第八話 誠 賞命首③
誠は急な出来事に困惑した。何故自分が賞命首だとバレたのか、その要因を、思考を巡らせ考える。時計と話している様子が見られたのでは、と誠は考えたが、それは誠自身の憶測にすぎない。誠はその男に恐る恐る質問した。
「何で……分かった……?」
「あ……へぇ。すぐ認めるんだね。不思議だ」
男は喋りながら間合いをジリジリと詰めてくる。
「君の行動、明らかにおかしかったんだよね。客観的に考えてる? 自分のやってること。センドウ行きの電車に乗ってる所から尾けてみたけどさ、電車から降りて外うろついて、また電車に乗っては降り、外では何もしない……賞命首が取る典型的な行動だと思わない?」
誠はまず、その男の洞察力に脱帽した。確かに顔がバレにくい服装で、それらの行動をこのご時世にやるというのは、ほとんどが賞命首の人間だと決めつけてもおかしくない。
「それでも、君に聞いた時点でまだ俺は確証を持てなかったけどね。違ってたら違ったで、今の世界は無法地帯になりつつあるから、金でも盗ってたかな」
誠はその男の言動に憤りを感じた。今の世界が無法地帯だと? だったら、どんな犯罪を犯してもいいのか? 誠は、鋭い目つきで男を睨んだ。
「あ? なんだよ。賞命首さんはなぁ、さっさと俺に命を献上してくれればいいんだよ!」
男はナイフの切っ先を誠に向け、渾身の力で突いた。が、男のナイフはいとも容易く折れてしまう。
「……は?」
男は折れたナイフと、突然現れた誠と男を隔てる謎の壁に目を往来させ、混乱した。誠は至って冷静沈着に、背中のリュックに右手を伸ばし金属バットを取り出した。
「お前みたいな奴には眠ってもらわないとな」
壁が消えるのを見計らって、誠は男の脳天に重い一撃をかました。鈍い音と、短い叫び声が辺りに響き、男は誠の足元に倒れた。
『対象の殺意が消えました。防御プログラムを停止します』
「ありがとう、ナビ。助かったよ」
『誠様、ここに留まるのは危険です。別の場所へ移動してから、次のスポットについて検討しましょう』
傍から見たら、誠は一般人に暴力を振るったことになる。誰かに見られたらまずい。
「分かった」
誠はすぐにその場から離れ、人気のない工場の廃墟に場所を移した。そこで誠は、また次の三つ目のスポットをナビに教えてもらう。
「アグタ区画シド町の……パン屋『杉谷』か……」
シド町は、アグタ区画東部に位置する。ちょうど、今いるサクラ町から北上した場所にある。
『制限時間は11時37分までとなります。誠様、すぐ行かれますか?』
「……いや」
誠は、このゲームがいかに危険か、その本質を捉えて噛み締めていた。さっき男から言われた「賞命首の典型的行動」を、自分が無意識に取っていたことにショックを受け、そしてこのままでは、今後生き延びられるか分からないという絶望を誠は味わっていた。それと今、誠の頭にはあるフレーズが引っかかっている。
「なぁ、ナビ」
『はい』
「今、本当に世界は無法地帯なのか?」
さっき、男が誠に言った言葉だ。
『誠様、薄々気付いてらっしゃるんじゃないんですか? お母様もおっしゃってましたよね?……誠様のお父様は、警察の人に殺された、と。今、殺人を犯した人の大半は警察の手から逃れられています。市民も警察も皆、酷い混乱に陥っているのです』
誠は思わず、手で顔を覆った。世界はもう少しまともだと思っていた。こんなにも簡単に秩序が崩れ去るものなのか、と失望した。
その時、
「や、やめてくれえぇぇっ!!」
湿気た木材の陰に隠れていた誠の後ろで、突如男の悲鳴が上がった。
「殺さないでくれ! お願いだ!!」
その男は目に涙を浮かべ、泣き喚きながら地に尻をついていた。見た目四十代ほどのおじさんだ。そのおじさんが懇願している相手の姿が、誠の覗く木材の隙間から徐々に見えてくる。その相手は、右手に銃を持っていた。
「うるせえな、人が寄って来ちまうだろ……!」
男の声。銃を持っている者の声だった。誠はその二人を凝視し、ある事に気付く。泣いているおじさんの左手首に、ライフウォッチが着けられていることに。誠は一瞬、胸が掴まれた感覚がした。誠の額に汗が垂れてくる。
「じゃあな、おっさん。自分の運の悪さを恨めよ」
下卑な笑みを浮かべながら、男はおじさんに銃口を向けた。誠は、咄嗟に行動を取っていた。
「!……痛って……!!」
誠は立ち上がり、男に木の板を投げつけていた。男は突然の出来事に思わず怯む。だが誠の姿を確認するとすぐに、男は叫んだ。
「誰だよテメェ! 邪魔すんじゃねえ、こいつは俺の獲物だぞ!!」
男の銃口が誠に向いた。男に近づこうとした誠の足が、一瞬止まる。
「お、おい……銃弾は、守れるのか?」
誠は囁き声でナビに訊いた。
『大丈夫です。任せてください』
誠は歩き出した。瞬間、工場内に轟音が響き、男の銃から火花が散った。男は、俺に逆らえばこうなるんだ、と言わんばかりの優越感に浸っている様子だった。だが、撃たれたはずの誠は、いまだにズカズカと男に迫っている。
「……? 何でっ……!」
男はもう一発、そしてまた一発と引き金を引いた。片手で格好つけて撃つのではなく、男はしっかりと両手で銃を握って撃った。それでも、誠と男の距離は縮まるばかり。銃弾は誠に一つも当たっていなかった。ついに、男の銃の弾が切れる。動揺する男の隙を突いて、誠は金属バットで男の頭を打った。呆気なく、男は地面に倒れた。
暫く、誠がその気絶して倒れた男を見ていると、後ろから声がした。
「あ、ああ……ありが、とう」
命が狙われていたおじさんの、感謝の声だ。誠が振り向くと、反射的におじさんは左手首を右手で覆い隠す。
「殺さないんで、大丈夫ですよ」
「……え? 本当に、かい?」
「俺も『賞命首』なんで、一緒です」
誠は左手首のライフウォッチをおじさんに見せた。そして、
「殺されないように、頑張りましょう」
誠はそう言い残し、そこから立ち去るつもりだった。だが、
「わ、私を殺せば、命が貰えるんだぞ……?」
おじさんはそう誠に投げ掛けた。「本当に殺さないのかい?」と続けてきた。
誠は、おじさんの言動が不思議でならなかった。助かりたいのか、殺されたいのか、どっちなんだと。誠は今持つ自分の考えで返答した。
「それ、世界が今騙されているハッタリじゃないですか。そんなのを理由にして、俺は人を殺さないんで」
誠は、今度こそこれで会話は終わると思った。だがおじさんは立ち上がり、誠の元に駆け寄って肩を掴む。
「危ない。それは。君は……危ないぞ」
おじさんは首を横に振りながら、誠に何らかの警鐘を鳴らした。
「……どういうことですか?」
誠は訊く。