見知らぬ本屋の兄弟星
この作品はセシャト様の交流企画のために書き下ろしたIFの物語です。もし、異世界転移前に神崎兄弟が古書店ふしぎのくにへ足を運んでいたら? という物語です
ある夏の日。もう夏休みの時期である。夏季休暇を利用して帰省していた自衛官の兄、神崎零士と高校生の弟、神崎翔平は街をぶらりと歩いている。あまりの暑さに意識を奪われてしまいそうになるが、それをグッとこらえて歩く。
「兄貴……絶対道間違えたよこれ、それか潰れたんだよ」
「うるへー……裏道に美味えパフェ出す店があるって聞いて黙ってられるか……」
そう、零士が突如として『美味いパフェの店があるって! 行くぜ翔平!』と考えなしに飛び出した結果、全く違うところへ迷い込んでしまったのだ。いい加減避難しなければ身の危険を感じる。
あまりの暑さに判断力を失いかけた2人は、まるで吸い込まれるように近くの古書店のドアを開けていた。空調が効いているらしく、涼しげな風が中から吹き込む。これは天の助けだとばかりに、2人はその中へ吸い込まれた。
「いらっしゃいませ、何かお探し……大丈夫ですか?」
中にいた店員——小麦色の肌に純白の髪の女性が2人の様子を見て、心配そうに声をかける。どう見ても熱中症寸前といった様子なのだ。
「すみません……水ください……」
翔平は申し訳なさそうに言う。零士はというと、虚ろな目をしていた。店員の女性は心配そうに、2人に水を振る舞った。
※
「先ほどは助かりました、ありがとうございます」
クーラーと水によって回復した零士は女性へお礼を述べる。翔平も零士と共に頭を下げる。2人とも命の恩人に対してかなり頭を低くしており、対する女性の方は少し困惑しているようにも見える。
「そこまでされなくても……これも何かの縁でしょう。ゆっくりされて行ってください。お菓子もありますから」
お菓子、と聞いて零士と翔平がピクリと反応する。
「いいんですか……? よっしゃ翔平、お言葉に甘えて買った本を読みながらお茶と行こう」
「元はと言えば兄貴がパフェ食いに行こうとして道間違ったからこうなったんだけどね」
うぐっ、と零士は苦い表情を浮かべる。そんな兄弟を見ていた女性はクスリと笑って、居ずまいを正した。
「改めまして、古書店ふしぎのくにへようこそ。私はセシャトと申します」
「あ、これはご丁寧にどうも。神崎零士です。坊主頭ですけどただの自衛官なので不審者と思わないでください」
「坊主頭気にしてたんだ……弟の翔平です。ここにはどんな本があるんですか?」
翔平は店内を見回す。学生ということもあり、感想文や現代文の問題に慣れるために小説を読んだり、小論文対策で読んだりすることが多いのだ。
「ここではWed小説を主に取り扱っています。面白そうなものを試しに読んでみられてはいかがでしょう?」
セシャトはPCを少し操作して、投稿サイトを画面に出す。零士にはよく見慣れたものだが、翔平はあまりこういうサイトにアクセスしたことはなかったようだ。
「お茶を入れてまいります。ごゆっくりお好きな小説を選んでくださいね」
※
「どうぞ、何かいい小説は見つかりましたか?」
セシャトは紅茶とシュークリームを3人分テーブルに並べ、神崎兄弟に声をかける。零士も翔平も画面に食い入るように見入っていたのだ。
「まあ、良さそうなのが……おっ、シュークリームですか!」
「兄貴、はしたないよ。ありがとうございます」
「パフェには及ばないかもしれませんが、ゆっくり味わってください」
零士はすぐさまシュークリームを頬張り、咀嚼する。翔平は上品に紅茶を啜り、もう一度画面と向き合う。
「こう、なんでしょうね。Web小説って普通のラノベみたいな感じではあるんですけど……中身が独特というか、まあ誤字とか文法違いとかも目につきますけど……ピンキリかなぁ?」
「おいおい翔平、そういうもんだろ。商業作品じゃねえんだから、編集の手が入ってねえ。誤字は自分でチェックだから仕方ねえし、物語も誰の手も、売り上げ云々もなしに作者の思いが込められてるんだ。その点では面白いと思うぜ?」
「どうやら、零士さんはWeb小説に理解がおありのようですね。それでは、これはいかがでしょうか?」
セシャトが本棚に鍵を差し込み、どこの言語かわからない言葉を発する。そして、セシャトが一冊の本を引き抜く。それは金色に輝いていた。
「それは?」
「このWeb小説を擬似的に文庫化したものです。読んでみられてはいかがでしょうか?」
「擬似的に?」
翔平は興味をそそられ、その擬似文庫本に手を伸ばす。見知らぬ誰かの書いた小説。天才が書いたわけでもないが、だからこそ、多くの人が読みやすく、親しまれるのかもしれない。
昔の人は空に光る一等星から六等星まで、選んで使って星座を作った。ならば、Web小説も同じではなかろうか。淡い光でも、眩い光でも、その星を選んだのならば、意味を持つのだろう。
読まれてこそ意味を持つのなら、手を伸ばして読んでやる。それによって小説はその存在の意味を持つ。そう思えて仕方ない。
「セシャトさん……さっきのアレ、なんかの手品ですか? それとも、ガチの神様的な……」
零士は疑問を思ったままに口に出そうとする。だが、セシャトは唇の前に人差し指を立て、微笑んでみせた。聞いてはいけないのだろう。零士はそういうものなのだと思い、それ以上は聞かなかった。
世界には自分の知ることが出来ないようなことに満ち溢れている。だから、無理に手を伸ばさなくてもいいのだろう。目の前の女性はただの古書店の店員。それだけでいいのだ。
「何か、俺向けの本とかあります?」
「それでは、こちらはどうでしょうか?」
零士はセシャトに勧められるままに小説を読みだす。きっと、どれも磨けば光る原石で、六等星も近くで見れば煌々と光り輝いているのだろう。だが、磨かれるのも近くで見る事が出来るのも電子の海のほんの一握り。
もしかしたら、セシャトはその一握りをふた握りにするために、可能性を広げるためにこんな店を開いたのだろうか。憶測ならなんとでも言える。どんな可能性もあり得るシュレディンガーの猫だ。無理に答えを確定させなくともいいのだろう。
零士と翔平はそれからもふしぎのくにに通った。夏休みの楽しい思い出。時にセシャトとWeb小説について意見を交わし合い、オススメの小説を紹介してもらったり、充実した夏休みだったと言える。
やがて、年末年始。冬休みの時期がきた。あれからも少しずつのペースで来ていた翔平も、秋頃からバッタリと来なくなってしまった。零士も所属部隊からふしぎのくにまでは遠いらしく、あれ以来来ることはなかった。
「あら、これは……」
セシャトがたまたま手に取った一つのWeb小説。そこに刻まれたとある兄弟の名前に覚えがあって……セシャトはクスリと笑っていた。
「こうして、物語はまた紡がれていくんですね」
きっと、それは偶然の出来事だったのだろう。たまたま書いたものが、名前が一致していただけかもしれない。それとも、たまたま誰かが書いたものと同じようにあの2人が動いているのかもしれない。
神崎零士、神崎翔平。ありふれた2人の兄弟が紡ぎ出す物語が、ふしぎのくにの本棚には確かに存在していた。