存じないわよね──いいわ。私がたっぷり語りましょう!」
松本さんはメガネをくいっとあげた。そしてカバンからスケッチブックを取り出すと、絵を描きながら『ちっぽけヒーロー』について話し出した。
昔々、クリームタウンという街がありました。そこには誰かが困っているときに現れる、小さくてどこか頼りない、けれど優しいヒーローがいました。その正体は街で新聞配達をしている少年、ロイ。彼は街の人に正体を隠しながらいつもみんなを笑顔にしようと奮闘しています。
そんなロイの正体を知る者が二人。一人は幼馴染みのレーナ。そしてもう一人はレーナそっくりの謎の魔女、セレナ。
「物語は最初この二人とロイの三角関係で進んでいくんだけど、ある人物の登場により大きく変わるの………」
ある日、ロイがいつものようにヒーローとして街の人を助けていると、見知らぬ少女リリィに出会いました。実はこの少女、ただの街娘じゃありません。なんとクリームタウンの王女様だったのです。
「リリィ王女は家族に馴染めず城を抜け出してきたんだけど、ロイと接しているうちにだんだんと明るくなって家族としっかり話してみることにしたの。そして家族と打ち解けたあともリリィ王女はこっそりと城を抜け出して度々ロイに会いに行くの。──ただし、ヒーローの、ロイにね」
ロイは自分が本当は新聞配達員であるということをリリィに隠していました。あまりにも身分が違うとリリィが離れていくと考えたのです。二人の仲はとても順調でした。しかしそれを気にくわない人もいます。レーナとセレナです。
「でもね、レーナは最近の話ではだんだんと身を引いているの。ロイの幸せが一番だ、って言ってね。あとはセレナ。どうなるのかしら………ああー!はやく新刊カモンっ!」
松本さんは足をバタバタさせてじれったさをアピールする。
「ねぇ、この人がレーナで、この人がセレナ?」
僕はナツの絵はがきを指さして聞く。
「そうよ。基本的に明るい服を着ているのがレーナ、反対に暗い服を着ているのがセレナ。ちなみにレーナはレストランを経営している家の子で店内で歌姫として活躍してるの。セレナの方はまだわからないことが多いんだけど、レーナと同じで歌がとっても上手なの」
松本さんはスケッチブックを閉じ、鞄にしまった。
はがきの中のレーナは優しい笑顔でロイを見ていた。けれどセレナは………キッ、とロイを睨み付けている。
「そういえばこのロイくん、ちょっと三坂くんに似てるね」
「そうかな?」
どこか頼りなさげなキャラクターに似ていると言われても、あまり素直に受け入れられない。
「おーーい、翔太郎!パケメンが呼んでるぞ!」
あ、玲志の声だ。
「それじゃ松本さん、ありがとう。僕、行くね」
「ちっぽけヒーロー、読みたかったらいつでも言ってね。私最新刊まで2冊ずつ持ってるから!」
何で2冊ずつなんだろう?僕にはわからない世界だ。
呼ばれた方に行く途中、玲志が早足で近づいてきて僕の耳元で囁いた。
「なんか怒ってるみたいだから気を付けろよ!」
そして玲志はそのままドアのところに立っている阿立先生から逃げるようにそそくさと行ってしまった。
はて、何か怒られるようなことをしただろうか………?
阿立先生は玲志の言う通り確かに不機嫌そうな顔をしていた。何か呟いている。
「………誰がパケメンだ、誰が………というか何でその呼び名が徐々に浸透しているんだ………!」
「阿立先生、何の用事ですか?」
「誰がパケメンだ!」
言ってないんだけどなあ………後で玲志を注意しておこう。
「落ち着いてください。ほら、深呼吸しましょう。ひっひっふー、ひっひっふー………はいっ!」
「ひっひっふー、ひっひっふー………これ違くないか?」
なにはともあれ、落ち着いてもらったようでなによりである。
「お前、昨日提出した絵だが、タイトルはどうするんだ?絵だけ置いていっただろ?」
タイトル………そういえばまだ考えていなかった。
「すみません、まだ考えていなかったです。明日でもいいですか?」
「午前中までなら。しかし三坂、」
阿立先生は手を顎にあて、首をかしげた。
「なんであんなに描けるのに今まで描かなかったんだ?俺が見る限り、水彩画においては柏木──姉の方な──より格上だ」
教師がそんなこと言っていいんだろうか、と一瞬思いつつ、僕は返事に困った。なんで、と聞かれても………描きたくなかった、としか言えない。
言葉を探している僕に気づいてか、阿立先生は、「まあいい。タイトル忘れるなよ」と言って去っていった。




