第三話 Good morning
夕食後、誠は身体の疲れを取るため風呂に入った。最初の数分間は、ボーッとして何も考えず、ただただリラックスして湯船に浸かっていた。が、段々と脳は“賞命首”の事について考え始める。
人を殺せば命が貰える……?
もしそんなことが現実に本当に起きてしまったら……。現代の道徳観や倫理観などは一気に崩れさり、世界は戦々恐々と震え上がって、殺伐とした日常がやって来るだろう。
だが、そんなことは有り得ない。そんな日常、来るわけがない。
誠は断じてこの話を信じようとはしなかった。
誠は風呂から上がり、二階にある自分の部屋へと向かう。その時、横目でリビングを見てみると、いつもソファでテレビを観ている父がいなかった。
「父さんは?」
誠は、台所で弁当を作っている母に聞いた。
「なんか、警察の方に呼ばれたんだって。緊急で」
「ふ~ん」
誠の頭に、またあの「言葉」が浮かぶ。
「賞命首」。
父は、そのことで呼ばれたのだろうか。本当に、その事件は只事ではないのだろうか。いや、ただの高校生の自分が考えたって何にもならない。こんな事に首を突っ込む暇があったら、サッカーの事を考えていた方が断然良い。
踵を返し、二階へ上がる。自分の部屋に入ると誠は、それっきりその日はもう「賞命首」のことは考えなかった。
誠は寝床について、ゆっくりと眠りについた……。
その翌日、9月30日 AM6:59ーーーー
誠の左手首が煌々と光り出した。その光は輪状になり、手首を囲い始める。段々と光力は弱まって、やがてその光は一つの無機質の物体へと姿を変えた。
AM7:15
誠はいつも通り、目覚まし時計のベルの音で起きる。
「う~ん」
ベルの音は止めたが、その後のアクションは無い。誠は特段、寝起きが悪いのだ。目覚まし時計を止めても、二度寝して学校に遅れることが多々ある。
誠は瞼すら開けず、寝返りを打つ。窓から部屋に差す暖かい日を受けて、また眠りにつこうとしていた。だがそこで、違和感を覚える。
左手に、何かが付いている。
布団から身体を起こし、半目になりながら、誠は自分の左手を見つめた。おかしい。腕時計なんかはめて寝た記憶など無い。それなのに、このおぼろげな視界には、黒光りする腕時計が左手首に着けられてあるのが映る。
誠は、自分は夢の中にいるのだと錯覚した……その直後だった。
『おはようございます。金城 誠 様』
「んぁ、おはよ」
誠は寝ぼけている。この摩訶不思議な腕時計に話しかけられたというのに、まだ夢見気分である。
『突然ですが、あなたは今日、賞命首にかけられました』
誠の目が徐々に開かれていく。
「い、今、なんて言った?」
ガラガラ声で、誠はその声の主に聞き返した。
『あなたは今日、賞命首にかけられました』
誠はようやく、夢にしては見えるものが鮮明すぎると思い始めた。着けられている腕時計が重い感覚、まだ残っている眠気、家の外から聞こえる鳥のさえずりと、車の音。そして、「賞命首」という単語を耳にし、誠の意識は冴え始める。
「しょう……めい、くび……?」
『はい。こちらをご覧下さい』
声の主がそう言ったのと同時に、腕時計のインデックスの部分から、青色の電子の画面が浮き出てきた。ブルーライトを突然目に浴びた誠は、顔をしかめる。誠はその画面に何が映っているのか、よく目を凝らした。まず最初に、画面の左側に映る、自分の顔写真が目に入った。少し動揺しつつも、次に画面を一番上から順に見ていく。
「あなたは賞命首にかけられました! 無事、生き残れるように頑張りましょう!」
という文が、右から左に流れている。そして、
「 氏名 金城 誠 17歳
性別 男性
職業 高校生
住所 アグタ区画 クロダ町-09245」
誠の顔写真の横には、誠の個人情報が羅列していた。
「なんだよ……これ」
誠は状況を飲み込めなかった。
『これは、誠様のアカウント情報です。我々はしっかりとあなたたちのことを把握しています。……さて』
画面が、個人情報から、大きく「ルール」と上に書かれている画面に切り替わった。
『このゲームのルールはご存知でしょうか?』
「ルール? 何の……、ルールだよ……」
『「賞命首」のルールです。……知らないようなので、ご説明しますーーーー
まず、毎日午前7時になると、この世界から無作為に選ばれた一般人1000人が、「賞命首」というリストに載ります。そのリストに載っている人達を、何らかの手段で殺した人には、もれなくそのリストに載っていた人が持っていた分の命をプレゼント致します』
人を殺せば、命が貰える。誠が噂で聞いたとおりだった。
「じ、じゃあ……俺は……」
『はい。誠様はリストに載ってしまったので、狙われる対象となります』
「……ぷ……ははっ」
誠は自然と、口から笑いが零れた。
夢にしては出来すぎているし、現実にしても馬鹿らしい。まるで、フィクションの映画のワンシーンを実際に体験しているようで、どこからか監督の「カット」の言葉が聞こえてきそうな程だ。
「おい、何処の誰だか分からねぇけどな、悪ふざけもいい加減にしろよ?」
『……何の事でしょうか?』
誠は腕時計のベルトに手を掛けた。手首を返し、取り外せる箇所が無いか確認する。
『無理ですよ』
「……何?」
『外そうとしても無理です。もうこの時計は、誠様の身体と一心同体になったも同然なのです』
「……んな馬鹿な……ふっ!!」
誠は力強く腕時計を引っ張った。だが、肌にピッタリと密着していて、動かせる気配すらない。何度も力任せに引き剥がそうとしたが、出来そうもないので、誠は遂に諦めた。
『……これから、とても壮絶な、長い一日が始まります。誠様、これは運命なのです。逃れられなかった出来事です。受け入れましょう。そして、逃げて、生き延びるのです。私は誠様をサポート致します。絶対に死なせません。約束します。本当です』
誠は手で顔を覆った。でかいため息が漏れる。
「……なぁ、いくつか質問していいか?」
誠はまず、この腕時計から聞き出せる情報はかき集めて、冷静に今の状況を分析していこうと考えた。